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Rɹænↄɐɹƚↄɐtion/リンキャルケイション  作者: 鱗雲之
第四章『不穏、不穏、不穏』
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第百七十九話:惨憺ならぬ様に

 僕は森を歩きながら、何やら鼻をスンスンとさせている彼に話しかける。

 プロシェ達は何処かに行って了った。


「あのさ、如何やって村長の後を追っていくつもりなの?」

「……でえじょぶ。俺等は鼻が良いから、村長の匂いぐれえ覚えてんよ。辿って行きゃあ判んべよ。」

 彼は自分の黒い鼻を指しながら自信満々な顔をして言っている。さっきから鼻をスンスンとさせていたのは其う云う事なのか。


「あー、おめえも出来んのか? やってくれたらこっちも楽になっから。」

 彼はくるっと後ろを向いた。ヷルトの事を指している。

 ヷルトはヷルトで自分自身を指しながら目を丸くさせる。

 ゆっくりと頷くと、「じゃあ、あっち行ってくる」と右を指して、鼻を異様な迄に動かしながら闇に消えていった。


「俺等の鼻とおめえらの眼を合わせれば、多分見付けられる、と思う。」

 声は何処か自信の無い様なか細い声では有るが、其の目には力強い光が灯っていた。

 僕は空を見上げた。蒼いメトスが宙に輝いている。冷徹なヤツでは有るが、此のとき許りは心強い。


「あ、ソコ根っこ在るよ。気を付けてね。」

「うお⁉︎ ……あんがと。」

 地面を指して言うと、彼はゆっくりと根を乗り越えた。僕は頷く。




「……にしても、分っがンねーなあ……全く村長の匂いしねえしよ……。」

 ソレから何分何十分と村長の居場所を探してはいるが、証拠は兎も角、目星もアテも見つかりやしない。


「おめえ何か見付かったか?」

「僕も全く。動きの有るものは見えるけれど……」

 僕は首を振る。すると、「グヮア!」と唐突に、鳥の様な魔物が上空を通った。

 見付けられない僕等を煽るかの様だ。


 彼は耳を後ろに傾け体を縮こませる。「はあ」と溜め息を吐きながら肩を落とした。


「……ガリルナ─!」

 耳を僅かに通る様な微かな声では有るが、誰かの声が僕の耳を通った。

 僕は後ろを振り向く。急に静止した僕の事を怪しんでいるのか、彼は僕の肩を叩く。


「如何したんだ?」

「あ、いや、声がする。ガリルナを呼ぶ声がさ。」

 彼の方を向くと、彼は首を傾げながら僕を見ていた。


「……ガリルナ─!」

 彼の耳がピクリと動いた。僕を見詰めて頷いた。

 僕は彼の手を引いて走り出す。


 すると、どんどんの其の声は大きくなってくる。「何処⁉︎ ガリルナー! 判ったよー!」

 地面に気を付けながら走っていくと、キラキラとした何かが見えた。

 蒼い光に照らされて神々しく見える。


「あ! いたいた‼︎ ガリルナー‼︎ クリングルスー!」

 其の正体はプロシェで在った。彼女は腕を振りながら僕等を見ていた。

 後ろにはバクダと、そしてマリルを抱えたヷルトの姿が居た。


「どっちに居たの?」と訊くと「こっちこっち! ヷルトが見付けてくれたの!」

 と元気良く尻尾を振って言う。


「……こっちだ。着いてこい。」

 彼は右掌(うしょう)をくいっと動かすと、前を向きすたすたと歩いていく。

 僕等は彼に追い付く様に急ぎ足で歩く。


「あー、微かにだけど村長の匂いすんな。」

 彼は鼻をひくひくと動かし、腑に落ちたのか何度も小刻みに頷く。

 僕も彼の様に鼻を動かしてみるが、何も分かりやしない。

