第百六十九話:悪魔の手が伸びる※
二月十二日、台詞を修正しました。
──先ず、そうね、最初に話しとくことは、バクダは手違いで転生したみたいね。
其れは知ってます。
──あら? 知ってたの?
ええ。
──で、其の神様……正直、神様と呼ぶのも本当の神様に対して烏滸がましいから「悪魔」、と呼ぶわね。
……悪魔?
──ええ、悪魔。此れから話す事を聞けば其うとしか呼べなくなるわよ。
悪魔が悪魔の話を聞くんですか?
──貴方は復昇悪魔だから大丈夫よ。
* * *
今日、訃報が来た。いや、訃報が来たと言うとおかしいのかも知れない。
何故なら、其の情報はテレビを見て知ったからだ。
『二十五歳男性、浴室内で死亡されたのが発見されました──』
と意志を持たない其の機械はノイズ混じりに煩く喚いている。
如何やら、株式会社Hoietに勤めていた男性が亡くなったらしい。名前は分からない。
株式会社Hoiet──そして二十五歳と云うと、皓の事が脳裏に思い浮かぶ。
皓の事で無ければ良いのだけれど……だけれど、心の中は波打った様にざわざわとしている。
胸騒ぎがする。俺はスマートフォンからケーブルを抜きアイツの電話番号を打ち込む。
プルルルルと音が鳴り、ツー、ツーと、電子音だけが部屋中に響く。
カチャ、と音が鳴った。俺は喜んだ。
『お留守番サービスに接続します……』
然し出て来たのは機械音声。
のっぺりとした声で苛辣な言葉を投げ掛けられた。
俺はもう一回掛け直す。が、然しツー、ツーと云う音と共にさっきの音声が流れるだけだ。
最近は碌に連絡も取り合ってなかったが、昔からの馴染みで有る親友だ。心配しない訳には行かない。
アイツは父親は元々居なかった、しかも最近、母親も亡くなって了った筈だ。
他に、知っている人は居ないだろうか。
アイツの友達と云うと……誰だ? 分からない。分からないけれど、掛けるしかない。
俺は手当たり次第に電話を掛けて行く。
『はいはーい、どしたのコの時間に。』
と画面越しからやや枯れた声が放たれる。
「あ、彩乃‼︎ 」
最初に繋がったのは徳井彩乃。皓とは確か中学の時に同じクラスだった筈だ。
俺は皓の事はどうだ、知らないかと問い詰めて行く。少し言葉が荒かったと思う。
『……あー、中学の時に居たアイツね。』
『ごめんね、分かんないや。』
けれど、たったソレだけ。電話はプツリと切れる。
ツー、ツー、と無慈悲な電子音が鳴る。
其の後も電話を掛けて行ったものの、結果は散々だ。
『ええ? アイツが?』
『え、知らない、其んなヤツ』
『大丈夫だよ、きっと今仕事か何かしてて出れないんでしょ』
『』
『其んなコトよりさー今度時間空いたんだけど遊ばない?』
「……其んなコト、って、何だ‼︎」
『は? 何言ってんだよだっ──』
俺は怒りに任せて電話を切った。スマートフォンの画面を眺める。
其処には白い丸で囲われたテンキーと、緑の架電ボタンだけが煌々と浮かび上がっている。
……結局、分からずじまいだった。
すると、急にスマートフォンの画面が変わる。誰からかも分からぬ電話番号が画面に出現する。
「……はい。」
俺は窶れた声で応答した。すると、画面の向こうから声が聞こえる。
『あ、ごめんなさい……此んな時間に…………えっと、流川皓の親戚の、流川真波です…………えと。』
ぼそぼそとした、覇気の無い声だ。……真波さんか。皓から何度か聞いた事が有った気がする。
「ああ、はい、えっと、如何しましたか?」
『すいません……ウチの皓が……自殺して了ったみたいで…………。
今朝のニュースは、其うみたいで…………私もまだ、困惑してるんですけど…………。』
俺の脳内から、希望と云う希望がガラガラと崩れ落ちた様な音がした。
嫌な予感は的中して了った。俺はスマートフォンを何とか握り締めるものの、体は其の場に崩れ落ちて了う。
ああ、嫌だ。嫌だよ。此んな現実何て嫌だ。此んな現実、要らないよ。
親友が自殺して何て云う現実、要らないよ。夢で合ってくれよ。
俺の目からは大粒の雫が幾度と無く流れ零ちる。
男泣き何て言うが、此れで泣かない奴が居るか。泣かせてくれよ。
けれど、心の何処かで情けないと云う自分が居る。其の事実に依り胸がキュッと痛む。
俺は胸倉を自分で掴んでいた。
『ごめんなさい…………迷惑を掛けて…………。』
「はい…………はい……いえ…………迷惑では…………無い……です……はい…………。」
俺はしゃくり上げながら首を横に振る。涙は涙腺から出ては止まらない。
ぼたぼたとカーペットに零ちて行く。
「……な、何で自殺したんですか?」
俺は何とかして声を振り絞る。すると、合間を置いて話し辛そうに声を吃らせる。
『いえ…………遺書も残ってなくて、分からないのですけれど…………でも、過剰労働で亡くなった、のでないか、と…………調べに行った親族が、其の事を発見しまして…………。』
俺は其の場で呆然とする。嘘、だろ? 何が有ったんだ?
