第百九十二話:非日常
三月十一日、不足分を追記しました。
俺はベッドの上でゴロゴロと本を捲っている。
最初、一章を読んだときは取るに足らない三文小説でも掴まされたか、と思ったが──此れは名作に違いない。人は選ぶかもしれないが、十二分に面白いと言える。
主人公が健忘症の様なコトを繰り返していたのは、子供の頃から機体に乗る為の薬を何度も飲まされていた副作用だと云う。思えば、他の仲間も何処かしらに異常が在った。
目が見えないだとか、異常な迄に発達した尻尾だとか、喋らないのは声帯が亡くなっていたからだとか、何故かやたらと虚弱体質だったヤツも居たりだとか。
伏線に気付けなかった。まんまと騙されて了った。
ソの度に顔を顰めたりなんなりとするのだからリングは訝しむ目で見てきたりした。
しょうがないだろう、面白いのだから。お前だって魔法の事を研究している時はあまりにもニヤ付いた笑みを浮かべているのだろう。どっこいどっこいだ。
だが、敵が能力を忘れている事に付いては説明が無い。けれど其んな事は如何だってよい。
二章からの話の流れが面白いのだ。だから能力が忘れている事なぞ気にすら為らない。
仮に其の様な粗を突かれても「だからどうした」と胸を張れる。其の位には面白い作品だ。
三章の最後のページに栞を挟むと、俺は本を閉じた。
* * *
昨日ㇷ゙̇ログ̊ㇻ̇ㇳを採ってきたのは良いものの、誕生会を開く為には流石に材料なりなんなりが足りない。
ㇷ゙̇ログ̊ㇻ̇ㇳが中の花粉を総て出すのに時間も掛かるのだから。
其れもあって俺は八百屋に赴いている。
「あ! こんにちはー! ヷルトさーん!」
「ああ、こんにちは。」
俺は簡単に挨拶を返す。基本リングが出不精な所為か、俺は彼女に顔を覚えられて了った。
「何をお買い求めで?」
とにこりと微笑んで首を傾ける。俺は八百屋の中を眺める。
「……コ̊ㇻ̇ミーの三グルンドと半分と、フ̇ョㇻ̇ラガェを七十ゴンドと…… ミッチェㇺ一瓶と……後は……」「果物類は何が有る?」
顔を下げて目線を合わせると彼女は指折り数えながら右上を向く。
「えっと今はですねー、ㇷ゚ドㇺパディと、アェㇻ̈ㇲトェンと、チェイㇲタが有りますね。」
ㇷ゚ドㇺパディはジャムにすると美味しい果物だ。
アェㇻ̈ㇲトェンは確か赤く丸いヤツ。チェイㇲタはお菓子だのなんだのに使いやすい奴だ。
なら、
「じゃあ、チェイㇲタ全部五つづつくれ。」
俺は指を目一杯に開き、彼女の眼を見る。
「はいはーい! ちょっと待っててくださいねー!」
彼女は元気よく後ろへと走っていった。
幾時か待っていると、彼女は麻籠を両手で持ってきた。
「はい。どうぞ。」
と言って其れを差し出す。「ありがとう」と、俺は其れを受け取った。
瓶だの袋だの果物だのを自分の籠に移していく。
差し替えながら俺は彼女を眼を見上げる。
「……ところで、最近店主が居ないような気がするが、如何したんだ?」
すると、彼女は困ったように眉を八の字にする。
「うーん、判りません。一回、家に赴いたんですが、追い返されて……なんででしょうね。」
「……そうか。」
* * *
「はいコレ、卵だ。」「ああ、ありがとう。」
店主から渡された袋を受け取り、俺は頷いた。
「……にしてもホント、お前ぶっきらぼうだな?」
「まあ、な。昔っから感情表現は得意では無いからな。」
「おお、やっぱり?」
顔を上げた。そうだろうか。俺には其うは見えない。
お前は雰囲気とか何だので判るではないか。
「どうした?」
「……何でも。」
曖昧な返事をして、俺は帰路に着いていった。
* * *
八百屋から肉屋から食材を買いに行った帰り、俺は家の前でふと立ち止まった。
やたらに奥に長い家。此処はそう、きっとマリルの家に違いない。
何故立ち止まったのだろうかと自分自身を狐疑したが、其れはすぐ明らかになる。
俺の鼻腔を如何わしく嫌な臭いが突き抜けた。隙間から漂ってくる。
麻袋を魔法陣に入れ込むと、扉をコンコンと叩いた。
反応は在らず。不気味な程に静かだ。俺はリングに比べれば聴力は能くなかろう。
精々臭いで物事を捉える程度しか出来ない。固唾を飲んだ。ゆっくりと扉を開ける。
