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第百九十一話:日常

 俺は書斎で本を読んでいる。

 此の本は王道的な英雄譚だ。ひょんな事から『チョェギ̏ギ̊』と云うエネルギーで動かす、『エグロパ』と云う……云うならば頭の部分に乗れる、鋼鉄の模造人間(ロボット)の操縦者と為った主人公が世界を救うと云うお話だ。らしい夢幻的(ファンタジー)作品だ。だが、所々粗が有る様に見受けられる。

 例えば「云われたことを何度も忘れて敵に突っ込む」とか、「敵は主人公の能力を把握している筈なのに素知らぬフリして(たお)される」等々──最早は前者はお約束に成りつつあるが。


 正直話や展開はありきたりで面白くは無い。三文小説でも掴まされただろうか。

 だが一冊一冊はそこそこの値段がするのだし、最後まで読まねば内容は判断しかねる──

 が、紙を捲る手は唐突に止む。


「ねーさー! コレどうやって使うのさ⁉︎」

「分からない? ココにさ、金属の板が有るでしょ? 此れに手を当ててさ……。」


「ソレが上手く行かない、って言ってんの。」

「なんでさ。」


「ならリングやってみてよ。」

「何さ、僕は無理だっての。熱属性の魔法が使えないのだから。」


 溜め息を吐いた。本を閉じると、ゆらりと彼等の方へ近付いていく。


「……お前等、何してる?」

 彼等の肩に両手を当てた。

 二人とも同じ様に脊髄を震え上がらせ、俺の顔を物怪(もののけ)でも見るかの様な目をしている。


「あ……えと……」「バクダがポットでお湯を沸かしたいんだってさ。」

 バクダはキョロキョロと辺りを見回して狼狽(うろた)える。

 たがリングはほっとしたのか俺の眼をしっかりと見る。

 俺は「ああ」と首を縦に振る。成る程な。つまりはそう云う事なのか。


「ああ、だから熱属性だのなんだのって言ってたのか……。」

 頭を掻いた。だったらさっさと頼るなりなんなりとしてくれい。

 俺はバクダの眼を見て人差し指を立てた。


「見てろよ。一回しかやらないからな」とだけ言うと、彼はもったりと(がえ)んずる。

 (かまど)の左横に有る板に手を当てる。すると竈は薪も無いのに窓からは炎が燃え上がる。

 バクダは「おお」と声を上げる。少しだけ口角を上げてみると彼は目を丸くした。何故だ。


「ほら。やってやったからもう騒ぐな。」

 俺は少しだけ恥ずかしく成る。きっと顔には出まいだろうが。

 本をゆったりと捲る。すると騒ぐなと言ったにも関わらず後ろでワーワーと騒ぎ始めた。


「あー! まってポットがビービー言ってるまってまって! 火加減強過ぎるマズいマズい‼︎」

「ならココのノブを回して……。」「え⁉︎ ええっ⁉︎ ドコ⁉︎ ココ⁉︎」


「パトン」と大きな音を立てて本を閉じる。

 ──コイツら……‼︎


 * * *


 リングは外へと出掛けている。

 家には俺とバクダだけが残されている。部屋はしんとした雰囲気が漂っている。

 俺はずっと本を読んでいるが、彼はずっと体をそわそわとさせている。

 