つまり俺の涙は引っ込んだ、代わりに、心の底から怒りが湧き上がって来る。
「……つまり、会社が悪い、って事ですか?」
俺は棘々しい声を腹から出す。完全に頭に血が上っていた。
『ああ、ええ、いや、まだ、分かりませんよ? けど──。』
「裁判でも、しますか? 費用なら俺が出しますよ。」
俺は彼女の言葉を遮る。立ち上がって机の周りを歩きながら其んな事を言う。
そして激しく頭を掻き毟る。クソが、社員を自殺させる様な会社だ。其の儘のうのうと生かしては置けない。
『ああ、いや、其んな事…………。』
「死を無駄にしたく無いですよ。嫌ですよ。此の儘皓が死んだ、って事実が歴史に埋もれるのだけは。」
彼女は困惑した様な声を出すが、俺は其れに被せる様に言葉を突き出した。
自分でも何を考えているのかは分からない。復讐心に任せて相手を滅茶苦茶に叩きのめしたい。
只一つ、彼が自殺して了った原因だろうから、真相を突き止めずに死ぬのだけは嫌だと思ったのだ。
『いえ、けど、相談してみたのですが、諸々含めると、弁護士を雇うのにも千万位は掛かるそうで……。』
俺を静止する様に、彼女は其の言葉をゆっくりと発した。
「え? ええっ?」
嘘だろう、其んなに掛かるのか? 其んな多額のお金、借金してでも足りるかどうか……。
一体、如何すれば良いんだ? 皓が死んだ、会社の所為で自殺した、と云う事実は此の儘空虚に消え去って了うのか?
『だから──あの、その…………。』
「此んな現実、要らないよ…………どっかに消え去って了えよ…………。」
『…………。』
画面の向こうからは察した様に何も声が聞こえない。
* * *
「すいません……あの、今日会社…………休ませて貰っても…………。」
「何を言ってんだ? 休む? インフルでも引いたのか?」
上司は俺に対し圧力を掛ける様に態々気持ちの悪い猫撫で声を出す。
「いえ……実は親友が自殺して了って…………。」
其の言葉を聞いた上司は「はははは」と笑う。心の底から笑っているみたいだ。
思わずスマートフォンを握り潰したく成って了った。
最高に腹が立つ。皓の事を侮辱された様で。
「はっ、そんな事か、お前が体調を崩してる訳じゃないなら来い。
お前、前に何だっけ? アヌ……アナフィ…………何とかで休んでるじゃないか。
其んな身勝手な理由で休まれるとさあ、こっちも困るんだよ。だから来い。」
上司は太々しい態度で、嘲るように其う言う。
ソレは、ソレはお前が前に、宴会の席で無理矢理ナッツを食わせたからではないか。
前から宴会の時にはナッツ類は食べたら駄目だから止めろと言っていただろう。
お陰で其の場で倒れ込んで入院する事に為って了ったのに、お前は何を言っているのか。
全身にぶつぶつが回った事を覚えていないのだろうか。昨日みたいに怒りが爆発しそうだ。
けれど、俺は部下だから反論する事が出来ない。
「……はい…………。」
ぼそぼそとした声で其れを受け容れて了った。
俺は線路を眺めている。砂利の上に一本のレールが引かれている。
もう、此の儘身を投げ打って死んで了うか? ……けれど、其れは皓の命を無駄にしているとの同義ではないか。世間から又一人皓を知る人が減って了う。其れだけは嫌だ。
……けれど、正直死んで了いたい気持ちが無くなった訳では無い。
皓が居たから、皓が此んなにも俺の人生を豊かにしてくれたからと自分に言い聞かせて何とか平静を保っている様な状態だ。
と、突然、俺の視界はレールに向かって真っ逆さまに落ちる。俺は足を動かした覚えが無い。
何かに押された様な感覚が有る。横を向いた。電車が迫って来ている。
俺は目を見開いた。
──ガシャン。
次の瞬間、俺の視界は白に染まっていた。右手を視界の目の前に迄持って来ると、其の腕は半透明に成っていた。俺は其の場に倒れ込む。何が起こった、何が有った?
すると、目の前に真っ白な光線が昇る。
「うわっ⁉︎」
俺は大声を上げてギュッと目を瞑った。眩しい。ゆっくりと目を開くと、目の前の光は段々と弱まって行く。光の中には誰かが居るみたいだ。
其の中の誰かは言った。
「自殺をしようとした可哀想な貴方に、神様から慈悲を与えます……。」
──光の中には、綺麗なヱーヴの掛かった金髪の女性が居た。
小説内に出てきた「復昇悪魔」とは、造語です。読み方は「ふくしょうあくま」でお願いします。
意味としては堕天使の反対で、天使へと引き上げられた悪魔の事です。
悪を経験した善はきっと純粋な善より強いですから。
純然な善は純然な悪に成り得ますしね。
因みにバクダの上司が言おうとしていた事はアナフィラキシーです。
前世ではバクダはナッツ類のアレルギーが有ったみたいですね。今は多分無くなってます。
体も変わってますからね。
* * *
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モチベに成りますので、宜しければ。
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