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Rɹænↄɐɹƚↄɐtion/リンキャルケイション  作者: 鱗雲之
第四章『不穏、不穏、不穏』
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第百七十二話:黒に染まる前に

 其の日、夢を見た。又白い部屋の中に居た。自身で自分の四肢が動かせる。此れが明晰夢と云うのだろうか。

 何事だろうと俺の手を見ると、獣人の手では無く、人間の手に戻っていた。


 辺りをキョロキョロと首を動かして見ていると、目の前の地面から光が打ち上げられる。

 俺は又地面にコけて了う。そして尻餅を付く。転生した時みたいだ。


「あ、如何でしたか? 転生して。」

 すると、やはりと云えば良いだろうか、其の中からは金髪の女神が現れた。


「え、ああ……まあ、大丈夫そうです。」

 俺はゆっくりと立ち上がる。


「……今回呼び出したのはですね、忠告が有りまして……すいません、転生する前に言えば良かったのですが──」 

 すると、女神は物憂げな表情を見せる。雰囲気も何処か重たそうだ。


「私の魔法で占った所、世界の危機が迫っているみたいです……。」

「世界の……危機?」

 神様は腰を折って俺に謝ってくる。声も嘆く様に波打っている。

 俺は首を突き出して訊く。何だ、ソレは。世界の危機? そんなファンタジーなコト──と考えたものの、俺は転生をしている。其の様な事実が有る。

 そして、魔法も使っている。すると、此う云う事も有り()るのではないかと思って了う。神様側の事情なんか知る由も無いもの。


「すいません、私も神様の力を使って如何にかしますので……。」

「ソレって……如何云う?」

「……余り、此れは話してはいけないのですが……何かが世界を侵略してくると……。」

「ソレ、大丈夫なんですか?」

 神様は大きく首を横に振る。嘘だろう。


「いえ、正直言って大丈夫では有りません。けれど、貴方の身の回りの安全は護ります。其れだけは絶対に守りますので。」

 が、俺の眼を見て力強く言う。其の姿を見ると否定は出来まい。


「はい…………。」

 俺はのっそりと頷いた。何だか腑に落ちないけれど、神様が護ってくれる、と言っているのだ。

 ソレで嫌だ嫌だと喚く程子供でもない。受け容れる事にした。

 と、思うと違う疑問が湧いて出る。俺は顔を上げた。


「あ、そうだ、皓、って今何処に居るんですか?」

 那の時は勢いで受けて了ったが、よくよく考えれば此の事は聞いてなかった。

 神様は微笑む。


「ああ、今、貴方が転生した国がジュデバ国、と云うのですが……。」

「其処からかなり離れたエカルパル国、と云う所に住んでい……ますね。」

 何故か一回後ろを向くと、俺の眼を穏やかな目で見た。

 此れまた微笑んでいる。


「へー…………。」

「じゃあ、勿論言語も違うんですよね?」

「ええ、其うですね。」

「……なら、教えて貰う事、って出来ますか?」

「え⁉︎」

 予想だにしてなかったのか神様は大声を上げて驚く。

 そして恥ずかしがる様に自分の口に手を当てる。


 おまけに左右をキョロキョロと見る。

 他に聞かれている人が居ないか、と確認する様な素振りだ。

 一通り確認すると俺の目を見詰め、笑顔を取り戻した。


「ええ、まあ、出来ますよ。」

「有り難う御座います……‼︎」

 俺はお辞儀をする。出来るのなら有り難い。将来はエカルパル国に行く事に決めた。


「後、皓は何処に居るんですか? 後、こっちでの名前は⁇」

「えっと、えとちょっと待って下さいね……。」

 神様は何故かあわあわとする。そしてポケットから手帳の様な物を取り出す。


「カインドロフ・クリングルス、と云うみたいですね。」

「成る程……見た目は?」

「えっと……猫獣人で、毛皮が黒くて、目が紅いみたいですね。」

「……みたい?」

 俺は其の言葉に違和感を覚えた。神様なら知っている事では無いのだろうか。

 すると、神様はにっこりと微笑んで口を開いた。


「いえいえ、紅っぽい、と云う意味ですよ。」

 

