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第百九十話:入るも入るまいも

ココから三話程度、ヷルトや他の目線を交えて物語を進めていきます。

基本的にリングさんは出不精なので村に居るとお話が進みませんので。

 俺は村を散策している。特にやる事も無いからだ。最近は色々とリングに振り回されっぱなしだったからちょっと位、彼と距離を置きたい。嫌いなワケでは無い。只単純に個人的(パーソナル)な時間を欲しているだけだ。


 彼が魔法にのめり込んでいるのは特に悪い事は在らぬだろうが、俺が話し掛けても徒爾(とじ)に終わるのは少々虚しい。だが、其処はもう俺と彼の家。俺の家では無い。ならば俺が何処かに出掛けるべきだ。


 と村を回るのは良いものの、やはり此の村は何も無いな。だが俺は其んな何も無い村が大好きだ。

 最近はリングのお陰か徐々に昔の村の様相へ戻ってきているのが嬉しい。

 また、皆で祭りの時に馬鹿みたいに騒げると良いな。


 歩みを進めていると、教会を発見した。教会の塔には鐘が付いている。


 ──思えば、俺が教会に来たのは何十年ぶりだろうか。俺は神に裏切って死んだ身だ。

 だから、聖なる教会には入れぬ。


 本当は信仰を断ち切ったほうが良いのだろうが、俺は信仰を心の支えとして、そして自分の『正しい』と合致しているからこそ、俺は信仰を捨て切れぬ。なんと愚かしい事だろうか。それだけ、俺に取っては信仰が大きな柱に成っているのだろうと思う。捨て切った方が俺の靄々(もやもや)は消え去るのだろうが。


 教会を見上げた。昔と変わらず、清潔で綺麗だ。いや、昔の方が汚かったかもしれない。

 塔には銀の鐘が乗っている。此処は昔と違う点だ。昔は金色の鐘だった。だが、那の時点でもうおんぼろに成っていた。付け換えてくれたのだろうか? 其れにしては綺麗過ぎる様な気もした。もしかしたら三代目や四代目なのかもしれない。


