第百八十二話:フォードネイクは誑かされる
僕は広場に来ている。今日は何もしない日だ。只々、無感情で空を眺めるだけの日だ。
何時もは賑わっている筈の広場も、今日は人っこ一人居ない。
当然だ。村の長が亡くなったのだ。ソコで、急に元気に成れまい。
だが、其れで善いとも思う。
僕は彼を忘れぬ様、精一杯生きてかねば為らない。
彼が歴史から埋もれぬ様、僕が彼の事を覚えるのだ。
──思えばヷルトを扶けようとしたのも、其れが理由だった。
幽霊として在らば完全には成仏していない証拠だ。
僕は知っている。誰の記憶に残らずに死んで了う事の辛さを。
自殺何と云う、其れも身勝手な最悪の死に方をしたのだ。きっと、現世で僕を覚えている人は殆ど居らぬではないか?
母も死に、増してや友人も死にはしなかったが此方の世界に来ている。
だから僕……彼と言った方が正しいか。
彼はかなり空虚な存在なのだろうと感じる。魂の重さは二十一グラム。大体大さじ一杯分依りちょっと多い。
だが、那方では僕は魂依りも幽霊依りも空虚な存在に成っているハズだ。
晧は、其うだった。僕の一存で晧と云う一人の人生を終わらせて了った。
晧は本当にか弱い人物に有ろう。
だが今世はそうにも行かぬ、信頼してくれる人が居て、簡単に死ねまい。
だから如何しても生に執着して了う。なんと愚かしい事だろうか。自殺者が生に執着するなど。
厭らしい二重螺旋のヂレンマだ。
と茫を空を眺めながら思考を廻らせていると、唐突に肩を叩かれた。何奴だろうかと左を向くと、フォードネイクが立っていた。「座って善いか?」と言うので、僕は「……うん」と頷いた。
彼は僕と同じ様に空を眺めると、卒然に僕の方を向き、何故か神妙な面持ちをして口を開いた。
「……お前さ、もしかして転生者だったりしない?」
僕は眉を顰めた。
「そんな事訊いて如何するつもり?」
はは、と乾いた笑いをする。だが其の笑いは直ぐに消え失せる。
はあと溜め息を吐いた。何をしているのだろうか。
無性に心悲しくなり、頭を掻いた。
彼は僕の右腕を掴む。
顔を見遣ると、靉靆な笑顔を浮かべていた。
「いや、俺も転生者だからさ。」
「……本当に言ってる?」
僕は益々眉を顰める。
「ああ。」
彼は頷く。
「何で死んだか、当ててみろよ。」
にかっと牙を見せて笑い、自分に手の銃口を突き付けてみせた。
僕は両手で頬杖を突いて考える。
「……過労死?」「違うね。」「じゃあ、自殺?」「ソレも違うね。」
「何さ、一つヒントをおくれよ。」
彼を見て口を尖らせた。分かる訳有ろうか、こんなモノ。
彼はふふふと腹立たしく笑い、後頭に両手を当てながら僕を見た。
「法律……、って言っとこうかな。」
「……え、もしかして死刑?」
顔を押し出して口をあんぐりと開けると、彼は親指を立てた。
「大正解。俺は死刑に依って死んだんだよ。」
如何してか、彼は自信たっぷりにそう言う。
何かですら被わず、事実を剥き出しにする。僕には到底考えられない。
僕の疑問は喉を突い出て止まりやしない。
「…………犯罪者なの?」
「ああ。そうだ。れっきとした犯罪者だよ。」
「……君は、じゃあ、人を殺したの?」
「ああ。父親をな。」
「なんで?」
「うーん、説明すると長くなるけど、大丈夫か?」
彼は腕を組んで目を閉じると、此方の眼を見る。
僕は頷いた。
「じゃあ、話すか。」
* * *
先ずは前世の名前から行こうか、俺の前世の名は龍神昶。
──待って、アキラ?
ああそうだ。永眠の永に日が乗っている漢字。
──僕もアキラだったよ。偏が日で、旁が牛と日の……。
嘘だろ、苗字は?
──流川。流れる川で、流川。
龍神と流川かあ……どっちも中々な苗字だな。
──まあ……確かに。存在しなさそうな名前だよね。
ま、いいや。
──なにそれ。
おっと本題から逸れちまった。俺の話をしないとな。
勿論産まれた時なんか思い出せないが、俺はま、一人っ子だったよ。
ソの顔はもしかして、あんたも一人っ子だったのか?
