第百八十話:激昂※
三月四日、誤字を修正しました。
僕はゆっくりと十字架に近付く。そして、彼の顔をひたりと触ってみる。
けれども、彼の顔は氷の様に冷たい。
閉じている眼をゆっくりと開かせた。瞳孔が目一杯に広がっている。
……虚ろな眼で、僕と視線を合わせまい。
僕は彼の右の胸を恐る恐る触った。だが、彼の心臓は鼓動すら発していない。
彼の全体像を眺めた。彼の全身は至る所傷だらけで、刺し傷、打撲、皮膚の変色、右胸の辺りには深い傷の痕が残っていた。
僕は其の場に崩れ落ちた。顔を両手で覆う。……嘘だろう? 嘘だと言ってくれよ。
死んで了った何て嘘に決まっている──が、彼を見ると、亡くなっているとしか思えない。
声帯からは声が出まい。
外套を被った奴は僕の背中をポンと叩く。後ろを振り向く。奴は大きく、ゆっくりと頷いた。
まるで僕を慰めているみたいだ。奴は僕の顔を覗き込む様に見ると、何処かに行って了った。
「……リング。」
僕の隣に彼が座り込む。
「助けられなかった……助けられなかった…………僕は、人を助けられなかった……最低な人間だ……自殺しといて、なのに、なのに、其れを糧に出来ずに人を殺して了った…………最低な人間だ……。」
僕はぼそぼそと絶え入るような声を発する。声帯が苦しい。僕は鬱屈とした表情を浮かべて居るだろう。
「其んな事……無いよ。」
だが、僕は首を横に振る。何故なら、彼との想い出なぞ簡単に忘れられるモノでも無いからだ。
彼との過ごした日々ですら、僕の脳内にへばり付いている。
走馬灯の様に、其等の日々が脳裏に現れる。
村長と会ったのはそう、三年前の話だった。僕が十五歳の時。成人して間も無い時だ。
たった三年、然れど三年だ。
彼と過ごした三年は、とても濃密だった様に思える。
僕がボㇻ̇メㇻ̇、と云う存在を図鑑で知り、生態が明かされて無い事も知り、研究をしようと生息地を探していた時、ジュデバ国で彼から声を掛けられた。
キラキラとした銀の毛皮を持つ彼に思わず見惚れて了った。
太陽の光でも月の光でも、彼は総てを受け付けない。
飄々としている彼は何故か僕に声を掛けてきたのだ。
如何やら彼はエㇻ̈ド村、ジュデバ国ではズル̉グド村と云う村に住んでいるらしい。
エㇻ̈ド村、はエカルパル語で銀狼種族の事を指す。対して、ズル̉グドは何かと云うと、「奇妙な」。
ズル̉グド村はジュデバ国内部で略々都市伝説として伝わっていた。
「何処かに秘密の村が在る」と。「其の村に行くと神隠しに遭う」とも。
彼は名前を一通り述べると、微笑んで僕に言った。
「もしかして、貴方ボㇻ̇メㇻ̇の花を探しているのかしら?」と。
上品に、丁寧に、素性も知らぬ僕に如何してか話し掛けてきたのだ。
……絶好の機会だと思った。お茶を飲み干すと僕は彼に微笑み返し、言った。
「ええ。」と。
すると、彼は笑顔を崩さずに頷いた。「なら、良いわ。場所を教えてあげる。」
喜んだ。殆ど情報の無いボㇻ̇メㇻ̇の花を研究出来る、と云う事は僕に取って金にも勝る価値が有る物だった。
だが、彼は続けて言った。「けれど、一つだけ条件が有るの。」
僕の鼻に指を押し当てながら彼は言う。
「私達の事を研究してくれないかしら」と。
度肝を抜かれた。君達の事を研究? 何を言っているのだと思った。
「私達は、有る現象に悩まされているの」彼は其れを異常な黒化現象、と言った。
僕は首を傾げた。訳も分からなかった。只の法螺吹きなのかと疑った。
断ろうともしたが、折角の好機を逃す事に為る。嘘でも何でも良い。騙されたつもり一度、乗っかってみる事にした。
彼は僕の腕を掴み、崖の前に連れて行った。
益々コイツは何をしているのだろうと訝しんだ。
だが、彼は壁に手を当てると長方形の穴を開けた。驚いた。魔法の様だった。
魔法では無い。魔法だ。
当惑をしつつも、僕は隧道を通っていった。隧道を抜けた先に広がっていたのは──
崖に囲まれた大きなに、銀色の狼達が踊り歩いている様子だった。目を疑った。
