第百七十話:バクダの転生事情
「自殺をしようとした可哀想な貴方に、神様から慈悲を与えます……。」
と言うと、彼女は目を開く。瞼の裏には翡翠の眼が隠されていたみたいだ。
俺は其の眼に見惚れて了う。余りにも綺麗な眼だったから。
「え、えと…………ええ?」
俺は余りを見回しながら当惑する。自殺しようとした貴方? 可哀想?
……そんなモノ。俺は拳を握り締める。そして怒号を吐いた。
「……ふざけるな‼︎」
「い、如何したのですか……?」
彼女は片方を口に当て、右手は胸の辺りに置いている。
態とらしい迄に目をうるうるとさせている。其の態度に又イライラが募る。
自分の醜い感情が湧き出ているのが分かる。
──今思うと、何処と無く芝居みたいだ。
コレも演技だったのだろうか。
「……俺は可哀想なんかじゃない。俺が可哀想って言うなら皓は悲惨、って事じゃないか。そんな、そんな親友を侮辱する様な発言なんて……お前……!」
俺は怒り散らした儘彼女の胸倉を掴もうとする。然し右手は彼女の体を摺り抜ける。
目から雫が零れ、そしてぼたぼたと落ちているのが分かるが、気にしては居られまい。
余程精神がやられていたのかも知れない。
「でも、実際、其うでしょう……? 親友はパワハラで亡くなって、そして、貴方も──」
彼女は眉を下げる。そして、諭す様に少し首を傾げる。
俺は歯を食い縛った。ギシギシと軋り合わせる。
──コ、コイツ! 本当にコイツ……‼︎ 途んだ邪神だ。
俺は右手を眺めた。やはり、半透明だ。如何して俺の手は半透明なんだ。クソが!
腕を大きく振りかぶった。
ゆっくりと彼女に目線を合わせる。彼女は俺を宥める様に仄かに咲っている。
「……大丈夫ですよ。」
彼女は俺を見上げる。足元に目線を移すと、彼女はふわりふわりと空に浮いていた。
俺は声はあげないものの驚いて声帯に力を入れる。
そして、彼女は俺の頭を優しく撫でてきた。人肌の柔らかい感触が頭皮から伝わる。
其の様子は宛ら女神様だ。
「別に、貴方を咎めよう……そして、ご友人を賎しんでいると云う訳では有りません……。」
「……なら、如何してです?」
俺は彼女を見上げる。彼女は空を浮くのを止めて地面に足を着ける。
俺を見上げる形で、ふふふと笑った。
「最初に言ったでしょう? 神様から慈悲を与えます……と。」
「……いや、其うだとしても、しようと何て思っては無かったんですけど…………。」
俺は右手を胸の前で横に振る。何かに押された感覚が有ると云う事実と、俺は今迄に無い位落ち込んでは居たが、死にたくは無かったのだ。
「心の迷いは?」
彼女は透き通った眼で俺の眼を見詰める。
其う云われるとそんな気がしてくる。
確かに心の迷いは有った様な……?
「……いや、うん、まあ…………はい。」
俺はゆっくりと頷いた。けれど、直ぐに思い出して顔を上げる。
「てか、待って下さい、パワハラ?」
「はい。彼はパワハラで亡くなったみたいです。」
すると彼女はこくりと頷いた。
「待って、過剰労働じゃ無くって?」
「ええ、世間には明かされてませんが……其うだったみたいです…………。」
そして細々した声をあげる。俯き加減で心の底から絞り出している様な苦しい声だ。
なのに、なのに何処か嘘臭い。
其の話は変わりますが本当なのか? 只の過剰労働で死んだのでは無くて、ソレに加えてパワーハラスメントも?
其れは……亡くなるに決まっている。いや、亡くなるだろう?
俺は経験したことが無いから分からないが酷い事をされていたのだろう?