──うん、ソレに加え、父親も居なかった。
……シングルマザーってことか?
──うん。
はあ……成る程なあ……。
えーと、で、俺は、一人っ子だったらさ、普通、大事に育てられるとか、思うだろ?
──違ったの?
違うさ、母親は女の子が好いとか言ってさ、俺を育てる事を放棄したんだ。
だから俺は殆ど父の手一つで育てられた様なもんだが……こっちもこっちで面倒でさ。
簡単に言えば、過干渉だな。兎に角何でも知ろうとするんだ。
テストの点数、学校で何が合ったか、は勿論、毎日体温を書かされたりとか。
少しでも夜更かしをしていたら何をしていたんだと激昂されて俺の腹をぶん殴ってきたんだよ。血い吐く迄な。
何で知っているのかは判らない。盗聴でもしてたんじゃないかな。
本当、最悪だよ。俺の性事情迄知ろうとすんだぜ? 精神壊滅待ったなしだろ。
けれど、でも、それでも、俺は其れが普通で、そして、飽く迄父親は愛情を注いでいるだけだと思っていたんだ。内心嫌だったけれどさ。
だが、明らかに態度が変わったのが中学生の頃だ。
確か、第一志望の学校に失敗したんだ。まあ、第二志望の学校には行けたがな。
けれど、
「お前‼︎ 恥ずかしくないのか‼︎」
「ワザワザ、俺が良い学校に行かせてやる、って言ったのに‼︎ なのに失敗するなんて‼︎」
「……けど、」
俺は父親の顔を見上げる、だが、アイツは俺の眼を怒気の籠った眼で見詰める。
「けど、なんだ! 約束を破っておいて其の態度か‼︎」
「お前なんか産むべきじゃなかったんだ! 家庭の恥だ‼︎」
と言って俺の頬を平手打ちしてきた。そして、馬乗りの様にのしかかられた。
謂わばそう、アイツは俺に虐待をする様に成ったんだ。
多分、第一志望の高校がそこそこ良い学校だったから、だろうな。
結局アイツは俺の事、では無く世間体しか気にしてなかった。はっきりしたね。そんときに。
事有るごとに熱湯を掛けたり殴ったり、俺をクローゼットに監禁したりとか。
首も絞められたっけな。其処からはもう地獄だったよ。
高校を卒業する頃には全身痣だらけだったと思う。まあ、卒業する事は無かったんだけどな。
流石の母親も引いてたね、「止めなさいよ‼︎」って父親を叱責してたね。
正直、今迄お情けの蜘蛛の糸一本垂らさなかったクセに何言ってるんだ、って思ったがね。
何奴も此奴も自分の事しか考えてない。母親も近所迷惑とかって文句言われてたんだろ。
俺は正直、父親に家庭だの何だのを総てやって貰っていたから家事も出来ない。
やろうと思ってもやり方が判らない。母親に言っても「その位自分で何とかしなさいな」と云われるだけ。
家庭科の教科書を参考にでもしようと思ったが、小学校や中学校の教科書はもう捨てられているから基礎が判らなかった。基礎が判らなかったら応用なんて出来る訳が無い。
その時はインターネットすらも無かった。
だから俺の部屋はどんどんと荒れ果てていった。
不清潔な服を着て、ゴミ塗れの自室で生活して、親と一緒に生活しているが、親は俺を居ないモノとして扱うんだ。話し掛けられたら眉を顰め顔を逸らす許りだ。そして不満が有ったら俺にぶつけられる。
体臭は酷いし、高校でもどんどんと嫌われていった。
学校では同級生とそれなりに良好な関係を築いていってたのにな。
酷いもんさ、風呂の入り方一つ知らないんだ。
そうしたら如何成ると思う? 当然、学校の成績も下がるよな。
……なんでお前はそんな物憂げな顔で俺の腕を掴むんだ? 止めてくれよ、こっちが虚しくなるだろ。
俺は大学には行けなかった。アルバイトはしていたものの、其れだけではお金が足りない。
そんな様子を、父と母はいつも揖斐ってきた。
当然だ。大学にも行ける年齢にもなのに独り立ちもせずに、家事一つ出来ないのだから。
だが、其んな様にしたのは何処の何奴だ、と心底煮え繰り返った。
──そして、大事件が起こった。
夜中、何時もの様に飲み物でも取り出そうと思った俺は、父親と廊下でばったり会って了ったんだ。
