第百六十六話:カミサマ様々
医療室……もとい、村長の家の一室に僕は居る。
ベッドの上にはバクダが寝て居る。
傷に付いて居た埃等のゴミは洗い流して出来る限りの治療はしてやったものの、左目の辺りに何かで斬られた様な大きな傷痕が出来てしまった。此ればっかりは如何しようも無かった。
椅子の上に座って彼を眺める。彼はさっきから一言も喋らない。
名前を呼び掛けてみても耳元に囁き掛けても反応が一切無い。
心臓がバクバクとして居る。此の儘彼は一生起きなかったら如何しようと。
仮に植物状態だとしても、此の世界では「魂が抜けた」とされて火葬か埋葬をするのが一般的だ。
「……う……ううん…………。」
さっきからすーすーとは呼吸をして居たものの声を上げたのは此れが初めてだ。
彼を見てみるとゆっくりと瞼を開けて居た。
「あ、起きた?」
すると、彼は首を左右に振って部屋を眺める。そして横に居る僕の顔をじっと凝視すると大きく瞳孔を開いた。
後で村長に彼が意識を取り戻した、と報告しないとな。
「え、は⁉︎ 魔物⁉︎」
彼は日本語を発して驚く。
ベッドから抜け出そうとするが、上手く力が入らないのかベッドの背凭れに寄り掛かるだけだ。
「リングだよ、皓。クリングルス。」
日本語で返し、にっこりとした笑顔を浮かべて言うと彼は此の声で安堵したのか全身から力を抜く。
だが、其の代わりに彼の頭の上には大量の疑問符が並べられた。
「え、ええ……⁇ 前回会った時と全く違うじゃん……?」
「で、如何したの? あんなにボロボロに成って。」
其んな彼の話を無視して、僕はベッドの隣に有る机にカップを置く。
其の中には琥珀色の液体が揺らめいて居る。
彼はカップを取って一口飲む。そして呆然とした様子で僕を見る。
「……俺の質問は受け付けてくんないの?」
「魔法のお陰だって言ったら納得してくれる?」
僕は横に有る椅子に座る。彼は右上を見て悩んで居る様だ。
「しないね。」
悩み込んだ結果、彼はキッパリと其う言った。
「でしょ?」
「……いや何が『でしょ』、だよ。説明してくれよ……。」
一瞬納得しかけたものの、彼は半目で僕を見上げて来る。
良いではないか。今重要な事では無かろう?
「はいはい、後で言うから、で、如何して其んな事に成ってんの?」
其の質問を払い除ける様疎放に彼を遇らう。
彼ははあと溜め息を吐き、頭をポリポリと掻く。納得して居ない様子だ。
けれどあーあーとだけ声を出すと、彼は真面目な顔に様変わりをする。
其の野生的な目で見詰められると自分の心迄抉り取られる様に思える。
「……あー、どっから話せば良いかな……取り敢えず、コレ。」
彼は収納魔法から何かを取り出す。革のケースから何かを取り出す。
刃の長いナイフの様に見える。柄は黒くて、特に変哲は無い様に見えた。
「何だと思う?」
彼は其れを持ちながら何故かニコニコとした笑顔を浮かべる。
いや、如何見たとて一つしかないではないか。
「……ナイフじゃないの?」
彼は「惜しい」とだけ言う。ナイフをケースに了うと、彼は僕の目をもう一度見る。
「お前を殺す為に渡されたナイフだ。強力な魔法が掛かって居て、魔力を総て奪い取れるんだとよ。」
「……待って、待って如何云う事?」
僕は眉を八の字にさせる。今、何と言った。『お前を殺す為に渡されたナイフ』?
暗殺依頼でも頼まれて居たのか? いや、暗殺者だったのか? 脳内で情報が絡まる。
「だから前に言ったろ。俺がお前を殺そうとした。ってさ。」
「いや有ったっけ?」
首を傾げた。前にも言ったが、本当に身に覚えが無い。一体何の時なのだろう。
「有ったろ? ほんとに覚えてないの?」
「……さあ。」
僕は斜め下を見る。もう一度記憶を整理してみるものの、やはり分からない。
「はあ、じゃあ、いいや。」
肩を落とすと吐き捨てる様に言う。
「俺も転生した、って言ったでしょ?」
「うん、言ってたね。」
「最初は喜んだよ、お前に会えるんじゃないか、ってさ。」
彼は微笑む。まるで何かの夢に溶け込んで居る様に微睡む。
「でも、其の後転生したカミサマに言われたんだよ。」
彼は唾を飲み込む。
「皓は危ないから観察しとけ。って。」
「紅目的な意味で?」
僕は尋ねるものの彼は首を横に大きく振る。
「いや、多分違うと思う。」
「其の後、もう殺すしかない、とも言われてさ。」
「……な、何で?」
ゆっくり、おずおずと訊くと彼はやや蔑んだ様な眼をする。僕に向けられた物で無い事は分かる。
此処には居ない誰かに向けて居る様だ。
「さあ? けどお前は何かに取り憑かれてる〜、とか何とか言われてさ。
本当に其うなら如何にか出来ないのかーって訊いたんだけど、無理らしくて。
何だっけな。邪神に取り憑かれて居るとか言ってたんだけど。で、此れを渡されて。」
「操られて呪われて居るならいっそ殺した方が……何て考えちゃって。」
