第百五十五話:再開……?
「わあぁぁぁぁ〜‼︎」
彼女は眼を輝かせて居る。今僕等は汽車に乗り込んで居て、食堂車にへとやって来て居るのだ。
反対側にはヷルトが居る。幾分箸の使い方が上手く成った彼が白米をもりもりと頬張って居た。
彼女は慣れない箸を使って煮魚みたいなのを掴もうとするものの、上手く掴めず身がボロボロと皿に落ちる。
彼女は不服そうな表情を浮かべて僕に助けを求めて来る。
ははは、其んな顔を浮かべたって僕は助けてやれないぞ。
……けど、まぁ、食べ方が分からないなら教えてやろうじゃないか。
「先ずね、此れは骨を取らなきゃ行けないのよ。
此処にさ、骨が在るでしょ? 此処を此うやって……。」
僕は自分の煮魚を使って骨に添って箸を入れて、骨を浮かせて取ってみせた。
彼女は其れを面白そうに眺めて居る。
早速、彼女は僕の其れを真似して骨を浮かして取ってみる。
然し途中迄は良かったものの、骨は途中で切れ、身に引っ付いて居る。
彼女は又、僕に目線を合わせて来る。うるうるとした目だ。
だから、僕は助けてやれないぞ……。
* * *
「ふふ〜ん、楽しい〜、へへーん。」
彼女は鼻の下を長くし、二段ベッドの上から此方を見て居る。
如何やら初めての外国旅行に相当気が乗って居るみたいだ。
「……なら、良かったよ。」
僕は彼女の顔から目線を逸らす。そして、窓際で勉強をして居るヷルトの方を見た。
けれど、何だか嫌な予感がするのだ。何だか。
何となく彼女が途中で嫌だ嫌だと言って、帰りたいとでも言うのではないかと思って居るのだ。
子供何て、親元離れたら普通は泣き喚く。でも今の所其れは無い。其うしたら、余程親の事を腹に据えかねて居たのか、何処かで爆発してしまうのではないかと思って居るのだ。
ヷルトも嫌な予感を感じて居るのか、僕と顔を合わせるとうんと一回、ゆっくり頷いた。
やはり其うだよな。
すると、ヷルトは辞典を閉じて、急に立ち上がる。
「よし、そろそろお子ちゃまは寝る時間だ。ほら。」
と言って二段ベッドの方へ来ると、下のベッドから棚を引き出す様に何かを引き摺った。
すると、其処からはベッドが現れる。
如何やら此の部屋は子供用ベッドが付いて居る部屋みたいなのだ。
「え〜〜、やだ〜〜、もうちょっと遊びた〜い。」
彼女はベッドの上でごろごろと転がる。
「駄目だろ、ほら、窓を見ろ。」
ヷルトは窓を指す。僕も一緒に成って覗いて見ると、確かにもう日は落ちて、窓の全面は濃い紺色に染って居た。流れ星がキラッと、一つ落ちた。
「……は─い。」
と言うと、渋々と梯子から降りて此方にやって来た。
「あぁ、先ずは着替えなきゃな。着替えは持って来て居るだろ?」
「うん。」
すると、彼女はベッドから下を覗く様にして、自分のケースを取り出す。
そして、其処から寝巻きを取り出した。
服を脱ぐと、ベッドの上に座って此方を見て来る。
「……ねぇ、お風呂は?」
「お風呂は無いよ。汽車だからね、しょうがないよ。」
やっとお風呂に入れると思ったのだろうか、僕を見詰めて来る。
けれど残念かな、無いのだ。シャワーすら無い。
精々出来る事と言えば、濡れたタオルで拭いてやる事位だろうか。
「……ほら。」
「此れで全身を拭けば、風呂には入れないが、マシには成るだろう。」
ヷルトはタオルを投げ渡した。彼女は其れをキャッチする。
其のタオルからはほかほかと湯気が出て居る。
ヷルトは別のタオルをベッドの隣に置く。
彼女は嬉しそうに尻尾を振って犬みたいに舌を出すと、ベッドから降り、全身をタオルで拭き始めた。
そして全身を拭くと、タオルをヷルトに投げ渡して、ばすっとベッドに入り込んだ。
布団から顔だけを出し、耳をピクピクとさせ、眼をキラキラと輝かすと何か物欲しそうに此方を見て来る。
「おやすみ。」
僕は彼女の頭をわしわしと撫でてやった。彼女は嬉しそうに目を閉じて、余程懐いた犬みたいに「くるぅ」と声を上げた。すると、彼女は耳をピクピクとさせるのを止める。自分でも驚いたのか、目を見開いて僕とヷルトを交互に見る。そして、布団に潜り込んだ。
「……おやすみな。」
ヷルトは布団の上からぽんぽんと叩いた。
「……ねぇ。」
其れから汽車を降りて、マズゲットに乗り込んだ僕等だったが急にマリルが其んな事を言う。
僕は後ろを振り向いて彼女の眼をチラッと見る。やはり、彼女の眼は紅くは無い。