 森の緩やかな匂いと獣臭がするだけだ。何故彼等は其んな細かな匂いを嗅ぎ取れるのだろうか。


「おめえは分かんなくて当然だよ。」

 何故か彼は顔をくしゃくしゃにして笑い、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


 ヷルトの後を着いていくと、唐突に森から平原へと抜ける。

 然し、目的地の様な物は見えない。まともに考えれば掘っ立て小屋の様なモノでも基地、に値する建物は有りそうなのだが。




 順調に歩いている思ったの僕等だが、唐突にヷルト達が足を止める。


「……此処から不自然に臭いが途切れているな。」

「そうねえ、此処から不自然な迄に臭いが無いね。」

「……普通、臭いってモンは空中を漂ってんじゃんよ、だけんど何か臭いがしねえんだよ。ココら辺。」

「ソレか、地面に残ってんか、な。俺りゃあ空中を嗅げんわきゃねえから無理だべ。」

 と彼等が口々に言う。だが、やはり僕に其の感覚は分からない。

 僕はバクダと目線を合わせた。然し、彼は頭を横に振る。


「地面にも残ってないみたいだぞ? それどころか、動物の臭いすらしない。」

「え? あー……。」

 彼は頭をぼりぼりと掻いた。そして腕を組んで空を見上げる。

 だが、僕は違う情報を捉えていた。


「……待って、音がしない?」

 ほんの僅かに、左の方からガサガサと、明らかに魔物の歩くソレでは無い音がする。

 靴が土と擦れる音、「ボスボス」、と云う、人為的な音を僕の耳は捉えていた。


「へ? 音?」

 ガリルナは瞳孔を開いて僕をの眼をじっと眺める。

 じわじわと目線を逸らしながら頷いた。


「あー……何かするね……。」

 バクダも耳を後ろに向け、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

 何か異様な音を察している様だ。


 ボスボスと云う音はどんどんと近付き、そして音の間隔も早まっている。

 何処からだ。何処から来ているのだ? 然し、分かった。


 ──其処だ!


 僕は後ろを向き、咄嗟に武器を振るった。すると、ガチンと云う金属の擦れる音がする。

 敵の顔を見詰めた。外套(がいとう)越しに見える顔は喫驚(きっきょう)している様に見えた。


「おい! 何故バレた⁉︎」

「分かんないよ! 何で⁉︎」

 其奴は後ろに顔を向けて困惑した声を出す。

 ……獣人だから、鼻を潰せば狙われないと思ったのだろうか。


 だが其の答えは惜しくも不正解。僕等の姿形を見て判らないのだろうか。

 獣人は()()()()()()も居るのだ。誰彼も鼻だけが効くと思っていたら大間違いだ。勿論、一つの感覚が奪われるのは僕等に取って不利に成り()るが。


 さらに、僕は純粋な視力は悪い、が、動体視力は良いと思う。

 だから、


「お前等の攻撃も分かるんだよ。」

 彼は僕に向かって剣を振り下ろしている。だが、遅い。遅すぎる。

 そんなへなちょこな攻撃では僕には(とづ)くまい。


 此の武器は特殊だ。特殊では有るが、僕も練習をしてあらぬことは有るまい。

 多少なりとも扱える様には成っている。少なくとも、彼等の攻撃をしっかりと躱せる位には。

 僕は奴の攻撃をステップを踏んでリズミカルに避ける。


 彼は大きく剣を振りかぶってくる。隙だらけだ。

 そんな彼の腹を刃の部分で薙ぎ払った。鮮血が吹き出し、彼は地面に倒れ込む。


 すると、次に現れたのは獣人の女性だった。ジャッカルの様に見える。僕と身長は一回り位しか(たが)わない。彼女は長剣を振ってくる。さっきの男性依りも扱いが上手い。鍔の辺りで刃を左右に動かしている。小慣れている様だ。