「でもまあ、出来無いよ。親友を殺す事何て。無理。
出来るかよ。一緒に遊んで、一緒に勉強して、一緒に馬鹿やってた。
……そしてお前は一度死んだ事も知ってんのに。」
彼の目から光が落ちる。悲壮感の漂う空気を纏う。
「身の保身をする様だけど、那のカミサマ、本当に優しいんだよ。俺が村八分を受けてた時も相談に乗ってくれたり、こっちの世界で如何生活すれば良いかアドバイスをくれたり……なのに。」
「だからだろうなあ、コロッと騙されたの。俺が転生したのだって本当はお前を殺す為じゃないか、って今は疑ってるよ。」
はあと深い溜め息を吐いた。何だか彼の表情は空虚だ。何か大切な物が一度に零れ落ちた様な、其んな表情だ。
「……あ、あの、本当? カミサマに転生させられた、とかも、本当?」
僕は訳が分からなく為って居た。何故? 如何して? 何れが如何為って居るんだ? と。
余りに陰謀論じみた事だから。
「うん。」
彼は頷く。
「けど、何で僕を殺そうと仕向けたの? だってカミサマ、って……。」
「……じゃあ、訊くけど、転生した時の記憶は有るの?」
「有るよ。転生したら、何故か此の世界に居た。」
僕は自信満々に言った。其う、那の事はきっちりと覚えて居る。那んなに衝撃的な事だったんだ。忘れる筈有るまい。
「……いや、其処じゃなくてさ。死のうとした貴方に〜、って感じの転生しようとしてる間の事は?」
彼は首を横に振る。腕を組んで考えてみる。
「いや……ええ…………。」
が、思い出せまい……いや、何だか其の時の記憶は有る様な気はする。
雁字搦めに鎖の様な物が巻き付けられ押し付けられて居る様だ。
「覚えてないかあ〜……覚えてない、っての、結構異常だと思うよ。」
「……其うかね? だって、前世でのライトノベルとかでさ、勝手に転生されるってパターン、多いよ?」
勿論、空想の中のお話だが。正直云って参考に出来る物が其れ位しかない。
僕は前世で転生したと謳う人に出会った事が無いからだ。
「そう? 何か意図が無いと、普通は転生とか転移って出来くない? 例えば世界を救って欲しいとかさ。」
何かが引っ掛かって居るのか打ち傾く。其うだろうか。何も理由も無しに転生する事も有るのではないか?
「世界を救う、ねえ……仮に僕が世界を救う使命を与えられたとしても救えるかな。無理だと思う。」
正直、自信が無い。自虐的にははと渇いた笑いを浮かべる。
「……其処は大丈夫。お前なら、きっと。」
彼は穏やかな笑顔を浮かべて、まるで応援するかの如く僕の頭を触って来る。
お前迄もか。──けど、此うされると僕は自虐的な笑みを浮かべられまい。
前々から気に為って居たが、何故彼は僕の事を此んなにも信頼して居るのだろう。
自殺した屑なのを分かって居るのだろうか。其んな事象に出会したら恐怖と責任感で逃げ出してしまいそうだ。
突然、後ろの扉がガラガラと音を立てた。背骨が跳ね上がる。後ろを振り向くと、其処には村長が立って居た。
右手には何かを持って居る。
彼はトカトカと歩くと彼の目の前に立った。
「あ、起きたのね? はい。此れ返すわね。残念ながら此れを逆探知には使えなさそうね。」
村長は何時の様な穏和な笑みを浮かべる。そして右手に持った石の様なものを渡した。
何だろう? 逆探知? もしかしたら彼が言って居た『カミサマ』、から渡された物なのだろうか。
「……ああ、すいません……。」
彼はヘコヘコとお辞儀をして其れを受け取る。
「当分此処に居て良いからね。」
「本当にすいません……じゃ、お言葉に甘えて。」
彼等が一通り話し終えると、村長は僕の方を向く。やはり穏和な笑みだ。
「ああ、リング、マリルちゃんが寂しがってるわよ。行って来なさい。」
「……え、けど…………。」
僕は唇を噛む。まだ彼の容態は完全とは云えないのに。まだ彼を見張って居る必要が有ると思う。
「バクダの事なら私が見とくから。まだ貴方には研究って使命も有るのだから。ね?」
村長は僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。ああ、もう。村長迄もかよ。
僕は立派な中型猫種だ。子供では無い。けれどありがとう、とぼそっと呟いた。
「其うですね。行って来ます。」
僕は彼の顔を見詰める。彼は何処か安堵した表情を浮かべる。
顔を上げ、立ち上がった。
神様? 紙様? 神態? カミサマ? カミサマ様々。
* * *
此の作品が面白いと思ったら評価をお願いします。
モチベに成りますので、宜しければ。
其れと感想も気兼ね無くどうぞ。お待ちして居ります。
良かった所、悪かった所、改善点等有りましたらどうぞ感想にお願いします。
もし誤字や明らかなミスを見付けましたら誤字報告からお願いします。
宜しくお願いします。




