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Rɹænↄɐɹƚↄɐtion/リンキャルケイション  作者: 鱗雲之
第四章『不穏、不穏、不穏』
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第百八十七話:輝かしい銀になり

「〈うおー! すげー‼︎ ヨーロッパみたーい‼︎〉」

 両手を挙げ、煉瓦造りの道路で仁王立ちに成りながら大声で其んな事を叫んでいる。

 周りの人々が君を懐疑の念を持って見ているのが判らないのか。ジュデバ語は疎か日本語なんて知らぬだろう。君の言っている事は伝わるまい。故に唯一の幸いだ。


「バクダ、煩い。」

 彼の胸を肘で小衝き、怪訝に目を細めて声音を下げると、彼の耳は後ろにペタリと倒れ込む。

 そうは云ったって周りの人に迷惑が掛かるだろう?


 彼の手を取って歩みを進めていると、ふと思い出したのかぽつりと言葉を()だした。


「あ、お前の家って何処なの?」

 後ろを向いた。バクダの後ろにはヷルトが渋い顔をしてマリルを抱き上げていた。


「アラバム村に在るからもうちょっと掛かるよ。

 取り敢えずどっかで休憩でも取ろうか。朝御飯だって食べてないのだしさ。」

「おー! 良いね良いねー!」

 ふふっと微笑みながら言うと、彼は首に腕を回し掛けてくる。

 首が締まるのだから()めておくれよ。

 其の儘僕が挽き摺る様にわちゃわちゃと纏わり付く。


「はあ」と溜め息を吐いた。コイツは昔から此うだ。

 けれども、唐突に伸し掛かっていた重量は消え失せる。

 もう一度後ろを見遣るとバクダがヷルトからマリルを受け取っていた。


「きゃー!」と声を上げながら空中で手足をバタ付かせる。

 頭を何度も撫で回すと、僕の方を向いた。


「……ところでさ。」




「マリル、って人間だったんだな。」

 と、その肌色の頬をむにむにと触りながら言った。

 そうか。彼は獣人の時の彼女の姿しか知らないのか。


「うん! そだよー!」

 彼女は目をぎゅっと閉じ、口角を上げ目一杯に頷いた。


 * * *


「……でさー、そんときに皿割っちゃってさー、厨房長にこっぴどく怒られてさー。」

 嬉しいのだろうか、バクダはニコニコとしながら一人だけぺちゃくちゃと舌を回している。

 そんなんでは折角の紅茶が冷めて了うぞ。彼女が食べかけのサンドヰッチを虎視眈々を狙っている。

 態々良き雰囲気の喫茶店に立ち寄っているのだ。君達のはしたない真似は止めておくれ。


 其の妙な圧に押されているのかヷルトは相槌を打ち、カップに口を付けるだけで話そうともしない。


 僕は在る席に居る少年を見遣っている。

 彼は一人で来ているのか其うでないのか、独り虚しくカップを眺めている。

 見た目は九歳程度に見える。そして右腰に短剣を刺しているのが見える。

 ランヷーズなのだろうか?


「どうしたの? リング?」

 彼は口を丸め首を傾げる。彼女から腕が伸ばされる。彼は腕攻撃をさっと躱した。


「……ちょっと席離れるね。」

 とだけ言い、椅子を引いてそそくさと立ち上がる。


「え、ちょっ、何するんだよ?」

 バクダは驚いているが、それでもしっかりと彼女の攻撃を躱している。


「お金置いとくから、会計済ませといてね。」

 机に硬貨を「タン」と云う音と共に叩き置くと、すたすたと歩いていった。




「やあ、こんにちは。」

 僕が話し掛けると彼は当惑し、わなわなとした様子でぎこちなく頷く。


「あ、え、あ、こんにちは……?」

「ちょっとお話がしたいだけさ。ココ、座っても大丈夫かな?」

 僕は口角を上げ微笑む。成るべく牙を見せない様に。

 対面に在る椅子を指すと、彼は如何して怖気付いたのか、体をブルっと振るわせて僕から目線を逸らした。


「え、あ、あ、はい……。」

 おずおずと言うと猜疑(さいぎ)する様に此方をちらっと見た。翠の眼だ。


「うん、ありがとう。」

 僕は口角は上げていたものの、心の中では大きな嘆息を吐いていた。

 黒い姿で話し掛けたのが悪かったか。やはり此の見た目は都合が悪い事が多いのか。

 黒に紅、恐ろしく思っても仕方はない。バクダの様な白い姿だったら何れだけ良かった事か。

 だが、産まれ持った容姿に逐一不満を言っていてもしょうがない。せめて元の赤い姿で行ったらもう少し反応は変わったのだろう。僕の落ち度だ。

 成るべく優しく接してやらねば、と思うが、それならば話をくどくどと続けるのも良くはないだろうな。


「まずは、率直に言っても()いかな?」

「君、銀狼の血を受け継いでいるよね?」

 単刀直入に本題から問うてみると、彼は目に見えて動揺する。

 息は荒くなり、僕と目線を合わせようとしまい。


「……いや、いや違います。」

「違いますって言ったって、君の其の髪色はなんだい?」

 僕は前髪を指して言う。彼の髪色は銀狼特有の艶やかな銀色に染まっている。


「偶々です。産まれ付きです……。」

「誤魔化したいつもりだろうけれど、銀狼族は元々其の色なんだ。

 寧ろ此の世界に銀色の毛を持つ種族は銀狼くらいなモノだよ?」

 僕は目を閉じて右手を弱く挙げる。

 目を開けると、彼は顔を下に向けてぶるぶると震えていた。

 

