第百六十四話:思うが儘
二月六日、鱗雲之式日本語表記を修正しました。
僕は走り出した。鍔を傾け、勢いを付けて奴に攻撃を加えようとするものの、奴に攻撃は当たらない。
当たらない、と云う依りかは当たって居るのに其の攻撃を受け流して居るみたいだ。
成る程。奴がヅェㇻ̇バに纏わり付いて鎧の様な役割を果たして居るのか。
此れでも傷一つ付かないと為ると、此奴に如何攻撃を加えれば良いのやら。
僕は奴の顔を眺めた。奴に目は無い。一体、如何やって此奴は周りを知覚して居るのだろうか。
僕がヅェㇻ̇バ単体なら勝てる兆しが有ると云ったのは魔法が奴に滅法効くからだ。
が、此う為ると話は大きく変わって来る。
魔法も効かない、攻撃も加える事が出来無い。と為ると二人掛かりでも倒すのは難しそうだ。
先ずは奴を引っ剥がす事から始めないと行けない。
もし本当に奴に纏わり付いただけなのなら、元々の奴の特性も引き継いで居る事だろう。
元々の奴の特性は炎や水等の謂わば現象系の魔法が効かず、そして倒しても倒しても数の暴力で攻めて来る。物理的な魔法なら効く筈だが、此の場合だと剣を振るったのと同じだ。
ゲード魔法の能力弱化の魔法も効かないだろう。……其れにも関わらず奴は弱体化の魔法を放って来るのだから理不尽極まりない。
だが、其等は効かない筈なのだが、さっきヷルトが雷の魔法を放った時は如何してか動きを停止させただろう。魂切れた様に。
直接的な攻撃には為って居ないだろうが、相手に隙を見せるのはチャンスを与えて居るのと同義。
然すればヷルトに雷魔法を撃って貰うのが一番良いのだろうか。
僕はヷルトの目を見る。ヷルトは右手を挙げた。
「ヒューテ̣ㇺメㇻ̈・ヰ̇‼︎」
僕の意思が伝わったのか彼は雷の魔法を放つ。黄色い稲妻は奴に直撃しようとするが──
奴に当たるスレスレの所で雷はズレて地面に刺さる。奴には当たらない。ヷルトは目を見開いた。
……其処等の対策も完璧か。なら、奴に攻撃を加えるには隙を狙って攻撃を与える位しか方法はないか。
だが、奴が隙何て物を見せるだろうか? 数の暴力で攻めて来る此奴等の隙を狙う事何て出来るのだろうか? 駄目だったら文字通り尻尾を巻いて逃げ帰るしかない。が、此処で逃げ帰ったら此奴が何するかも分からない。単に僕等が縄張りに入った、と云う状況とは違う。
無性に責任感も感じて居た。
ヷルトが雷を直撃させる事が出来て、そして僕が上手く倒せる事が出来る方法。
魔石は有るが、此んな状況で描いて居る暇など有るまいか。
僕は出来無いが、ヷルトは剣に雷等の魔法を纏わせる事が出来た筈だ。
ならば、剣に雷を纏わせて貰って、彼が奴に一撃を与えさせるのは如何だろうか。
が、奴が其んなに馬鹿なのか? 僕等の作戦が分からない程馬鹿なのか?
其んな訳は無い。奴に気付かれない様上手く作戦を実行させないと行けない。
奴とは一度戦った事が有るから僕等の手の内はバレて居るだろう。此奴は魔物では無い。
何方かと云うと群体生物や誰かが放った何かの道具みたいな、其んな感じがする。
余り分かりはしないが、もし其うなら手の内は割れて居ると考えた方が良いだろう。
一回だけだったら偶々かと思ったのだが、今回で二回目だ。どうも其うとしか思えない。
……危険だが、僕が奴をとっ捕まえ、彼に大きな落雷を与えて貰うのは如何だろうか。
勿論僕が稲妻を受ける事前提でのお話だ。
其うしたら、後はヷルトと共に攻撃を加えてやろう。
だが、此の作戦は奴がほんのちょっとでも隙を見せる事を前提のお話だ。
其の『ほんのちょっと』を先ず作らないと行けないな。
ヷルトはかなり正統派な戦い方をする斧使いで有ると思えるから、なら、僕は奴を撹乱する事を念頭に置こう。トリッキーな相手の引っ掻き回し方は猫科特有の特権だ。其うしたらきっとヷルトが雷を撃てる環境が整うだろう。
僕は又ぶっ倒れるかも知れないが、其れは大丈夫だ。信じて居るから。
「ラ゛ヰ゜トㇳ・ギ‼︎」
其う唱えると僕の体は変化して行く。手は青く、腕も青く、けれど眼は紅い。
尻尾にはきっと宝石の様な物が付いて居る筈だ。
口の中を触ってみると犬科の様な大きな犬歯が付いて居る。
彼は僕の姿を見て驚いて居る。けれど直ぐに表情を戻し、納得する様に「ふふふ」と咲った。
ニヤリと口角を上げた。此の姿に為ると例え危機的な状況だとしても何故かやたらと興奮してしまうから困る。変身した所為なのか、其れ共元々の気質が浮き出たのか。
だが理性を失った訳では無い。やるべき事はやらねば為らないな。さあ、奴を掻き回してやろうじゃないか。僕は足に力を込めて稲妻の様に駆け出した。
奴は眼窩の無い目で僕を見て来る。驚いて居るのだろうか、僕のやる事を観察して居るのだろうか。やはり奴の顔は腹が立つ。
僕は奴の脚に傷を付けようと剣を振るう。が、勿論奴に傷何て付けられる訳が無い。
奴は僕のやる事が理解不能だと思って居るのだろうか。そりゃあ、お前に傷を付けたいが為にやって居る訳では無いからな。
