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Rɹænↄɐɹƚↄɐtion/リンキャルケイション  作者: 鱗雲之
第四章『不穏、不穏、不穏』
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第百八十九話:ただいま

 彼等を連れて、僕等は村に帰ってきた。が、村に近付けば近付く程に聞き慣れない音が耳を掠める。

「ガゴン」森に迄響くような重厚で荘厳な音だ。


 門に変哲は無かったが、幾許くか前に修復しただろうにもう蔦が絡み付いている。

 けれど、見窄らしくは無い。


 潜り、そして村中を眺めると広場に人は余り居ない様であった。閑散としている。

 広場を横断しようと手押し車を回していた男性は此方に気付くと、あわあわとした様子で駆け寄ってくる。

 野菜が地に転がっている事など微塵も気に成っていない様だ。


 僕の手を握り締めると「おお! リングだ‼︎ リングが帰ってきたぞ!」

 と何度も何度もぶんぶんと大きく上下に振る。


「……あ、うん。ただいま。」

 少し許り惑っていた僕だったが、無理矢理に口角を上げ、にかっと微笑んでみせた。

 其の様子を見ていたバクダは感心する様に言う。


「仲良いんだね。」「……色々有ったんだけどねえ。」

 彼は首を傾げた。


 男は後ろに居るヷルトとマリルを見付けると「おお! あんたらも帰ってきたんだねえ」と到底憎めない笑顔を浮かべている。


 ヷルトは何時(いつ)もの仏頂面で頷くばかりだが、マリルは「うん!」と無邪気に返事を返す。

 然し須臾(しょしゅ)、彼女は(くら)い表情を浮かべた。


 男は背後に居るバクダを食い入る様に見ている。「あ、コイツはバクダ・デ・チェグルって言います。僕の家に居候する事に成りました。ほら、挨拶して。」彼の背中をぽんぽんと叩くと、彼はぎこちなくお辞儀をした。


「……外国の人なのかい?」「ええ。」男は眉を(ひそ)めた。

 ああ、歓迎はされないのかもしれないな。


 * * *


「……ねえ。」僕は彼女を家に返そうと土道(どこう)を歩いている。

 だが、彼女の足は(こころよ)くは無い。とぼとぼと名残惜しそうに歩いている。


「大丈夫だよ。今生の別れでも無いのだから。また会いたくなったらおいで。」

 僕は彼女と目線を合わせ、肩に両手を置いた。すると、彼女はえぐえぐと泣き出して了った。

 其んな彼女を自分の胸に手繰り寄せる。


 彼女はまだ泣いている。彼女の頭を(さす)ってやると益々泣き出す。

 如何したら善いものかと思うが、其の儘、ゆったりと撫でてやる。


 すると、彼女は胸から顔を離す。笑っているが、瞼の下は真っ赤に腫れている。

 見遣ると、服には大きなシミが出来ていた。彼女は口を開く。


「……ココでお別れ。」

「良いの? 大丈夫なの? 着いてかなくて平気?」

 大きく頷く。僕はもったりと立ち上がる。


「じゃーね! さよなら‼︎」と声だけは活気に溢れている。

 僕の事も振り返らずに走り去っていった。「またねー‼︎」と大きな声を張り上げると彼女は一瞬、此方を向いた。瞼には涙が溜まっている様に見えた。


 大丈なのだろうか。と心配に為るものの、其れは僕の了見(りょうけん)違いでしかないだろう。

 何時もの妄想だと信じよう。


 僕はくるっと後ろを向き足を進めようとするものの、彼女の姿が見えなくなる迄何度も何度も振り返っていた。其んな自分がなんだか情けなく為った。




 ゆっくりと階段を上り扉を開けると、右には新聞を読んでいるヷルトが居た。

 