 ソコ迄恐がる事だろうか。だが、銀狼達は歴史や伝統を重んじる種族に決まっている。

 とすると、銀狼の血を継いでいる事を口外するなと言われていてもおかしくない。

 如何したものか。


「其んなに恐がらないでおくれよ。お兄さんは何も危害を加えようたって考えてないから。」

「只々、君のお話を聞きたいだけなんだ。」

 すると、彼は顔をもったりとあげる。訝しんでいる眼に変わりは無い。


「僕はね、銀狼族の研究をしているんだ。」

「……研究?」

 彼は顔を突き出した。興味を持った様だ。ならココからは話が早いだろう。


「資料、見るかい? 当事者だからね、公開するのも厭わないさ。」

 魔法陣からノートやレポートを取り出す。スッと渡すと、彼は表題に目を奪われた。

 エカルパル語で書かれているのだから、きっと彼にも読める事だろう。

 じろじろと其れを眺めると、ペラッと音を立ててノートを(めく)り始めた。


 一通り眺めると僕に目線を向けた。さっきとは打って変わり僕を信ずる様に目を大きく開いている。

 彼はノートを閉じて、僕におずおずと返す。其れを受け取ると、机の左端に置いた。

「うっうん」と(ども)った声を出す。興奮する感情を咳き込んで押さえ付ける。


「で、何故僕が君に目を付けているか、ってのは判るかな?」

「いえ……。」

 彼は首を振った。

 自然に口角が上がっていたのだろうか、彼は牙を不可思議そうに見詰める。


「普通、人間と獣人の仔、って産まれづらいんだ。

 増してや、銀狼の仔だからね。人間との血が混じって君が如何成っているのか知りたいんだよ。」

 すると彼は僕から目線を離した。


「何か、ないかい? おかしな事。些細な事でも大丈夫だよ。」

 彼はまた僕から目線を逸らし、下方を向いてうんうんと唸っている。

 彼のカップを覗き込むと琥珀色の液体は底を尽きている様であった。

 

()れか頼むかい? お兄さんの奢り。好きなもの頼みな」親切心から出た言葉では有ったが、頂けないのか首を横に大きく振る。今迄で一番過剰な反応だ。ほお、しっかりとしているのだな。


「……最近」顔を上げた。「うんうん」僕は小刻みに頷く。


「最近、その、怒ったら、というか、感情が(たかぶ)ったら?

 なんか、こう、狼に為っちゃう、っていうか……なんか。」

 辿々しく、だが重々しく深刻そうに言葉を紡ぎ合わせる。


「ほお、狼に為る、ねえ。少し、訊いて良いかい?」「はい。」

「狼に為る、って一体全体どう云う事なのかい?」「え、あっと、黒い、獣人の狼みたいに……。」

「へえ、成る程ね。」

 僕は置いていたノートを開く。上着のポケットから石筆を取り出し、情報を纏めていく。

 髪色だけが黒く為るかと思ったら、獣人に成るのか。


「はい……ソレも、眼が紅く為っちゃって……」「うんうん。」

「ソレ以外は?」「いえ……特に…………。」

 彼は大きく首を横に振った。彼の悩んでいる事はソレなのか。

 そうだな、「正常な反応だね」と言ってノートをパタンと閉じた。


「ええっ⁉︎」

 彼は卓士(たくし)に手を突き、ガタンと大袈裟な音をたてて立ち上がる。

 信じられないと云う表情をしているが、そうは(いえど)も特に異常は見付からない。


「そもそも、ソレは銀狼族の能力だよ。」「へえ?」

 僕が淡々と告げると、彼は首を傾げる。だが興奮は治まったのか恥ずかしげにゆっくりと座る。


「そ、能力。だから別に問題は無いよ。」

「け、けれど! 黒く成っちゃうとなんかこう、暴走しちゃう、ってか……歯止めが効かなくなって……」

 首を何度も何度も振って、声を張り上げる。余程深刻だと思っているのだろうか。

 僕は卓の上で腕を組む。


「如何云う状況で?」

「……えと、妹に手を出された時、とか、友達を侮辱された時とか……。」

 右上を眺め、過去を振り返っているのかポツポツと言葉を捻り出した。

「ほお」と僕は感心する。彼は善い人で有るみたいだ。子供だが一丁前にしっかりとした道徳を持っている。

 何だか微笑ましく成った。だが、心の何処かで妬ましくも思っていた。


 自殺した事が脳内を駆け巡っているのだ。是非、彼には道を踏み外さずに自分だけの道を歩んでもらいたいモノだ。少なくとも、自殺する様な人では無い。そうなったら、僕は落ち込むだけでは済まないだろう。

