第百五十四話:悪魔=???
さて、束の間の休息を嗜んで居た僕等だったが、遂に又ジュデバ国に行く時が来てしまった。
今、マリルは目の前でキャッキャと子供等と遊んで居る。
僕は玄関先から立ち上がった。
やや足取りは重く、そして何処と無く陰気臭い雰囲気を纏って居る事は自分でも分かる。
少し歩いて居ると、マリルの家が見えた。横には僕の手をしきりに握って居る彼女が居る。
彼女の顔は何だか不安気で、僕の心情を察して居るのか、其れ共異様な雰囲気を感じ取って居るのかさっきからチラチラと僕の眼を見て来る。
僕はマリルの家の扉をトントンと叩いた。此んな雰囲気にも関わらずノックの音は軽快に鳴る。
すると、ガチャっと扉を開けたのは、マリルのお父さんでは無く、女性だった。
「あら……何時もマリルに良くしてくれるリングさんね? 如何したの?」
彼女はにっこりと微笑む。僕は其の言葉に驚いた。てっきり、彼女も一丸と成って僕を嫌って居るかと思ったからだ。
「あぁ、いえ、すみません……あの、私、時々実験の為に外部に赴く事が多いのですが、只、其の……。」
僕は彼女に一例をして、辿々しく言葉を綴る。其処迄言った時、彼女は「あぁ」と呟いた。
そして、僕の眼をじっと見て来る。生命力を感じる深緑色の眼だ。そして首を捻って考え込んでいる。
「……其れねぇ……うーん、彼女を危険に巻き込まないと約束出来るかしら?」
「……はい。」
僕はゆっくりと頷いた。
「其う。なら、お願いね。うちのマリルを。」
彼女は再びにっこりと微笑むと、姿勢を低くしてマリルの頭をくりくりと撫で回した。
「でも、何でです?」
其の姿をじっと眺めて居た僕だったけれども、急にはっとして訊き返す。
自分の子供を見ず知らずの人に預ける何て、かなり危険な事ではないのだろうか。
「最近、外に赴く事も少なかったし……其れに、」
「……其れに?」
すると、彼女は少し唇を噛み、何とは無しに悲観的な、其んな笑顔を浮かべる。
「貴方が居なくなると、此の子、かなり落ち込むのよ。前回何て一週間位飲まず食わずだったし……。」
「えぇっ。」
驚いた。嘘だろう。確かに、其んな事に成る位なら僕が連れて行った方が良いのかも知れない。
当の本人は何の事か分からないみたいで首を傾げて居る。
「あ、後、お父さんには……。」
すると、彼女は近付いて僕の耳を引っ張る。彼女は僕の耳に口を近付けて囁いた。
「……那の人、最近マリルする事為す事興味無いみたいで放置してるの。殆ど虐待よ。其の事も有って、ね。」
彼女を見た。彼女は眉を八の字にして、ほとほと迷惑して居る様な、七面倒な顔をして居た。
……那んなに、那んなに入れ込んで居たのに? 僕を悪魔だと言い、僕を遠ざけようとして居たのに?
一体、如何云う心境の変化が有ったのだろうか。全く以って想像が出来無い。
……でも、本当に其うならマリルが心配だ。もう少し気に掛けてやるべきだったか?
