第百六十話:実験
今、森の開けた所に居る。流石に那の広場で危険な事をする訳には行かないからだ。
何か有って、仮に其処で大爆発でもしてみろ。考えただけで身震いがする。
だからマリルも那の村に置いて来た。危ない事には巻き込めない。
ガリルナは案外面倒見が良いと感じるから、きっと上手く見てくれるだろう。
「んじゃあ、やるよ。」
其う言って彼に話し掛けるものの、彼は僕を見て首を傾げるだけだ。
「やる、って言っても、何をやるんだ?」
ヷルトは地面の上で胡座を掻きながら僕を見て居る。
其れは一つしかないに決まって居るだろう。
僕は自信満々で彼に話し掛けた。
「さっきさ、村長がさ、外から何か……ヰ̇ㇻ̈ㇲトゥーみたいな物を感じる、って言ってたでしょ?」
「もし仮説が正しくて、そして村長達の言ってる事も正しいと成ると──」
彼は胡座の上に手を置いて僕の目をじっと見て来る。僕は敢えて口を閉ざした。
「物質か何かに触れて変身してると考えた方が一番楽だよね。夢も華も無いけどさ。
魔法の発動条件だって似た様なもんだし。其れが一番合理的な気がするのよね。」
淡々と其う話すと、彼は一瞬目の光を失った様な気がした。
「取り敢えず其の物質はココでは一旦ヰ̇ㇻ̈ㇲトゥーリ̇ャと名付けるね。」
「……単なる複数形じゃないか。」
僕は地面に指で菱形の物体と其れを矢印で繋いで先に文字を書く。
其れを見たヷルトは其んな事をツッコんで来た。
僕は少し許り剝れてしまう。
「良いの、仮の名前だから。」
突き放す様に其う言った。
「で、其のヰ̇ㇻ̈ㇲトゥーリ̇ャは変身するトリガーに成る筈なのね。」
僕の様子に一寸許り驚いた様な気もしたが、彼は話をじっくりと聞いて居る。
其うは言っても、勿論仮定の中でのお話なのだが。
「ああ、其処迄は何となく分かった。けど、紅目の説明に付いては如何するんだ?
紅目は産まれ付きの物だろ? 物質で変身するも何も、先天性何だろ?」
「へへ」みたいな「ふふ」みたいな声が喉から出てしまった。彼は何時にも無く眉を顰める。
本当に彼は良い所に気付くな。
「其れに付いては二つ有ってね。」
僕は語り掛ける様に、態々教えを乞わせる様に、親指と人差し指を出す。
「先ずは其う、先天性。産まれた時からね。何かしらの要因で黒く、そして紅い目で産まれて来たって説ね。」
人差し指を折り畳み親指だけを空に出す。ヷルトは興味深く、けれど何処か詰まらなさそうに話を聞いて居た。
「次は後天性。ヰ̇ㇻ̈ㇲトゥーリ̇ャが影響して、黒化するみたいに黒く成っちゃったって説。」
人差し指も突き出して彼に見せ付ける。
「後者の説だと自分の眼がが蒼い眼から紅い眼に変化した事に理由が付けられるけれども、後者だと後天性が発見されて無い事に理由が付かなかった。」
そう、絶対に今迄なら理由が付かなかった。正直、其の所為で研究がずっと滞って居た位には。彼の耳がピクッと動いた。
「付かなかった? 今では説明が付くのか?」
「そう。だってね、」
彼は不思議そうな眼で僕を見て来る。
此奴は自分の事をまるっきり理解してないのだろうか。
僕はヷルトに向けて指を強く指した。
「君が居るじゃない。君が後天性の紅目で有る君がね。」
ヷルトは自身を何度も指す。まるで「え、俺?」とでも言って居るみたいだ。
「何でヷルトが紅目に成ったかは説明が付き難いけれども、成ったのは成って居るし魔力も抜きん出て多いのだし、仮説に説明が付いちゃうのよね。」
「例えば、変化したヂョㇻ̇ヹ̇ヅィア街がヰ̇ㇻ̈ㇲトゥーリ̇ャがかなり多くて、ヷルトが紅目に変化したのだと考えると……結構合点が行くのよね。」
少し自虐的な含みを持たせた笑顔を浮かべた。其う、納得が行ってしまう。
何故、此んな事に気付けなかったのかと自分が馬鹿らしく思える。
僕は彼の眼を見詰める。
「幽霊に成る前って如何だったの? 魔力って多かった?」
「……うーん…………分からないな。」
すると、彼は首を傾げて渋い表情をする。ああ、其うか。彼は前世の記憶を余り持ち合わせて居ないのだっけか。ああ。如何しよう。
「だったら幽霊に成って魔力が多く成ったのかなあ。
でも其れは非魔術的なんだよな。自分でも上手くこじつけられそうにないや。」
少し考えてみたものの、全く仮説が思い付かない。
「……じゃあ、先ずは紅目と黒化が一緒だと考えて、魔素でも量ってみようか。」
* * *
地面からは大きな氷柱が生えて居る。彼は例の魔素を測る装置を持って居る。
