第百九十三話:誕生会
「はーい、じゃ、誕生日おめでとう!」「おめでと─。」
リングは大きくペチペチと手を叩いている。意味が在るのかは判らぬが俺も一応のっそりと手を叩いている。と、当の本人は周りを見てキョロキョロとしている。
「え、えへへ…………」
と恥ずかしそうに頭を掻いている。机の上にはチェイㇲタのチャンラ̈ッㇳが在る。
タルトの一種だ。上部には格子編みのように作られた生地の蓋が有る。
早速其れを三つに切り分けて皿に移し、挨拶をする。
「「「日々の糧に感謝して、そして生き物に感謝し、神様がくれた食物を頂きます。」」」
彼等はわくわくとした雰囲気でケーキを啄んでいる。
「ふん〜〜‼︎」とか口に物を入れたまま体をバタバタとさせたりしている。
其の儘もごもごと何か声を上げている。嬉しいのは分かるが、汚らしいので止めてくれ。
俺もフォークで切って口に入れると、咥内には独特の甘味が広がる。
だが奥深く仄かに、だがはっきりと酸味が主張している。熱を入れているからか口の中でトロッと蕩ける。美味しい。生地にケ̊ㇻ̇ㇰレ̈イㇻ̇が練り込んであるからか土台がしっかりとしている。がっしりとした生地で独特なチャンラ̈ッㇳを支えている形だ。
「美味しい〜! 甘味食べるの久々だあ〜!」
バクダが恍惚とした表情でフォークを舐め回している。
「……え、そうなの?」
リングは手を止めて彼を見詰めた。
「うん……甘味が高いってもの其うなんだけど、貧乏だったから。」
「……ああ。」
頷いた。それなら食べられまいよな。
とそれなりに和やかに会話が進んでいたが、唐突にバクダが俺を不思議がる様な目で見た。
何か訊きたいことでも有るのだろうか。
「……ヷルトって、誕生日は?」
何故其の質問をしたのか真意は定かでは無いが、リングからは誕生日を聞いていたのだろうか。
フォークでケーキを啄み、彼を向く。
「覚えていないからな、誕生日を。」
俺は首を振った。バクダは不憫だと思っているのか眉を顰める。
然しリングはどこかわくわくとした面持ちで机に乗り上げようとする。
「覚えてないのなら今設定しちゃう? 前年は研究だの学会だので自分の誕生日すら碌に祝ってないしさ。」
「……いい、別に。」
淡々と返した。そもそも俺は祝われるのがあまり好きでは無いのだ。
「流石にそれじゃあつまらないじゃない。」
俺は手を止めた。茫と右上を眺める。
何故だろう、其の言葉に既視感が有る。一体何時々々だったか──と思考を巡らせていると一つ記憶が蘇った。
「────あ。」
ガタンと音を出しながら立ち上がった。
音に驚いたのか、彼等は耳を頭部に押し付けながら怯えている。
「……如何したの?」
リングはゆっくりと顔を上げて此方を見てくる。
「ちょっと思い出した。待ってくれ。」
俺は椅子を戻し、ゆっくりと二階を上がっていった。
「これだ。多分見せるのは初めてだろうな。」
ゆっくりと椅子に座り込んだ。右手に持っていた物を机に置く。
俺の部屋から小さな宝箱を持ってきたのだ。
バクダは獲物を見付けた獣のように目を輝かせている。
何故かリングは目を丸くさせている。
「確か此の中に時計が入っていたんだ。確か、其の後ろに誕生日が書かれていた筈だ。」
きっと蓋だろう上部をつつきながら彼等を見る。
「結婚するときに二人で同じ柄の腕時計を買ったんだ。」
「だが、鍵は何処に行ったのだろうかな……。」
首に手を当てた。一応前面には鍵穴のような物は有るように見える。
リングは「ふうん」やらと言いながら其れを掴み上げる。
何かぼそぼそと呟きながら箱をくるくると回している。──何をしようとしているのだろうか。
「……ねえ。」
と同時に彼は顔を上げた。
「なんだ?」
「コレ、鍵で開けるものじゃない気がする。」
トンという音を鳴らし箱を置いた。俺は顔を突き出し眉間に皺を寄せる。
「……どういう事だ?」
と訊くと箱を背面に回転させた。後ろには星のマークが付いている。