幻想的な、神秘的な、摩訶不思議な光景だった。
其処からは、エカルパル国とエㇻ̈ド村を行き来しながら彼等の研究を進めて行った。
勿論、花の研究も、だ。だが然し、手掛かりは何も無い。
花は着実と、如何して生えるのか、何時生えるのかなどと解っていった。
だから僕は村長に成果を話していた。
「……村長、解りませんよ……。」
机に突っ伏しながら彼に愚痴を露呈していた。
お陰で瞼の下にクマが出来ている。──きっと。
「ふふふ、良いのよ、時間は一杯有るじゃない。」
「けれど……此れじゃあ……貴方達の約束を破る事に成りますよ。」
と言うと、村長ははははと笑いを増幅させる。そして、僕の眼を見て言った。
「本当に貴方を誘って良かったわ。」「何でです?」
顔を上げ、村長に尋ねる。彼は真面目な顔をして僕の手を取った。
「真面目だからよ。」「……ソレで死んだら如何するんですか。元も子も無いですよ。」
僕は吐き捨てる様に言った。資料をポンと机に置く、
思えば、此の時から気付いていたのだと思う。僕が前世から転生してきた人なのだろうと。
僕達は謂わば、家族や師弟関係に近いソレに成っていったと思う。
時には僕を褒め称え、時には僕を叱り、偶に僕が彼を諌めた事も何度か有った。
僕は顔を上げた。もう一度、村長を見た。「……貴方が居なかったら……居なかったら、きっと僕は、また、──」と言ったところで、後ろから声が聞こえた。村長の透き通った声とは違う、汚らしくて穢らわしい、そして……忌々しい声だ。
「見付けたぞ! クズ猫‼︎ 今此処で此の穢らわしい人狼と同じ目に合わせてやる!」
後ろを見た。其処には三白眼で金髪の──アイツが居た。
体がぶるぶると震える。僕の心の釜がふつふつと燃え上がる。
僕の中で何かがプツンと切れる音がした。
「……クソが。」
「クソが。」
「クソ野郎が‼︎」
声を大きく張り上げ、右掌から半透明の魔力の刃が飛び出す。
剣を僕に突き刺そうとした奴の胸に刃が刺さった。奴は衝撃からか後ろに倒れ込む。
僕は手を離して奴に近付いた。
「〈お前ら人でも人間ねえ‼︎ クソがクソがクソがクソがクソ野郎どもが‼︎ ド畜生へべけれどもが‼︎〉」
「〈絶対に許さねえ! 絶対に絶対に許さねえ! お前等八万奈落の果ての果て迄追い詰めてやる‼︎〉」
「〈苦しめ! 泣き喚け‼︎ 精々惨たらしい死に方をしろ‼︎〉」
「其れが償いだ‼︎」
魔力の刃を引き抜いた。奴は口から血を吐き出す。
はあはあと呼吸を荒らげながら僕を恨む様にギロリと見詰めた。
「もっかい、刺してやろうか!」
刃をぎゅっと握り締める。自分の右手からは血が流れるが、此んなモノ、彼が受けた苦しみに比べれば絶対的に軽い物だ。
「……こ、コのキチガイめ‼︎」
「気違いはお前等だ‼︎」
僕はもう一回刃を刺した。酷い事をしているのは何方だ。
僕が気違いなら、お前等は畜生未満の有象無象だ。雨後の筍の様な価値の無い存在だ。
人に非ず、生き物でも無く、肥料にも成らぬ。
存在するに値しないゴミズクどもだ。
「リング、リング! 落ち着け! 落ち着けって!」
バクダは僕の両肩を持って揺さぶってくる。
耳に其の声が滲み入るが、僕は後ろを向いて怒号を放った。
「落ち着いてられるか! アイツ、村長を殺して、挙げ句の果てに侮辱しやがった‼︎」
すると、彼は納得しない顔で首を振る。物憂げな顔で僕を見詰めた。
「だって、自殺したお前が言える事じゃないだろ……──。」
と言われて僕は俯いて了った。何も言えない。
彼は小さく「ごめん」と言った。僕は首を振る。
もう一回奴を見た。奴は息も絶え絶えの筈だが何故かニタニタと嗤っている。
すると、一度消失しかけた怒りが再燃する。憎たらしい。
「……転生してきても二度と面見せんな‼︎」
僕は刃を引き抜いた。奴は「うっ」と声を上げ、瞳孔を開き壁に頭を掛けた。
「ネコ……ちゃん?」
か細い声が聞こえた。
体を震わせゆっくりと右を向くと、彼女は部屋の隅で縮こまり僕を見ていた。
その純粋無垢な眼で、僕を見ていた。