もう一回、当の本人を眺める。彼女は何も気にしてない様で犬みたいにへっへと舌を出して居た。
* * *
「じゃあ、行って来ます。」
前回とは違い、村の人達が総出で出迎えてくれて居た。
皆は手を振って居る。僕はぺこりとお辞儀をしてくるっと振り返る。
「行って来いよー‼︎」とか、
「頑張って来なよー‼︎」とか、
「あんたの実験気にしてるからね‼︎」とか、
「何かお土産買って来いよー‼︎」とか、
有る事だけを言って来る。本当に僕の事を受け容れてくれて居るみたいだ。
少し許り嬉しい。僕は彼等の方を向き直し、口に両手を当てて返事を返す。
「植物とか動物とか食べ物何かは無理だけど何か面白い物有ったら買って来るからねー‼︎」
其うして、又振り返った。マリルの手をぎゅっと握る。
僕は門を通る。門は何時の間にか新調されて居たみたいで、ボロボロだった其れはピカピカに輝いて居る。
もう蔦は絡まって無い。隣に居るヷルトを見た。彼の顔は何処か誇らしげだ。
* * *
其んな此んなでジュデバ国の目の前に迄やって来て居た。
今回も人を連れて来てしまって居る。やらなければな。
……けれど、子供か。彼女は前も確か変身魔法で変身させた。
安全な魔法陣を描いて変身させないと。僕は彼女と目線を合わせて肩にポンと手を当てる。
「えっとね、此の国は獣人しか今入れないのね。だから──」
すると、彼女は無邪気な笑顔で言う。
「んえ? だいじょぶだよ。」
「いや、何が──」
其処迄言って、僕は目を見開いた。
彼女の手先は毛皮に包まれ、頭の上部には大きな耳が乗って居る。
僕が後ろに回ると、彼女の臀部からはふわふわとした大きな尻尾が生えて居た。
変身した彼女は人間じゃない、獣みたいな口を開く。
「ほら、行こ?」
「……う、え、あ。そうだね。」
一瞬困惑していたけれど、僕は口角を上げ、彼女に向かってニコッとした笑顔を浮かべる。
一体、如何して此んな事が出来るんだ。彼女は。
疲れて居るのか、彼女は宿屋のベッドでぐーぐーと音を上げて寝て居る。
一ヶ月程度馬車に揺られて此処迄来たのだから、子供の体じゃあキツいか。
「ねぇ。」
僕はジュデバ語辞典を開き、勉強して居る彼に話し掛ける。
彼はパタンと辞典を閉じると、ベッドの上に居る僕に目線を向けた。
「……何だ?」
突然話しかけられて驚いたのか、彼は首に手を当てて居る。
「マリルさ、お父さんから放置されて居るみたいなの。
お母さんから聞いたのだけどさ……。」
彼は緑茶を啜ると、何故か驚きもせずに「あぁ」と呟いた。
「やっぱりか。」
「……やっぱり、って?」
僕は訊き返すけれども、彼はバツの悪そうな顔を浮かべた。
「ねぇ。」
彼の眼をじっと見詰めた。避ける様に僕から目線を逸らす。
然し観念したのか、彼は大きく溜め息を吐いて、其の大きな口を開いた。
「……お前には黙って居たんだが……此処迄に成ると、言わずには居られないな。」
彼は眉を顰めるものの、僕には何の事かさっぱり分からない。
そして、彼はゆっくり、ぽつぽつと、まるで罪を自白するかの様に言葉を紡いだ。
僕等がジュデバ国に行く前に彼に相談して居た事、
彼女が、何故かお父さんから避けられて居る様な気がした事、
そしてヷルトが其の事に感情を滾らして居た事、
何より、彼女はお父さんを愛して居る、と云う事。
……全く、何にも知らなかった。
僕は自責の念に駆られる。何で知らなかったのだろうと、何で気付けなかったのだろうと。
もう、頭が真っ白に成って居た。
彼女の事をもっと気に掛けてやれば良かったのに。実験なんか行かずにもっと彼女に付き合ってやれば良かった──と思って居ると、ヷルトは僕を宥める様に此う言う。
「……しょうがない。お前が知る由も無かったのは当たり前の事だ。
だって、彼女は俺に言わないでくれ、と釘を刺して居たのだからな。」
「まぁ、結局俺が此うやって言ってしまった訳だがな。」
彼は其う言うものの、僕の胸の痞えは取れない。
でも、理由は分かった。多分、きっとしっかりとした大人の彼なら、誰にも言わずに自分の悩みを聞いてくれると思ったのだろう。
彼女は、きっと誰にも迷惑を掛けたく無かったのだろう。きっと、僕にも。
「あぁ、後、マリル、魔術師に成りたいと言ってたんだ。」
「え? 其うなの?」
僕は顔を突き出す。そして、瞼を何度もぱちくりとさせる。
僕を追って、だろうか。流石に自惚れ過ぎだろうか。でも、其うだったら良いな。
「あぁ、だから自分で変身魔法を扱える様になったのだろうな。凄いな。」
彼は感心した様に顎に手を当てるが、其の内容は頓珍漢な事を述べて居る。待て、
「……那れはおかしいよ。」
「何でだ?」
と不思議そうに訊き返して来る。いや、如何見たっておかしいだろう。
「だって、紅目の僕ですら魔法陣が必要な魔法なんだよ? 其れを、魔力の不安定な子供が出来るとは思えない。彼女は紅目にも見えない。」
「じゃあ、お前には如何見えたって云うんだ?」
彼は益々不思議そうに眉を顰める。
其うだな。一言で表すとするならば──
「……まるで悪魔に力を貰ったみたいに思えた。」
悪魔は一体誰でしょう? クリングルス? 其れ共……⁇
* * *
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