 力だけで押し付けず抜くようにしなやかに──身長も変わらない事も相俟(あいま)って、今度は僕が押されて了う。


 彼女の刃は僕の膝を掠る。此の儘では埒が明かない。僕は右掌(うしょう)に暖かいモノを纏わせる。

 トドメを刺そうと剣を振り下ろそうとした瞬間、僕は暖かいモノを放出した。


 すると、僕の右手からは青白い刃が飛び出す。彼女の腹に直撃した。

 彼女は「うっ」と呻き声を上げて樹木に頭をぶつける。其の儘、失神したのか(こと)切れた様に頭をガクンと地面に向けた。


 僕は武器を握り締めながら耳をピクピクと動かしていたが、僕の方には誰も来てはいないようだ。

 後ろを振り向いた。すると、バクダが敵を薙ぎ倒した直後だった。


 皆、はあはあと息を漏らしている。只一人を除いて。


「怖い……怖いよ……。」

 ヷルトの足元で彼女は頭に手を当てて(うずくま)り、ぶるぶると震えていた。


「ごめんね。」

 僕は彼女の頭を(さす)り、抱き上げる。ソレでも、彼女は僕の眼を見ようとしなかった。


 * * *


 一時の戦闘を終え、僕等は森を抜けた。


「……大丈夫なの? コレ?」

「だいじょーぶ!」

 恐る恐る平原を確認しているヷルトに訊いたつもりだったのだが、何故か足元に居る彼女は胸を張って言う。……君に聞いたのでは無いのだけれどな。


「…………ん、あー……どうだ?」

 彼は後ろを向き、ガリルナと目を合わせる。


「うん、分かるな。まだ追えるみてえ。なら、俺がやんべえかな。」

 ガリルナは彼の手を握ると、前を先導して歩く。


「こっからは俺に任して。」

 僕等を向いて、自信満々に親指を立てた。




 僕等は敵の陣地と思われる基地を見付けた。小さいが砦の様な場所だ。

 如何やら彼等が言うには此処に村長が居る可能性が高いのだとか。


 只、其の中に居る奴等に気付かれたら此の少数だけの特攻ではやられて終わりだろう。

 故に近くに在る林の中で作戦を練っていた。


「……血の臭いが強えなあ……ココでなんにが有ったのかな……。」

「分からないけど、助けるしかないでしょ?」

「……んだね。」

 彼は頷いた。


「じゃあ、俺とプロシェとヷルトは門から突入するから、おめえらは上から村長を探してくれ。」

「「うん」」

 僕とバクダは顔を見合わせて頷いた。此れは僕等にしか出来ない重要な任務だろう。




 僕等は砦の裏手に来ている。門の正面からは派手に武器を打ち合う音が聞こえてくる。

 其の中に混じって「ああっ‼︎」「何だ⁉︎」「敵襲だー!」と云う声も耳に入る。


 壁を見詰めた。すると、するっ、と縄が降りてくる。

 先を見ると、バクダが屋上から顔を出して此方を見ていた。


 右手にマリルを抱えながら僕は縄を片手と両足で掴み、するっ、するっ、と上がっていく。

 やはり此の猫科の身体能力には目を見張るモノが有る。疲れもしなければ難しくも無い。


 彼女は「わー‼︎」と喜んでいる。「……ごめんね、声が出さないでね」声を絞り、囁く様に言うと、しょんぼりとしながらもゆっくりと頷いた。


 僕は屋上にすたっと降りた。彼女を下す。砦の屋上は案外狭い。

 彼等が陽動してくれたお陰か、屋上には誰も居ない。

 四隅には緑色の青海波の様なマークの旗が掲げられていた。


 彼は僕の肩をトントンと叩いた。向くと、彼は此方を横目で見つつ、何かを指していた。

 見遣ると、其処には下に降りる為の階段が在った。

 頷き、彼女の手を取りつつゆっくりと階段を降りていく。

 

 すると、三階には(まば)らに人物が見えた。奴等は僕等に向かって襲い掛かってきた。

 ……マズい、階段では闘い辛い。彼女を抱きかかえ屋上に上がろうとすると、バクダは階段を駆け降りていった。ガキンと派手な音を響かせている。


 なら、僕は釣られてやってきた奴等を倒すことにしよう。僕は階段を駆け上がっていった。奴等から見たら尻尾を巻いて逃げている様にしか見えないだろう。


 屋上に着いた僕は彼女を隅に寄せ、階段を覗き込んだ。

 奴等は必死に階段を上がっている。少し卑怯な手を使おう。


 僕は掌に暖かい魔力を溜め込む。右手が異様に火照っている。

 階段を上る奴等に向かって魔力を放出した。「ヅ̌ェㇻ̇ガヲ̇ゥーラ̈・ナ‼︎」

 氷の様に銳いソレは階段下に居る奴等を貫き通す。悲鳴の様なモノが聞こえた。

 階段は一瞬にして血の海と化した。


 彼女の目に手を覆い被せながらゆっくりと階段を降りていった。

 彼女は唸っている。けれど、此の光景を彼女に見せる訳には行かない。


 僕は三階を見やってみる。バクダは残りの奴等を倒してくれたみたいだ。

 何人もの物が其処等に転がっている。……強い。彼には此処迄の力が有ったのか。

 バクダは誰かの胸倉を掴んでいた。


「あ、リング、コイツ、村長の居場所を知ってるってさ。」

「本当? ありがと。」

 彼は狂っているとも取れるとびっきりの笑顔で言った。

 奴の方を向くと、「ほら、案内しろ」とドスの効いた声で威圧する。

 奴は嫌々ながらも頷いた。……此んな彼の姿、今迄に見たことが無い。

 外套(がいとう)の下の顔を見せずに僕等を案内していく。 




 奴は二階のとある部屋に案内した。僕は奴の腕を掴む。

 無理矢理引き剥がそうとするが僕はソレを許さない。にっこりと口角を上げて奴を見る。


「……扉の鍵閉めたら、お前の命無いからね。」

 奴はぶるぶると震え上がっている様に見えた。

 お前を信用しているワケ、無いじゃあ無いか。

 此れだけ案内してみすみす見逃してもらえると思っていたのか?

 

 と疑念は抱くものの、取り敢えずは此処迄案内をしてくれたんだ。其れには感謝せねばな。

 僕は扉を開こうとするものの、ガチャガチャと音が鳴るだけで開かない。


「開けてくれる?」微笑みながら奴を見た。けれど、奴は首を横に振る。

 鍵は持ってはいないのだろうか。扉は木製に見える。ならば、 


 僕は武器を扉に向かって横に薙いだ。バキバキッと耳が張り裂けそうな音が鳴る。

 だが、扉には然りと切れ込みが入っている。そして、扉を思いっ切り蹴った。

 扉は真っ二つに折れて内部が明らかに為る。僕はゆっくりと室内に入っていった。


 村長は如何しているだろうか。村長は、無事なのだろうか、生きているのならば、一つ、お礼を言いたい。

 貴方が居なければ、きっと私の人生は無彩色だったでしょう、と。僕は顔を上げた。




 ……其処には、十字架に磔にされた村長の姿が在った。

魔法は全知全能では有りません。魔法は、只の奇蹟的な現象の一つにしか過ぎません。

神が与えた能力でも、人類が産み出した能力でも、只、動物達が現象を利用しているに過ぎないのです。

──つまりは、人を生き返らす事など、以っての他です。


* * *


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