僕は彼にゆっくりと近付いて行く。此処だけ見たら、きっと僕が悪魔に見える事だろう。
「うーん、魔法を放った時に多く魔力を消費して居るみたいでも無いね。」
彼の持って居る装置を覗き込む様に見た。
上に付いて居る赤い宝石は、少し許り水色の様に成って居た。
僕は彼の隣に座ってノートを開き始めた。彼は僕のノートを横目で見て居る。
「……何だ、此れ?」
ノートの一部分をなぞる様に指すと、僕の眼を見て来た。
ああ、言って無かったか。
「此れ? 銀狼達が黒化した時に取ったル̈ゥ̻゛ッシュね。」
彼の眼を見返した。彼はほおと一言吐いて居る。
其処に書かれて居るのは名前と、そしてやはり色。
此の世界は魔素や魔力を数値で表す事が出来無いから本当に不便だ。
色は如何しても下限上限が決まってしまうから嫌いだ。
「此方でも同じ様なル̈ゥ̻゛ッシュが取られて居るのよね。」
ノートの記載上には若干では有るが、変身前と変身後の色は薄く、赤く成って居た。
「あ、もう一つの、如何だった?」
「ああ、此んな感じだった。」
彼はポケットから石の様な物を五つ出して来た。ヷ̇ェㇰリ̇アと云う宝石だ。
此れは魔力と魔素が結合した反応に応じて色を変える代物。
透明だった其れは、一つ目は半透明な水色、二つ目は透明、三つ目も同じく透明、四つ目は見た事の無い黒色に染まって居る。五つ目は一つ目と略々同じ色をして居た。
「はいはい、ありがと。」
僕は其れをじっと見る。一つ目と五つ目は分かる。何故なら、冷属性の魔法を使ったからだ。
然し、其れなら水色に染まると思うだろう。実の所氷柱を出すのは冷属性の魔法と、そして無属性の創造魔法の複合型。つまり多重特性に成るのだ。だから半透明に染まって居るのだろう。
二つ目と三つ目はそう、無属性の魔法を使った。無属性の魔法は結合しないから此んな反応に成って居るのだろう。
問題は四つ目だ。其奴は真っ黒に染め上がって居る。
ゲード属性は燻んだ青色、ダーベイ属性は淡い桃色。
だから其の二つも違う。
何の魔法を発動させたかと言うと、実は変身魔法なのだ。
然し此奴は黒色を示して居る。一体、此奴は如何云う事だ。
「……ねえ。」
「何?」
其の結果を眺めた僕は、ゆっくりと彼の方を向いた。彼は固唾を飲んだ。
「もしかして、変身魔法って無属性じゃ無い?」
彼は「ええ」と声をあげて驚く。
「だって、おかしいよ此の反応。此んな変化する何ておかしい。」
「……何で、此んな事に気付かなかったんだろうね。」
僕は肩をガクンと落とした。如何しようも無く頭を掻き毟る。
何で此んな簡単な事に気付かなかった。
「え、お前、無属性とゲード属性しか使えないのだろ?」
其んな僕の腕を掴んで、彼は冷静に事実を突き付けて来る。
僕は頭を掻き毟るのを止めた。一寸だけだが落ち着いた。
「うん、其の筈…………何でだろうね。」
其う言った後、僕は顎に手を当てて右上を見遣る。
太陽が燦々と照らして居る。まるでお前の悩みは些細な事でしか無いだろうとでも云うかの様に。
……其うだな。もう一回彼の方向を向いて口角を少し上げた。
「ま、使える属性が増えるのは嬉しいからいいや。」
「おい。」
呆れた調子で抑揚の無い声を出す。「ごめんごめん」と平謝りをすると、彼は幸せが逃げて行きそうな溜め息を吐いた。
然し、本当に何なのだろう、僕の此の奇妙な体質は。
此の世界の人は何か一つの属性しか使えない、何て事は無い。勿論、全属性を極めるのは相当難しい事なので、何か一つ得意な属性を身に付けて行くのが普通では有るが、普通は全属性使えるモノなのだ。
紅目に成ったヷルトと等しく不可思議だ。
其うすると、疑念が色々と湧き出て来る。何故僕は其の二つの属性しか使えなかった?
魔力漏洩でも無い、其れ以外の症状も無い。なのに何故使えない?
だったら、如何して那奴のネックレスの様な物で冷属性が使える様に成った?
そもそも何故那奴は此れを渡して来た?
いやいや、其れに付いて深く掘り下げるのは今では無い。僕は頭をぶんぶんと振る。脳味噌の奥に了い込んだ。
ヷルトが驚いた様な眼差しで僕を見て来る。先ずは此の研究を終わらせなければ。
僕はもう一度ノートを眺める。そして、ゆっくりと文字を連ね始めた。
最近一話一話のカロリーが高い様な。気の所為かしら。
* * *
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