 * * *


 そうして十一年位過ぎた。此の国では十三歳を成人する年齢らしく、成人したら村を離れるのが普通みたいだ。無論、俺も其のしきたりに乗っ取って村を離れた。


 と云っても……又違う村に来ただけなのだが。少し許り広い村、としか思えない。

 余り風景も変わらない、おまけに仕事も特に変わり映えの無い作業。


 ……いや、大きく変わった事が一つだけ有るな。


「やーい‼︎ ずる野郎‼︎ さっさと野垂れ死ねよ!」

 何処からか聞き付けたのか、奴等は俺の事をちくちくと突いてくる。


 けれど原因は俺に有る。実は酔った勢いの儘友人に俺が転生した事を言って了ったのだ。

 友人は苦笑いをしつつも聞いてない事にしてくれたが、奴等はソレを如何云う手段で知ったのか。

 十中八九友人が漏らしたのだけれど。だが友人を恨んではない。奴等、人の弱い所を此れでもかと突いてくる奴等だ。無理矢理友人に吐き出させたのだろう。

 此奴等はそう云う奴等だから。俺が此んなのに負ける訳無かろう。


 然し困ったな。折角貯めた貯金も奴等に奪われて了った。

 此れでは此の国の外には行く事が出来ない。




「はあ、もう散々。」

 今日は家を荒らされるわ虫を無理矢理食わせられるわでもう最悪だった。

 本当に奴等のやる事は子供のする事だ。けれど、ソレに逆らえない自分が憎い。

 

 俺は明晰夢の中で神様に愚痴を吐いている。


「大丈夫ですよ。私が付いてますから!」

 と俺の肩を叩いて励ましてくれる。

 本当に、皓に会えていない自分に取っては神様だけが心の拠り所だ。

 

「ソレと、後数日で皓さんが此方の村に来る様ですよ?」

「え? 本当ですか?」

「はい。」

 神様は深く頷く。


「……大丈夫かな。」

「大丈夫ですよ、きっと。」

 と、俺の背中を叩いた。




 神様の言う通り、皓は次の日にやって来た。

 仕事帰りに昏い帰路を歩いていると、二人の獣人を発見した。 


 顔は分かり辛いが、此処では見ない顔だろう。俺は彼等に近付く。

 そして話し掛けてみた。


「……あれ、ソコのあんさん達、如何したんですか?」

 すると、隣の背の低い獣人に代わって狐の獣人が口を開く。


「あー、俺等は今宿に断られちゃって、で、何処か野宿出来る所が無いか探して居るんだ。」

 と頭を掻いて云う。殆どタメ口に近い話し方だ。人は悪くは無さそうだが、どうも俺には受け付け難い。

 

「……なら、うちに来て下さいよ。」

 だが困っているのなら放っておく事は出来ない。俺の家は独り暮らしに住むには広いから二人位どうって事無いだろう。


「え⁉︎ 良いんですか⁉︎」

 と、隣の獣人が云う。けれど此のノリは何か既視感を覚える。


「はい。」

 俺は彼の顔を凝視した。其処には、全身の毛が黒く、眼が紅く、明らかに猫顔の獣人が居た。

 もしかして、皓なのか? 神様が言っていた通り、皓なのか?

 声は少年声依りも高く前世みたいに冷淡な男性声では無いが、此れはきっと皓だ!