 扉の前で右往左往していると、不意に声が掛けられた。


「如何したんですか? ヷルトさん?」

 母親の様だ。いや、見覚えが有る。

 リングを悪魔だと云っているのにも関わらず、妙に親しくしている奇妙な女性だ。


「あ、いや……。」

「もしかして教会に入るのは初めてで?」

 彼女は何を勘違いしたのか俺の腕を取る。

 俺は何も返事を出来ずに只、呆然とする。


「えと…………。」

「いいんですよ、ほら、入りましょう?」

 彼女は扉を開けて、俺を無理矢理に教会に入れようとする。

 存外彼女の力は強い。


「ああ、ちょっ…………。」

 と声を発するものの、俺の意思もお構いなく背中を押した。

 俺は彼女の無理くりな態度に依って内部に入らされて了った。


 教会の中は流石に、と云うべきか、()の頃と違って様変わりしていた。

 卓は黒くどよんでいたオンボロから替わり、清潔で純白の、洒落付いた純白の物へと変化していた。

 奥から前へと(なら)べられた長椅子も其うだ。奇妙な迄に白い。おまけに人が座っても軋まなく為っていた。現に彼女が座っている。


 俺はしょぼしょぼと隣に座る。彼女は誰も居ない卓に向かって祈りを捧げている。

 手を絡め合わせ、深々とお辞儀をしている。そして、「今日も善き日に為るよう、神様に願いを奉じます」と三回、呟いている。


 ……昔は此の教会で何度もやったな、コの所作は。


「今、何を信仰してらっしゃるのですか?」

 一通り終えると、俺の方を向いて言った。


「……生憎無宗教だ。」

 ぶっきらぼうに突き放す。嘘では無い。実際、俺は形式上は何処の宗教にも入ってはいない。


「そうなのですね? 入る予定は?」

「無いな。」

「……無宗教で、(さび)しくないんですか?」

 彼女は俺の顔を覗き込んできた。


「別に、平気だ。」

 と首を振る。嘘だ。嘘に決まっている。実際、神を信じている。

 無宗教者なのに自分の道をガツガツと行けるヤツはきっと此の世界ではリング位なモノだ。


「そうですか…………。」

 彼女は流眄(りゅうべん)した。

 小さく溜め息を吐いたが俺の方を向き直し、如何してかにっこりとした笑顔を浮かべた。

 ……哀れな俺に対する皮肉か。


「私はですね、宗教が大好きなのですよ。」

「何故に?」

「宗教に身を一つ置くだけで色々な人と繋がれるからです。

 経典も私の支えに成ってくれました。私は宗教が無かったら、今頃死んでいたでしょうね。」

 彼女は途んでもない事を悲しむ様子も無く、いとも容易く喋る。

 瞠目(どうもく)した。死んでいた? 活気に溢れている彼女は死等と云う言葉ともっとも遠い所に居るだろう。


「それは、何故?」

「……私、三人ほど子供を持っていますが、実は夫が居ないんです。数年前に自殺しちゃって。理由は判りません。遺書も残っていなかったのですから。」

 やっと、彼女は悲しげな表情を見せた。自殺、したのか。

 だが、ソレは所謂『後追い自殺』と云うモノではなかろうか。

 何故に彼女は其の事を俺に対し話せるのだろうか。


「けれど、宗教に入ったら悩みも聞いてくれて、周りの人とも理解が進む様に成って……。」


「私が疲れたと感じたら、教会で面倒を見てくれますし、助かっているんですよ。」


「ですけれど、一度、その、悪い宗教に掴まされて了って……。」

「私は其の時、確か周りの人に絶対にココが善いよ、ココに入らなきゃ駄目だよ、最早人間でもないよ、と言っていた気がします。」

 神に懺悔をする様、彼女は指をまた絡め合わせる。


「宗教に善いも悪いも無いのですよ。信じたい人は信ずれば()い、それだけです。」


「ですが宗教の力は大きいな、とも思っています。精神的な支えに成る一方、過激思想を埋め込まれる可能性が有るな。って。」

「もし、私は那の宗教を抜け出せていなかったら、何か犯罪行為でもやらかしていたと思います。」

 余りにも(くら)い話だ。確かに其れには俺も同意する。

 世界各国では宗教を使って人を騙そうとする輩が居ない訳では無い。

 俺は其の事に無性に腹を立ててはしょうがない。宗教をソの様な使い方をするなと。

 お前の自尊心を肥大化させる為や社会的に正しくない事をする盾にするなと。

 だが、そんな【似非宗教】にころっと騙される人間も居るのも確かだ。

 俺の怒りは益々膨張する。


「宗教とは、上手く付き合わないと、ですね。」

 彼女は口に手を当てて上品にふふと(わら)った。

 彼女になら、言っても善いだろうか。


「……例え、自殺した人で有っても、宗教は入れるものか。」

「ええ、きっと。大丈夫です。神は勿論の事、周りの人も理解してくれる筈ですよ。」

 俺にとって彼女は(さなが)ら天使の様だ。羽や輪っかが生えてきたとておかしくはない。

 俺は前を向いた。此んな俺でもまた、祈っても善いのだろうかと云う踏ん切りはまだ着かない。

 

 だが、また、村の人達と交流はしたい。其の時に宗教に入っていないのは余りにも都合が悪過ぎる。


 俺は立ち上がった。彼女に俺の最大の疑問をぶつける為に。


「リングを悪魔、と呼ぶのは何故なんだ。」

 彼女の眼を然りと眺めた。彼女は不思議そうに俺の眼を見返している。

 俺の翠色の眼はお前には如何映っている。


 けれど、予想に反し彼女はまたふふと(わら)った。まるで、俺の質問に答える迄も無いと云った態度だ。彼女は優しげな眼で俺を見詰めた。


「私が彼の優しさに溺れそうに成るからですよ。」

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