そんな事有っては為らない。
「……けれど、大丈夫ですよ。貴方は其のご友人が居る世界へと行くのですから!」
「へ?」
彼女は顔を上げ、此れでもかと口角を上げ、にこにことした笑顔を浮かべる。
……なのにやはり嘘臭い。無理をしているのだろうか。
「もっと具体的に言うと、ご友人も慈悲を貰って異世界に転生したので、そのご友人である貴方も異世界へ転生させよう、と云う事です。」
「……はい?」
其の儘同じ様な顔で俺を見て来るが、俺は首を傾げる。
何を言っているんだ? 彼女の言葉が俺の脳味噌を雁字搦めにしている。
異世界? 異世界って如何云う事だ? 此処とは物理法則も何も違う世界と云う事か?
其れとも、並行世界やらと云う類のお話なのか?
「あら? 戸惑っているのですか?」
俺は彼女の目を見た。けれど俺と眼が合わない。目を閉じて微笑んでいたからだ。
何とか言葉を捻り出して彼女に訊いてみる。
「いや、いやだって、異世界って…………急にソンな事を云われても…………。」
「異世界と云うと、剣と魔法のファンタジーの世界を思い浮かべませんか? 一般的には其うだと思うのですが……。」
「いや……ええ?」
彼女はゆっくりと目を開く。そして目を丸くする。まるで全人類が知っているかの様に訊いてくる。
俺は動物雑誌等や動物番組以外、余り本やテレビも見ないのだ。
流行に疎いのは勿論の事、世間知らず常識知らず政治に於いても正直な所興味は無い。
只、神様を自称するのなら其の事も知っているのではないか?
……けれど神様はかなり長い期間生きている筈だ。生きていると云うとおかしいかも知れないが途轍も無い時間を経験しているのだろう。常識が擦り合わなくてもおかしくは無い。
とは思ったものの、肝心の異世界に付いての事を教えて貰っていない。
「あら……なら、説明しましょうか?」
と思っていると、彼女は目を開き
俺は頷く。
「……と云う事なのですよ。」
一通り話し終えた後、彼女は拳を口に当ててこほんと声を出す。
どうやら、俺の住んでいる世界で云う中世の様な世界で、まだ発展途上らしい。
そして、大地を治めている種族は人間のヅィー族、角が二本生えたファール族、羽が有り耳の長いアリーク族、エルフみたいだと云う。俺は全く以って理解出来なかったが。其処に獣人。つまりは動物が二足歩行をしていると云う。
しっかりと意思疎通も出来るみたいだ。……面白い。動物と直接話を取れるのか。
其れだけで行く価値は有ると思う。
転生する種族は選べるのか、と云うと其れは流石に神様の権限を使っても無理だと云う。
何に成るのかは祈るしかないのか。
そして、此れを話し終えたら俺を転生させるらしい。
「で、俺は、如何して転生するのですか?」
転生する前に此れだけは訊いておかねば為らない。
すると彼女はほんのりとした上品な笑みを浮かべる。
「貴方は選ばれた人なのですよ。理由は……そうですね、強いて言うのなら私達神様は貴方達の事を良く見ているのですよ。悪い事をした、とか、良い事をした、とか。貴方は転生させるだけに値する人間なのですよ。日頃から善行を積んでいた甲斐が有りましたね。」
と言う。善行を積んでいた? 彼女は俺が自殺した様に見えているのだろう?
そうしたら善行を積んでいたのも崩れ落ちて了うのではないか?
おまけに善行何て其んなモノ、殆ど自覚は無いと言って差し支えないのだが。
……つまり、殆ど理由は無いと云う事なのか?
けれど、皓にもう一度会える千載一遇のチャンスだろう。チャンスが訪れたのなら離したくない。
俺は其う考えていた。
「……其うなんですね……分かりました。」
心の底から納得は出来ていないが、俺はゆっくりと頷いた。
「本当ですか? 大丈夫ですか?」
彼女は如何したのか、急に不安気に眉を下げて早口で訊いてくる。
俺はもう一度頷く。
「……では──行ってらっしゃいなさい──」
すると、俺の体は淡い光に包まれる半透明の腕は光に照らされて見え難く成る。
目の前を見ると彼女が恐ろしい位に笑顔を浮かべていた。俺は何故かゾッとして了った。
──こうして、俺は転生した。
バクダはバクダで中々な体験をしているみたいです。
多分前回と今回を含めて三話〜四話で終わらせる予定です。
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