僕は奴を見詰め、牙を見せ付け、喉から声を鳴らす。「グルッシャアア‼︎」と。
猫が威嚇する時のソレでは無い。ㇰ゛ルーネㇻ̇の鳴き声だ。
奴は其の場で地団駄を踏み始める。完全に僕の喧嘩を打った証拠だ。
ヅェㇻ̇バに寄生したからか、魔物的なソレも残っては居る様だ。
奴は完全に僕に照準を変える。僕が走ると奴はドタドタと足音を立てて僕を追い掛けて来る。
雷で攻撃して来たのか? けれど僕には無意味だ。
やはり根っこに為って居るのは魔物なのだろうか。僕とは正反対だろうか。
僕は中央に有る木に登る。奴は僕を見て唸って居る。
周りを見遣ると、ヷルトの背後から大きな炎が浮かび上がって居るのが視えた。
……おお、伝わって居たか。きっと雷魔法を撃ってくれるのだろう。
すると、奴は「グヮロオオオオン‼︎」と大声を上げる。空を見上げると稲妻が落ちて来て居た。
僕は跳び上がって其れを回避しようとするものの諸に直撃する。僕の体の許容量を越えたのか、流石に体全身に強烈な痛みが奔る。
目を開くと、樹木は丸焦げに成って居た。根本からは火が燃え上がって居る。
其んな奴は姿勢を低くして僕をきっと見詰めて居た。
此処でやっと理性を取り戻したのか否か、奴は首を横に大きく振って僕をじっと眺めた。
何か、魔法の攻撃でもしようとして居るのだろうか。
だが、此処で理性を取り返してももう遅い。──何故ならば、
もうお前の後ろにはヷルトが居るからさ。
彼は跳び上がって居た。そして右手を大きく振り上げて今正に魔法を放とうとして居た。バヂバヂ音が良く察こえる。
一瞬、顔が見えた。表情からは恨みの様な怒りの様な、顔を酷く歪めた表情だった。
然し、
彼が選んだのは雷魔法では無かった。
瞬間、奴の体に紅の炎が点けられる。轟々と燃え盛った炎は彼の体を包んで行く。正に燎原の火。
徐々に徐々に奴の体は溶けて行く。固体だったソレがゲル状に、そして液体に成って行く。
中からは元のヅェㇻ̇バだろう、黄金の鎧を纏った魔物が出て来た。其れは炎の光を反射してピカピカと光る。
僕は炎を纏った奴に近付く。良く見ると、眼は開いては居るものの、瞳孔が有り得ない程に広がって居る。
……もう、亡くなって居たのか。コイツに寄生された時点で。
何だか、無性に罪悪感が湧いて来た。僕は只々炎に燃やされて居るヅェㇻ̇バを見る。まるで火葬だ。
燃え上がる煙に乗せて魂が浄化される事を祈るしかない。
僕は煙を眺めた。空はやはり真っ黒に染まって居り、メトㇲが顔を覗かせて居た。
まるで其の蒼い衛星に煙が上がって行って居る様だ。
茫と眺めて居ると、火は小さく、パチパチと音がする様に成って行った。
僕は対面に居るヷルトに話し掛ける。
「……燃やされちゃったね。」
「ああ。」
ヷルトは其う頷くだけだ。彼をチラッと見て、もう一つ言葉を投げ掛ける。
「……僕がヷルトが放った雷魔法を受け止めようかと思ってたけど、意味無かったね。」
自虐的に、上げ切れない口角を上げてははと乾いた笑いをする。
「俺も最初は雷魔法を使おうかと思ってた。多分、其の為に変身したのだろうとは感付いた。」
「が、よくよく考えたら其んな事する意味も無いだろうと思ってな。」
彼は僕の顔を眺める。そしてふうと息を吐く。
如何してだろうか? と彼の顔を眺めて居ると、彼は口を開いた。
「もし、奴が魔物の特性を引き継いで居るのだとすれば──」
「前にやった様に、炎を点ければ鱗が柔らかく成ると思ってな。」
と淡々と僕の心を抉って来る。
……ああ、成る程。良く分かった。
此れだけ魔法の知識が有るのに戦場での新しい情報に惑わされてしっかりとした判断を下せなかった。
失態だ。此れでは魔導師の名が廃る。
「で、結果は此れだ。ドロドロに溶けて居るな。コイツも炎に弱かったんだな。」
「……みたいね。」
ヷルトは奴を指差す。見ると、もう火は消えて居た。
代わりに炭と化した奴の死骸と、肉の焦げたヅェㇻ̇バしか残って居なかった。
「…………帰ろうか。」
僕は立ち上がる。そして、服に付いた汚れをパンパンと払って落とす。
「ああ。戻らなくて良いのか?」
僕に目線を合わせ、彼は言った。
「何だか馬鹿馬鹿しく成っちゃったから、良いよ。せめて今日一日は此の姿で居させて。」
「ああ。」
彼は頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
と、其の前に一つだけやる事が有る。僕は燃え尽きた奴の死骸に手を伸ばした。
「あ、後此れ、回収しとこうね。」
「……埋めるのか?」
「うん。綺麗な花が咲くと良いね。」
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モチベに成りますので、宜しければ。
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