如何やら、御手洗いに向かう途中だったみたいだ。
「本当にお前は、穢らわしいやら何やら……。」
其の顔は嘲弄している様に見えた。俺は何を思ったのか扉を抜けて台所の包丁を取り出した。
包丁は夜中だと云うのに窓からの光に照らされてギラギラと光っている。
俺の背を押している様に思えた。妙に鼓動が猛々しくなる。
すると、手洗いから出てきた父親と対峙する。俺は奴の胸倉を思いっ切り掴んだ。
唐突だったからか、俺の腕力で地面に押さえ付けられる。
「お、おい、何だよ、お前、俺は父親だぞ? ちょっとは頭を冷やせ……。」
奴は懇願している立場で有るにも関わらず、にやにやと笑っている。
弱虫な俺が其んな事しまいとでも思っていたのだろうか。何かが切れた。血管かもしれぬ。
俺は包丁を父親の心臓目掛けて刺した。
父親は「あああああ‼︎」とか言って胸を押さえている。だが、胸からは溢れんばかりの血液が出ている。
良い気味だ、と思った。俺は悪びれもせずに喜んでいた。
そして掌も気にせず、何度も何度も奴の胸を刺した。
「……な、何をしたの⁉︎」
騒ぎを聞き付けて階段を駆け下りて母親がやってきた。マズい、と思った。俺は咄嗟に母親の胸を突き刺した。母親は苦しそうに其の場に倒れ込んだ。
斯くして俺は最高に皮肉な名誉を貰った立派な殺人鬼に成った。
その後は、まあ、判るよな。
そう、死刑だ。言い方は悪いが、人を二人殺しただけで死刑だ。
世間では三人四人其れ以上に沢山殺しておいて死刑を免れるヤツも居るのに、何故俺だけが死刑なんだ、と其の頃は思っていた。今考えれば妥当だと思う。
俺は電気椅子に座らせられた。そして、椅子からはばちばちとした激しい電流が奔る。
悶えながらも、俺はあっさりと死んだ。
* * *
俺は目を覚ました。十中八九地獄か其れに類似するモノだろうと目を開けると、俺は全面が白い部屋に居る事が分かった。いや違う、地面が白く其れが永久に続いている。身震いをした。
きっと、ココは地獄依り苛酷い何も無い空虚なのだろうと。
現世から外れた理の無い世界なのだろうと。コレが人を殺した償いなのか。
すると、自然に笑みが溢れてくる。ああ、そうか。ずうっと、誰も彼も居ない場所で、永遠に暮らしていくのだと。──と思っていると、突然目の前に光の柱が貫き上げた。
俺はぐでっと尻餅を着いて了う。
光が収まると、中から一人の女性が出てきた。金髪翠眼の美女に見えた。
「両親からの虐待で死刑と成って了った可哀想な貴方に、神様から慈悲を与えます……。」
彼女は指を絡め合わせ、目を閉じながら神様を謳っていた。
見た目からは神の威厳だの佇気だのは感じられない。
「……誰だ? てめえは? 此処は何処だよ、殺すなら殺せよ。なんで俺は死んでねえんだよ。」
俺は奴をギッと見詰める。奴は神だと云うのに俺の殺気でやや怯んでいる様に見える。
「俺は、立派な殺人鬼、だぞ、はは、殺人鬼、だぞ⁉︎」
「両親を殺した、只の悪魔だ‼︎ ふざけんな‼︎」
奴を殴ろうとした、だが、俺の手は奴を擦り抜ける。
右手を見ると何故か半透明に成っていた。
「……い、如何したのですか? ああ、そんな……。」
彼女は態とらしい迄に目をうるうるとさせて俺を見てくる。
俺は其の態度に益々痛立ちが募る。
「如何した、って如何したって……‼︎ 殺せ‼︎ 殺せって‼︎ なんか刃物かなんかでも持ってんだろ‼︎ 無かったら首絞めでも良い‼︎ 殺せって言ってんだよ‼︎ さっさと殺せ‼︎ 俺は死ぬべき運命に在る人物だ‼︎」
「さっさとしろうすのろ‼︎ お前がぐだぐだしてる間に俺は何人でも殺せるぞ!」
「いえ、違います‼︎」
彼女の喉の奥の奥から叫ぶ様な声が空間に響く。俺は口を閉じる。
「貴方は死ぬべき運命に無い人です‼︎ 貴方は、本来大功を成す人です! 悪いのは、貴方の両親と、社会ですよ‼︎」
とキッパリと言う。そうか、そうか、面白いヤツだな。
「……馬鹿馬鹿しいね、此んな愚かしい人物が? 大功を成す? 笑っちゃうね。」