僕もヷルトも、きっと魔力が多いから眼が紅く成って居る筈なのに。おかしい。
「なあに?」
僕は運転しつつも其んな事を尋ねる。
然し、僕が尋ねたのに彼女は何も答えようともしない。
「……父さん母さんが居ないから寂しいか?」
ヷルトは淡々と其う言った。彼女は「うん」とか細く答える。
やっぱりか……年端も行かない子供なのだから其う思うのも無理は無い。
如何しよう。もう一度彼女を見た。顔を下に向け今にも泣き出しそうな雰囲気を纏って居る。
なら、一旦何処かで休憩しようか。休憩して、きっと気分が晴れれば、彼女の気分も晴れるだろう。
確か、此処等辺に村が在った筈だ。其う、バクダの住んで居る村。
彼等の様子も気になるし……多分郷土品も在った筈だ。彼女が父親母親に郷土品を選んで置けば、少しは気分が晴れるだろうか。
「じゃあ、一寸休憩しようか。」
彼女の方を向き、僕はハンドルを回して経路を変更した。
「ほら、一杯郷土品が有るよ。何れにする?」
僕等は其の村の雑貨屋さんに来て居た。
「んー……。」
マリルは目を輝かせて店内を見回す。そして、有る一つの商品に目が行ったみたいだ。
「あ、じゃあ、此れ‼︎」
其う言って並べて有る商品の一つを指す。其れは何かの植物を象った様なアクセサリーの様に見えた。
僕の目論見通り、彼女は郷土品を選んで居る内に気分を取り返して居た。
良かった。あぁ、良かった。
彼女は親指と人差し指を僕に向ける。二つ欲しい、と云う事だろうか。
僕は其れを二つ取ってカウンターに行く。
「じゃあ、此れ、二つ下さい。」
「はいはい、なら、百ロブルに成るよ。」
店主だろう狐の女性は、其う言って手を差し出して来た。
僕は其処に茶色い鈍い色をした硬貨を二つ置く。
僕等は或る家にやって来て居た。
勿論、バクダの家だ。何ヶ月かぶりに会うのだ。彼は如何して居るのだろうか。
「……バクダー!」
其う声を掛けて彼を見た途端、僕はギョッとした。目を大きく見開いて彼を凝視する。
……其処には、天井から紐を吊るして、首に縄を掛け、自殺しようとして居た彼が居たからだ。
今にも乗って居る台を蹴りそうな、其んな雰囲気だった。
僕が自殺した事を思い出す。苦しんで苦しんで楽に成れると思った事を思い出す。
呼吸が荒くなる。彼は、まるで昔の自分と瓜二つの様に見えた。そして、一つの結論に至る。
──僕みたいに自殺する人を増やしたくなんか無い‼︎
「止めて‼︎」
僕は直ぐ様彼に駆け寄り、彼の体を抱き抱える。彼は僕の眼をチラッと見る。驚いて居た顔をして居た。
後ろにヷルトを見た。ヷルトはマリルを腹に抱き抱え、彼女に此の光景を見せない様にして居る。
此の儘じゃあ、彼は絶対に死ぬに決まって居る。だったら……如何すれば良いんだ?
いざ、自殺しようとした状況に居合わせると何をして良いか分からなく為る。頭が真っ白だ。何も考え付かない。
僕は何故か右手を離した。すると、其処には青白い刃が握られて居た。
ああ、其うか。此れで彼を助けろ、と云う事か。
僕は台をずらした。彼が「ぐえっ」と声をあげる。縄がぎしりと撓む。
そして台に乗り右手に持った刃で縄を切る。彼は其の場にドシャリと倒れ込む。
幾らかはぁはぁと息を切らして居た彼だったが、自分に絡まって居る縄をポイと投げ捨てると、眉間に皺を寄せ、牙を剥き、僕に敵意を向けて来る。開口一番、声を荒らげて此う言った。
「何で死なせてくれなかったんだよ‼︎」
人には死ぬタイミングが二つ有ります。物理的に死ぬ、そして人々の記憶から忘れ去られる。
自殺した時ですら、其れは同じなのでしょう。
一般人は有名人とは違い、直ぐに世間から忘れ去られます。
つまり、二度目の死が早いと思います。
忘れ去られたいですか? 本当に?
だから、本当に死にたいか胸に手を当ててみて下さい。
本当に其うなら、私には止める権利は有りません。
でも、でも少しでも心の迷いが有るなら、止めてみて下さい。
案外此の世界には生きる術が腐る程有ります。此処は、異世界も現実世界も変わらないでしょう。
仕事を辞めても良いです。学業も休んで良いです。何なら、一度旅に出るのも有りでしょう。
兎に角、視野を広げて下さい。きっと、自分の生きたい道が分かる筈です。
私の生きたい道は「創作する事」、です。だから生きて居るんです。
有名に成って、色々な人に読んで貰う迄死ねませんよ。