「ココにさ、なんか変なもんが有るんだよ。」
「ああ。」
彼はそれを指している。俺は頷いた。
そして悪い笑みを浮かべて言った。
「魔力を流せば開くんじゃない?」
と。無い顎に手を当てて口角を少し上げた。
「……ほお。確かに、有りそうだな。」
だが、バクダは首を傾げている。
「自分で買った物なのに覚えていないの?」
不意に言葉を投げかけられた。俺は大きく頷く。
「ああ。なんでかな。記憶が一部欠如しているんだ。」
淡々と言うとまた不憫に眉を下げた。バツの悪そうな顔をしている。
だから、止めてくれ。俺は特に後悔はしていないのだ。おまけに、不幸を蒙っているとも思っていない。それ故に嘆かれると困り果てることしかできぬ。
が、其の言葉は胸の奥に仕舞い込む。
彼に云われた通り、星の辺りを触り、掌に暖かい魔力を集中させる。
だが、中々開かない。それどころか魔力が伝わっている気がしない。
リングの発見は虚無に還るのかと思っていると、急にそれは「パカッ」と音を立てて開いた。
「「おお‼︎」」
何故か当の本人依りも彼等の方が驚いている。
ははと苦笑いをして箱の中身を眺めると、やはり其処には時計が入っていた。
「……おお。」
「有ったの? 有ったの?」「有った⁇」
彼等は俺の周りで騒ぎ立てる。
ゆっくりと箱の中身を取り出すと、二人ともキラキラとした眼で其れを見ている。
中には銀色の時計が入っていた。端には一から一六迄の数字が記されている。此れも銀色のようだ。
時計版の代わりと云えばよいのだろうか、中には歯車が敷き詰められている。豪華だが、何処か心悲しくなる。
サイズは俺の腕依り少しはみ出る程度だ。中央には長、中、短の三つの針が並んでいる。
そうそう。コレだ。昔妻と二人で村外に時計を買いに行ったんだ。
陳腐でベタでありふれているが、お揃いの時計を買うのは楽しかったな。
腕周りを測ってもらい、柄を選んで、素材やら何まで選んで……。
其の時のにこにことした顔は脳裏から離れまい。
本当は背面に誕生日を入れてもらう予定は無かった。何故ならば俺が誕生日を祝われることに抵抗を感じていたからだ。然し、彼女は蒼い眼を輝かせながら言った。
「流石にそれじゃあつまらないじゃない。」と。
其の事を噛み締めながら後ろを覗く。すると、其処には十五月二十一日、と書かれていた。
そうか。此れが俺の誕生日か。冬の終わり頃なのだな。
急に、俺の耳に音色が奔った。
「カーン、カーン、カーン…………」と。
彼等は耳を傾けている。よくよく聞くと其の音は十三回鳴らされた。
……もうそんな時間か。腕時計を眺める。横のノブを回して十三時に時間を合わせると、命を噴き返したようにカチカチと動き始めた。意思を持っているみたいだ。針が動く度に中の歯車も動く仕掛け付きだ。
今、彼女は何処で何をしているのだろうか。もし会えるのならば会ってみたい。
きっと、生きていたとしてもよぼよぼのお婆さんに成っているだろうは。
彼女に一言だけ伝えたい。「貴方に感謝を伝えに来ました」と。希くば顔を合わすだけでも善い。
其の様なことを考えていると、彼等は俺の顔を奇怪しく見詰める。
「……どうした。」
「今のヷルト、かなり口角が上がってたから……。」
バクダがおずおずと答える。なんだ、そんなことか。俺は腕時計を巻き付ける。
彼等を眺めた。
「妻の事だからな。」
俺はふふふと笑った。
月に付いての補足。
此の世界では一月〜十六月まで在ります。
そして奇数月は二十五日、偶数月は二十六日在ります。
つまり一年は四百八日になります。地球より四十三日、または四十二日違います。
そして時間も十六時間で一日が終わったりします。
一時間は三十二分、一秒は六十四秒だったりします。
実は此の国、普通の数の数え方でも十六進数だったりします。
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