「……皓⁉︎」

 と大声を上げて彼の手を掴んで了った。ああ、嬉しい。嬉しい。

 もう会えないかと思ったいた皓に会える何て……‼︎


 けれど、彼は俺の事を訝しむように見てくる。おいおい、親友の事を忘れたのか。

 ……と云うのも流石に酷だな。家に連れ帰って色々と話してやろう。


 其処からは、もう楽しかった。何故なら、()んなクソ野郎共と離れる事が出来たのだもの。

 然し旅の途中に神様に云われた。


「皓さんは危ないですよ……何かに取り憑かれているかも知れません……」と。

 俺は訳が分からなかった。きっと皓は其う云う事は無い……と思っていたが、俺は見て了った。


 ……明らかに性格が変わっていたのだ。

 皓は那んなヤツでは無い。那んな、自分から何かを進んでやろうとするヤツでは無い。

 ソコが彼の一番の欠点だった筈なのに、其れすらも変わって了っていた。


 見た目も変わり、性格も変わり、なのに記憶だけは持ち合わせている。

 其んな彼を見ていられなかった。


 すると、又神様に云われる。「もう殺すしか有りません」と。

 神様は言った。「スメェール」と云う悪魔に囚われていて、そして取り返しの付かない事に成っている、と。俺は信じて了った。


 俺は銀狼の村に着いてから那奴を殺そうとした。

 神様から渡されたナイフを使って、机の下に隠れて、彼を殺そうと企んだ。


 ……だが、彼はまるで獣が獲物を狙うように俺の居場所を探している。

 背筋が凍った。表情が強張る。俺はゆっくりと机の下から離れて扉の方へ行った。


 俺に気付いていない今がチャンスだ。……と思ったが、急に此方をくるっと振り向いた。

 俺は其の攻撃を避けようと全身に力を込める。自分自身に此んな身体能力が有ったのかと喫驚(きっきょう)した。


「ごめんね、誰か敵でも来たのかと思っちゃった。」

 と、俺の手を掴んで来た。俺は心臓がバクバクとしていた。

 本当は其処から逃げ出したい気持ちで一杯だったが、俺は無理矢理口角を上げて彼を見る。


 彼は心底不安そうに眉を曲げて俺を見ている。俺は何だか情けなく成った。

 其の夜、神様から云われた。


「どうして殺さなかったんですか‼︎」

 と。眉間に皺を寄せて激昂している。


「……親友を殺せるワケ、無いでしょ……。」

 俺は神様に背を向けてぽつりと呟いた。


「なら、仕方無いですね、貴方をキメラの素材にでもするしかないですね‼︎」

「え、ちょっ……。」

 俺は振り向く。すると、今迄に無い位に顔を顰めっ面に成っている神様の姿が有った。此んな姿を見たら、もうコイツが到底神様には思えない。


「だって、私は殺せ、と言いましたよね⁉︎ ソレを裏切ったのだから、其れはもう神との叛逆と同等ですよ‼︎」

 其の表情の儘コイツは声をがならせる。


「……で、でも‼︎ 皓に合わせてくれる、って……言って…………。」

 俺はコイツの腰を掴んだ。けれど其の手は嫌々としたコイツに退()けられる。

 そして歪な笑顔を浮かべ此う言った。


「あら? 私其んな事言いましたか? 覚えてませんね!」

「もう一回チャンスを与えます。ソレ迄に絶対に殺して下さいね!」




 俺はルローにエカルパルの言葉を教えている。

 が、何だか気が乗らない。


「魔素に付いては分かった?」 

「ああ、大体は。七つ有んでしょ。」

「うん、だね……。」

「何かおんめ、元気ねえんじゃねえか?」

 其んな冴えない表情の俺を見てか、ルローは筆で俺の顔を指してくる。


「え? あ、いやいや、別に……。」




 人が居なくなった部屋で、俺は考えていた。一体、如何すれば良いのだろうと。

 那奴は神様では無かった。神様だとしても、邪神だった。其んなヤツに騙された俺だって情けないやら嘆かわしいやら……。


 もう、如何すれば良いのだよ。アイツからは何で殺さなかった如何して那奴(あいつ)を殺さなかったと云われる許り。


 もう──自殺するしかないんじゃないか。

 本当に精神がおかしく成っていたと思う。


 俺は梁に縄を掛けて、輪っかを首に入れる。

 皓は、一体如何云う気持ちで自殺をしたのだろう?


 でも、其んな考えももう直ぐ消え失せるに決まっている。さようなら。転生したからって、幸せに成れるワケでは無いんだな。


 微かに扉の開けられる音がする。誰かの声も聞こえる。

 きっと、其れは俺の幻聴だろうと思い、気にもしていなかった。


「止めて‼︎」

 此れも幻聴だろうと思っていた。俺は台を蹴ったつもりでいた。息が苦しくなる。

 だが、俺の視界は落下する。何事か、後ろを向くと皓の顔が見えた。


 ほっとした顔をしている。

 其んな皓の顔を見て、俺は言って了った。


「何で死なせてくれなかったんだよ‼︎」

 と。


 其の言葉を聞いた皓は少し目線を下げた。よくよく見ると、悲しげな顔をしている。

 やって了った、と思った。最低なクズ人間だ! 俺は! ああ、グズグズしないでさっさと死んでおけば良かった!


 其れでも、言葉は喉を突い出る。


「何で死なせてくれなかったんだよ‼︎」

「俺は死にたいんだよ‼︎ 死にたくて死にたくて、堪らないんだよ‼︎」

「お前、自殺しただろ‼︎ 自殺したなら、自殺したい人の気持ちは分かるだろ!」


「……お前は何時(いつ)も自分勝手何だよ‼︎ 魔法の事教えろとか言って来たり、昔だって俺を連れ回したり、今は俺に死ぬなとか言って来たり‼︎」

「何なんだよ……何なんだよ、お前は、お前は狡いんだよ‼︎」


 ……けれど、其れでも助けの手を伸ばしてきたのはリングだ。黒い手を伸ばして来たんだ。

 持つべきモノは親友だと云う事を深く実感した。那んな、パチモノの神様を信ずるべきでは無かった。


 那奴は正真正銘の悪魔だ。本当に(ずる)い。其れに加え天使の様な優しさを備えていると来たもんだから、本当、困ったものだ。


 きっと俺は那の儘だったら真っ黒に染まっていただろう。

 那奴の毛皮依りも(くら)(くら)い漆黒の闇に蝕まれていただろう。心諸とも。

 其うなると、如何成るか。恨みを募らせながら死ぬか、恨みを晴らす為に寝返っていたかの何方だろう。


 そして、分かった。彼は確かに皓では無い。然し、カインドロフ・クリングルスと云う一人の人間として()()()()()()()のだ。


 それなら、今の等身大の彼を受け容れよう。

 だから、俺は彼を信じる決意と、そして悪魔(カミサマ)を裏切る覚悟が出来たのだ。

そんなこんなで暗いお話はまだ続きます。次話で終わりです。


* * *


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