彼女に近付いた。抱き上げようとすると、彼女は大きな声で言う。「嫌」だと。
すると、視界の横からバクダの手が伸びた。彼は彼女を抱き上げると僕の眼をじっと見た。
「行こう。」「……そうだね。」
僕等は階段を駆け降りて行った。
駆け降りていくと大袈裟な声が聞こえた。誰かが声を張り上げている。
「出てこい‼︎ 猫野郎共二人組‼︎ お前等は終わりだ‼︎」だの、「悪魔スメェールの配下共‼︎ さっさと平伏せ‼︎」だのと云う声が聞こえてくる。
一階に着いた僕等は砦の大きな扉を開けた。すると、敵の集団が居た。
中央に居る狼獣人を除いて、皆が皆外套を被っている。
中央の男は、左手に持った棒の様な物を地面に突き、裂けそうな程に口を開き、何処か嫌悪感の有る眼で僕等を見ている。
「だはははは‼︎ 出てきたな猫野郎共‼︎ 此れを見ろ‼︎」
奴は手で後ろを指す。ゆっくりと右にズレると、後ろから誰かが出てきた。
「ヷルト⁉︎ プロシェ‼︎ ガリルナも‼︎」
彼等は手錠を掛けられていた。服装がボロボロだ。何をされたのだろうか。
ガリルナは顔を上げ、悔しそうに微笑み細々と言う。「ダメだった」と。
嘘だろう? 捕まって了ったのか? 作戦は明らかに失敗だ。
外套を被っている奴等を眺めた。集団は凡そ百人程度。そして、マリルを護りながら戦わねば為らない。出来るだろうか? いや、出来る。違う、やらねば為らない。
僕は武器を振り下ろした。集団をぎっと眺めた。今まさに武器を翳そうとした其の瞬間、足元でボソボソとした声が聞こえた。
「……許さない。」
足元に目線を移した。彼女は俯き加減でボソボソと呟いている。
「許さない。」
「絶対に許さない‼︎」
顔を上げると両手を宙に掲げた。彼女の瞼には涙が溜まっている。
何故か外套を被った奴等は自分の首を押さえながら其の場に倒れ込む。
勿論、卑下た笑みを浮かべていた狼の男性も、だ。
皆が皆、呻き声を上げながら地面を這い蹲っている。
三人は戸惑っている。
「……マリル……ちゃん? 君、何をしたの?」
僕は震えた声を出す。彼女の眼は黒々と光っている。僕ですら吸い込まれそうだ。
何をしたのだろうか? 彼女に此の様な地獄絵図を生み出す能力が有ったのか?
「お、お前……! な……何を……‼︎」
狼の彼は僕等を恨みの籠った声で見ている。だが恨みも乏しく「うえああ……」と呻吟する。
如何すれば良いのだろう? 僕は彼女の頭を撫でる。
三人を眺めた。何故か、三人の手錠は外套を被った奴に外されている。
三人は僕等に向かって走ってくる。
「リング‼︎」
茶色い腕に僕は抱き締められた。次に違う手を伸びてくる。
僕等二人を三人の手が包み込む。彼は「有り難う」と柄にも無く深く感謝している。
だが、ヷルトは後ろを向いた。肩を叩かれたみたいだ。外套を深く被った奴が手を払っている。
どけとでも言っているみたいだ。彼は僕の隣に座り込む。
「はいはーい、ソコまでー。」
外套の中から白い手が伸び、マリルの頭を摩った。
何処かで聞いた声。だが、誰だったか。上手く思い出せない。
「一旦落ち着けってマリルさんオメーよお。」
「……誰だ、お前は。」
だが、ヷルトは彼の手を掴み取る。
「おっと、このまんまじゃあ分かんねえか。」
彼は態とらしく頭を掻いた。「ほいよ」と声を上げると、深く被っていたフードを払った。
綺麗な白い毛皮に、幼なげな吊り目、そして、何依りも特徴的なのが、僕の眼とは対照的な藍方石のみたいに透き通った蒼い眼、僕ははっとして声を上げた。
「フォードネイク⁉︎」
さようならの一言も言えなかった。
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モチベに成りますので、宜しければ。
其れと感想も気兼ね無くどうぞ。お待ちして居ります。
良かった所、悪かった所、改善点等有りましたらどうぞ感想にお願いします。
もし誤字や明らかなミスを見付けましたら誤字報告からお願いします。
宜しくお願いします。