 今度は僕が目線を逸らす番だった。


「君は正義感が強いんだね。」

「なら多分其れは君の気持ちの問題だと思うよ。能力は関係は無い。」

 彼に目線を戻しキッパリと言う。彼は首に手を当てている。ヷルトみたいだ。

 だがヷルトとは違い、左手を当てている。


「……何で其う言い切れるんです?」

「銀狼族は遠い遠いジュデバ国の辺境に暮らしているんだけどさ、小さい頃に発現するらしいのね。で、其の理由が怒りから、らしいの。」

「理由は解らないのだけれどね、ソコから徐々に徐々に意図的に発現できる様に感覚を擦り合わせていくのよ。」

 両手を洗うように擦り合わせた。「此んな感じにね」と手を離す。彼は眉を(ひそ)めた。


「だから、特に問題は無い。」「問題と云えば君が暴走する事位かな。」

 僕は淡々と言ったが、此れは途轍も無く根の深い問題だ。

 何故ならば銀狼達は強大な力を持っているに違いない。もし暴走したら家々や町々を破壊しても()しておかしくは無い。すると、甚大な被害が出ると共に、彼も沢山の人を殺す事に成るだろう。


 たかが精々九歳くらいの仔だ。

 フォードネイクの様な屈強な精神を持っているとも思えない。


 彼は顔を下げて陰鬱な雰囲気を纏っている。

 何か心当たりでも有るのだろうか。少し茶化してやろう。


「……面白いコト教えてあげようか?」「なんです……?」

 顔を上げるが、陰鬱な雰囲気は取り払われない。


「お兄さんの眼を見てよ。」

 彼は僕の眼をじっと見る。希望に満ち溢れており、若々しい新緑を思い出させる様な青柳色をした綺麗な眼。──なのに、何故か不気味だ。妙に似つかわしくなく気持ちが悪い。

 一通り見ると、彼は首を傾げた。


「紅いけど、何が?」


「お兄さんは紅目、と呼ばれる、謂わば……そうねえ、言い切っちゃえば銀狼と同じ、かな。」

「え、ええ⁉︎」

 彼は拍子抜けしたのか「ガダン」と大きな音を立て瞳孔も目も開き口をあんぐりと開けている。

 おかしく成ってクスクスと笑って了う。彼は不愉快に感じているのか(いと)わしい眼を此方に向けていた。子供を見ると驚かしたく成って了うのは僕の悪い癖だ。


「ははは、流石に今の言い方じゃあ語弊が有るね。正しくは銀狼族と同じ能力を持っているのさ。」

 彼は不満そうに、そして恥ずかしそうに赤面している。


「其れが紅目なんだ。まだ学会に発表していないコトだから他言厳禁ね?」

「両親にもナイショだよ。」

 顔を彼の目の前まで近付けると、口に指を当てて囁く様な声で言った。

 片目をちかっと瞑ると彼から顔を離した。


「お兄さんですら有る程度感情を制御できているのだから、君に出来ない筈は無いよ。」

「……そしたら、如何すれば?」

 蝋燭の火が消え失せそうな弱々しい声で応える。


「先ずは意図的にその形態を使い分けられる様に成ろうか。ちょいと待っててね。」

 ノートから一枚紙を引き千切った。石筆をすらすらと進め、文字を幾つも連ねる。

 彼は奇々怪々な眼を僕に寄せていた。


「コレ、其の情報を記したメモ。此の通りにやっていけばなんとか成る筈さ。」

 机にふっと置き、スススと音を上げながら彼に紙切れを渡す。


「勿論、お兄さんとて一人の【ニンゲン】なのだから感情は昂る事はなくはないのだけれどね。」

 僕は感情に揺さぶられ人を殺した。だが、後悔はしていない。もう金輪際人は殺したくは有らぬが。

 その眼は、「獣人なのに?」とでも言いたげだ。勿論含みを持たせた言い方だ。

 きっと彼が其の真意に気付く事は無かろうが。


 さあ、もう十分情報は取れたのだ。

 此処からお(いとま)することにしよう。懐から硬貨を何枚か出した。


「ほい、じゃあ、コレ。」

 カタン、と子気味良い音が鳴る。彼は眼を丸くさせていた。


「泣けなしの金だけどココでの支払いにでも使っておくれよ。善い情報に対する謝礼とでも思ってくれ。」

「利子も何も無いからさ。じゃ。」と席を立ち上がった。

 少しは良い格好を付けられただろうか。ココは振り返らずさっと帰るのが瀟洒(しょうしゃ)と云うモノだ。

 僕は並んでいる卓の横を通り抜け、喫茶店を後にした。

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