「……あ、あの、ヷルト?」

 遂にこの空虚な時間に耐えきれなくなったのか、彼はしどろもどろに話し掛けてきた。

 本をパンと閉じると、何故か彼は目をぎゅっと瞑った。


「なんだ。何か用か。」

「え、いや……あの…………へへへ。」

 俺は彼の方を向いた。すると彼は目線を外す。

 なのに如何してか恥ずかしそうに頭を掻く。一体何がしたいのだろうか。

 すると彼は俺をじっと見詰めた。穏やかな鮮緑の眼。余りにも澄み切った眼は恐怖すら感じる。


「ありがとうね。」

 彼は顔をくしゃくしゃにして笑う。  


「……なんでだ。」

 上目で彼を見た。それにも関わらずまだにこにこと笑顔を作っている。

「ふふふ」と口に手を当てる。俺にはどうも奇妙にしか見えない。


「リングの友達に成ってくれてさ。」

 ああ、成る程。俺は小刻みに頷いた。そして彼を見る。

「何方かと云えば家族未満親友以上みたいな関係だろうがな。」すると「あはは、だろうね。」

 と乾いた笑いを発する。


「アイツさあ、きっと周りの人全員には完全に心開ききってないと思うんだよ。」

「きっと俺とあんたと村長くらい。」

 彼は自身と俺と何処か空虚を指す。


「ガリルナはどうだ?」

 と訊くと彼は首を傾げる。


「んー、俺から見ると心亡しか不信感を持っているってことは拭えないかな。」

「ま、しょうがないと思うよ。」

 はははと空笑いをするとはあと大きく溜め息を吐いた。

 困った様に眉を八の字にさせる。


「アイツこっちに来てから知り合いも多いと思うんだよ。

 でも友達は? って訊くと『指折り数えれる位かな』って言うんだよ。」

「ま〜、アイツは友達付き合いは悪い方だし今に始まった事じゃあ無いんだけどさ。」

 ああ。其れはよく判る。アイツは人付き合いは()して悪くは無いのだろうに、何故か自分のコトに成ると急にしょんぼりとする。だからだろう。だが、


「俺も似た様なもんだ。俺は知り合いすらいない。」

「ええ。」

 すると彼は目を丸くさせる。普通は其うなのだろうか。

 

「必要も無い。来る者拒まず去る者追わず、それだけで充分だろう。」

 淡々と言うと、彼は何故かニヤ付いた笑みを浮かべる。気味が悪い。


「ふーん…………じゃ、リングが離れたら?」

 今度は俺が眉を八の字にさせた。


「訊いて何に成るんだ、其んなモノ。」

 と言い捨てても、彼は「いいからいいから。」とか言って俺の口から言葉を取り出そうとする。

 俺は溜め息を付いた。そして、彼を見て一本調子で言った。


「……ちょっとは淋しいだろ。そりゃあ。」

 彼は如何してか純然に疑問符を浮かべている。


「ちょっと?」

「……ああ。」

「本当にちょっと?」

「言ってるだろう? ちょっとって。」

「へえ……。」

 此れで彼の口撃(こうげき)を耐え抜いただろうと思っていると、有らぬ所から一つ刃を刺された。


「……ソのワリには哀しげな顔をしてるよ?」

 そんなの、在ろう筈がない。だが、自分自身の顔は見ることが出来ない。

 本当に其んな哀愁の漂う表情をしているのだろうか。

 それに、何故か彼の言葉は心の知らぬ何処かを何度も突いてくる。


「嘘、吐くなよ。」

 と言葉を絞り出すしか出来なかった。


「嘘じゃないってさー。」

 へけらへけらと笑う。少し腹が立つ。


 とすると、唐突に扉が音を立てて開いた。同時に声も聞こえてくる。


「ただいまー」「ほら、コレ。」

 リングは机に麻籠を置いた。中には目一杯、毬果(きゅうか)の様な物が入っている。

 一つ手に取ってみると(いぶ)し銀の様な綺麗な色彩を放っている。


「……ああ、コレか。」

「ナニコレー?」

 バクダは籠を覗き込みながら言っている。


「此の村の夏の名物、ㇷ゙̇ログ̊ㇻ̇ㇳだ。」

「今夏なの? 結構涼しいけど。」

「ああ、此処はそれなりに標高の高い所に在るからな。」

 その代わり冬は酷く寒いのだがな。俺は其れを籠に戻した。


「食べれるの?」「ああ。水にでも漬ければ柔らかくなる。」

 と云うと、彼はもう一回籠を覗き込んだ。


「へー……なんか〈松ぼっくり〉みたいで美味しくなさそう。」

 マツボェックリ、等と云う言葉は判らないが、きっと()くは思っていないだろう。

 ……お前、判っているのか。


 横から「ごめんね」と言うリングの声が聞こえ、籠は台所に連れていかれた。


「此れは祝い事の時に食べるんだ。誕生日とかな。つまり、解ってるよな?」

 彼は首を傾げている。「あ!」と声を上げ、自分自身を指している。

 気付いたか。


「そう云うコト⁉︎」

「ああ。」


「……ふーん。まあ、こう云う事されるのなら別に友達付き合い悪くたって善いかなあ。」

 彼は満足そうに笑っていた。

日常、と云うタイトルを付けたのは日常に戻ったこと、そしてバクダが来てからの日常、と、二つの意味が在ります。


* * *


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