「……ただいまー。」僕は悄然とした声を発する。ヷルトはいつもの通り声色を変えずに「おかえり」とだけ言う。


「バクダは?」と尋ねると、「今二階の俺の部屋に居る。気持ち悪いんだってさ。」と淡々と言った。


 上着を脱いで衣紋(えもん)掛けに吊るすと、とろとろとした脚付きで二階へと上がっていった。

 ヷルトの部屋は結果的に見たことが無い。何だか妙に心臓の鼓動が早まる。

 早速、ヷルトの部屋を覗いてみると、ベッドの上に倒れ、布団を目一杯迄に掛けて(うな)されているバクダの姿が在った。


 ヷルトの部屋は(とて)も簡素だ。僕の部屋の様に余計な物は置かれていない。

 棚やベッドや机等、生活に必要な物だけしか置いていない。

 だが、一つだけ不思議な物が有る。


 机の上に鍵の付いた小さな箱が有るのだ。だが、鍵は見当たらない。何なのだろうか。

 と目を奪われていては本題が進まない。僕は布団の上からとんとんと彼を叩いた。

 すると彼は此方を向いたが、魂が抜け切った様な虚ろな眼をしている。


 僕はベッドの前で腰を屈める。「如何したの?」「……気持ち悪い」だそうだ。


「車酔いしちゃった?」

 彼はのたりと首を横に振る。


「いや、違う……多分環境の変化に因るストレスだと思う……。」


「忘れてた……猫とかって環境の変化に弱いんだった……。」

 彼は溜め息を吐いた。もぞもぞと布団の中で体を動かす。


「え?」

 声帯から疑問符が突い出た。少し首を(ひね)る。経験が全く無いと云っても過言では無い。


「うん……てかなんでリングは平気なのさ……。」

 恨めしそうに此方を覗き、もそもそと呪詛の様な小言を並べる。


「……なんでだろうね、昔っから研究だの言ってあちこち飛び回ってたからかなあ。身体が慣れてるのかもしれないね。」

 腕を組んで考えるものの、其の位しか原因は思い当たらない。


「嘘だろ……お前猫科として異常だよ……。」

 掠れた苦笑いをするしかなかった。

 唐突に彼は「おえっ」と苦しそうに(えず)いた。


「桶でも持ってくる?」

「ううん、ソレは大丈夫……。」

 と首を振る。本当に大丈夫なのだろうか。


「……なんか有ったら呼んでね。」 

 とだけ言い、僕は一階に降りていった。


 * * *


 バクダが来て四日目、彼はスープやビョーマェㇻ̇の様な流動食しか口に運べなかったが、徐々に体調は佳く成って来ていた。一階で爪を研いでいると、ドダドダとゆったりと階段を降りてくる音がした。


「あ、バクダ。大丈夫?」彼は頷いた。


「ああ、コイツも来た事なら朝餐(ちょうさん)にでもしようか。」

 ヷルトはさっと立ち上がる。台所の方へそそくさと向かう。


「手伝おうか?」「いいや、大丈夫。お前はバクダの事を見とけ。」

 らしい。云われた通り、彼の事を見ておこう。と其の前に。

 

「バクダ、爪研ぎ持ってきた? そろそろ爪長く成ってきてるんじゃない?」

 爪の足も削り終えた僕は彼に顔を合わせる。右手には(やすり)を彷彿とさせる持ち手の付いた金属の平べったい板を持っている。


「あ、そういや持って来てないかも……。」

 不安そうに僕から目線を外す。


「分かった、じゃあ予備有るし貸したげるね。」

 彼は此方を向いた。目を丸くしている。

 

「おい、お前さんら、朝食出来たから駄辯(だべ)ってんじゃないぞ。」

 台所からヷルトが顔を覗かせていた。僕等は顔を見合わせる。彼は態とらしく舌を出していた。

 ああおかしい! 声帯が震えている。二人ともへへへと反省する気の無い笑い声を発する。


「はいはい」と(かしま)しく返事をすると、僕等は居間へ向かった。

 ヷルトが料理を運んでくる。やはりと云うべきか、今日の朝食はビョーマェㇻ̇だった。

 それに汁物として出されたヴューㇰ̏。根菜のスープだ。


 僕は祈る様なポーズをする。バクダは戸惑っていたが、すぐに僕と同じく指を絡め合わせた。

 珍しくヷルトが微笑んでいる。()い雰囲気の中、僕等は同じくして声を発した。


「「「日々の糧に感謝して、そして生き物に感謝し、神様がくれた食物を頂きます。」」」

今回、タイトルを何にしようと考えあぐねた結果、シンプルに「ただいま」で行こうと決意しました。

次からは四章が始まります。お話の区切りが好いのでね。


* * *


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