ギギギギィと云った耳にやたらに付く様な音が流れる。
内部を見遣った。
──中は凄惨としていた。
酷い、と云う言葉で一つで表すにはあまりにも足りない。
床には何か血の様な物が撒き散らされており、机の上には腐った料理が置いてある。瓦礫の様に雪崩れている。
臭いはコレか。……道理でこんな鼻がひん曲がる様な臭いがする訳だ。
だが、それなのに神の銅像の様な物だけは綺麗に磨かれているのが酷く不気味だった。
手を握り締めながら奥へ奥へと進んでいく。好奇心からでは無い。きっと知らなければいけないと云う自分の想いからだろう。
廊下を歩いていると扉を見付けた。中を覗くと、其処には女性が倒れていた。此処は応接間の様だ。
「おい! 大丈夫か‼︎」と声を掛けても反応は無い。
彼女を仰向けにさせると腹部からは血が流れていた。何が起こってるのだから俺には見当も付かない。取り敢えずは恢復魔法を使えば善いのかとと手を当てて暖かいソレを流してみるものの、手応えは無い。おかしい。普通は反応が有るのだろうに。
すると後ろから妙な寒気がした。身がよだつ様な気味の悪い感触を覚えた。
彼女を見詰めた。どうか、寝ているだけであってくれ。
俺はその気持ちの悪い感触の原因は何処かと、応接間を出ていった。出ていっても、気持ちの悪い感触は抜けない。
おまけにどんどんと臭いはキツくなってくる。鼻腔を腐敗臭が占拠している。人の死体だとて此の様な臭いは絶対にしない。する訳がない。
猛烈に漂う生ゴミが腐った様な臭いに耐えつつ、俺は廊下を進んでいく。どうやら臭いは二階に続いている様だ。ゆっくりと階段を上がっていく。
すると、とある部屋に臭いが続いていた。右手の方の部屋だ。
……如何したら善いのだろうか。ココ迄来て帰るか? いいやダメだ。帰っては為らぬ。覚悟を決めて、俺は扉を開いた。
「マリル⁉︎」
其処には男性を殺そうとしている彼女の姿が在った。右手には包丁が握られている。
だったら益々此の腐敗臭は何だ。マリルは此方を向くと何故かギラギラと光る紅の目で俺を威嚇する。動こうにもやたらに脚が重く動かない。
「……来ないで。」
とだけ言って俺を見る。鼻をスンスンと動かしてみると臭いは彼女から漂っているみたいだ。余計に意味が判らなく為る。
「なんだ、来ないで。とは。」
俺は彼女に近付く。だが、脚の筋肉に力を籠めても前に進めやしない。
「お前、人を殺そうとしていたのか?」
「……お前、言ったじゃないか。悩みを抱えている位なら、家に来い、と。」
歯軋りをしながら、俺は彼女に近付いていく。一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
「多分ソコに居るのは父親だろう。何故、殺そうとした。」
歩めば歩む程脚はどんどんと重く成っていく。
「……うるさい。」
「煩いとはなんだ煩いとは。」
「もしかして母親も殺したのか。」
すると彼女は包丁を下げ、首を横に振る。
「……殺してはない。」
「そうか、其んなふざけた事してないでさっさと俺の家行くぞ。」
「やだ!」
彼女はもっと大きく首を横に振る。
ココで駄々を捏ねると云うのか。だから子供は嫌いなんだ。
素直に話を聞けっての。
「ほら、来いって言っているんだ。」
俺は手招きをした。だが、彼女は俺から後退りしていく。
そして、
「絶対に嫌だ‼︎ 帰って!」
と泣き喚くと、俺はバタっとその場に倒れ込んだ。
狭まる視界の中、彼女の眼をしっかりと見て、俺は一つだけぽつりと呟いた。
「……後悔するなよ。」
* * *
はっと首を横に振った。何故か、俺はマリルの家の前に居た。
右手には籠を持っていない。何処にやったのだろうかと探していると、魔法陣の中から其れを発見した。汚れが付いていたり、中身が溢れている事は無さそうだ。
立ち眩みをしていたのだろうか。それにしても、如何して俺は此処で眩んだのだろうか。
首を傾げても解らない。思考しても解らないのならば、帰るしかない。
一粒の疑問を抱えながら俺は家に帰っていった。
段々と日常が狂っていきます。乞うご期待。
* * *
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