「悪い、っつったってよ、確かに両親が悪い部分も有るとは思うが、結局変えられなかった俺が悪いだろ? 其んな奴が、ええ? お前、一旦頭冷やした方が良いんじゃねえの?」
俺は頭に何度も指を突き立てる。そして、ヘラヘラと笑う。
「……いえ、私は、違います、貴方を救いたいのです。」
彼女は足を一歩踏み出す。……ソコ迄言うのだったら彼女の主張を聞いてみようではないか。
どうせ、途んでも無い主張をするのは目に見えている。だが、其れは後々偽言だと云う事を俺は知る。
「ふーん、救いたいねえ。如何救うのか言ってみろよ、じゃあ。」
「──異世界に、転生しませんか?」
吹き出した。俺は「はっはっはっは」と何度も何度も笑う。横隔膜が震えてはしょうがない。
「……は〜、笑った笑った。え? 異世界に、転生? 面白い冗談を言うんだなあ。」
「転生、って輪廻転生の事、だろ? 俺ですらソの位知ってるさ、ええ? 畜生道にでも行けってか?」
俺の瞼からは涙が溢れて出ている。悲しいからでは無い。実に痛快だったからだ。
「違います、異世界です、異世界、六道とは違いますよ。」
「ココで言う、並行世界は、謂わば並行世界、やパラレルワールド、に近い物です。」
「此処から遠く離れた次元に、剣と魔法の世界が在るんですよ。」
「へー、そうなんだ。じゃ、断るわ。」
俺は後頭に手を置いて悪態を吐く。
「何でですか⁉︎」
彼女は目を丸くして耳が千切れそうな大声を出す。俺の心のムカ付きは収まらない。
「だから殺せ、って! 言ってんだろ! 殺せ、って。な、ん、ど、も‼︎ ふざけてんのかお前‼︎ 脳味噌スポンジで出来てんのかよ金髪ビッチがよ!」
「き、金髪ビッチ……⁇」
彼女は俺の煽りを諸に受けたのか分からないがおどおどと戸惑っている様に見える。
俯き加減で何かをボソボソと呟いている。
「ふ、ふふふ……ソコ迄言うなら、見せてあげましょう、神様の力を……‼︎」
ゆっくりと顔を上げると、綺麗な面がひん曲がりそうな程歪な笑顔を浮かべ、右手を挙げた。
俺の目線はどんどんと下がっていく。視界の中央に何か黒い物が生える。
「うるるるる……⁉︎」
何をしたのかと責め立てようとするものの声帯から出づる声は獣の様な音しか出ない。
右手を見た。いや、違う、右足だ。ソコには犬の様な脚が突き出ていた。後ろを向いた。
垂れ下がった尻尾が生えている。嘘だろう? つまりは、そう云う事なのだろうか?
奴の顔を見上げる。
「何をした、と云う顔ですね? 私は此う云う事も出来るんですよ、如何です? 驚きました?」
と云う声とともに俺の視界は上がっていく。半透明では在るものの俺は人間の腕を取り戻していた。
「……嘘だろ、サイキッカーか? お前。」
「いいえ、だから神様の力、だと言っているのです。」
彼女は綺麗に口角を上げる。信じるしかない。此んな超常的な現象を見せられたら誰だって信ずるに決まっている。
「ではもう一度問います。剣と魔法の有る世界に転生しますか? 貴方の人生をやり直しますか?」
「いや……、けどなんで?」
彼女は真剣な顔をする。
「救いたい……のが主な理由ですが、世界に危機が迫っているのです。
けれど、此れは私からのお願いです。やってもやらなくても大丈夫です。」
「……なら……はい。」
「分かりました、では、転生させましょう。」
奴は右手を挙げる。すると、俺の体は白い光に包まれた。
フォードネイクもそうですが、本当に此の小説可哀想な人しか居ませんね……。
* * *
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モチベに成りますので、宜しければ。
其れと感想も気兼ね無くどうぞ。お待ちして居ります。
良かった所、悪かった所、改善点等有りましたらどうぞ感想にお願いします。
もし誤字や明らかなミスを見付けましたら誤字報告からお願いします。
宜しくお願いします。




