第百四十四話:危機、狂気、懐旧夢想
「うぃ〜〜。」
彼はヒックヒックと横隔膜を震わせながらお酒の入って居る木の盃を握り締めて居る。
何が遭ったか、と云われれば「村長がお酒を呑み過ぎて泥酔して居る」と答える。
僕だって仄かに気分が高揚して居るのだ。もし僕と彼が同じ量を呑んで居ると仮定したら、そりゃ此んなでろでろに酔う決まって居る。
僕は彼を持ち上げて自室に運んでやる事にした。脚と頭を持ち──と思ったが、僕の細い腕じゃかなり重く感じられる。
……成人した狼の男性って此処迄重い物か。でもよくよく考えたら当たり前かも知れない。だって彼、二メートル近く有るのだもの。
しかも泥酔して体の筋肉から力が抜けて居る。重いに決まって居るか。
其んな彼を歯を喰い縛りながら二階の自室に連れて行く。
おまけに階段もかなり急と来た。僕の脚はぷるぷると震えて居る。
二階に上がると、其処に扉は無かった。
七畳位の部屋にベッドと、本棚、そして何か資料でも纏めて居たのだろう、パルプ紙で出来た様な紙が山積みに成って居る。
此処では紙何て貴重な筈なのに。
目を開けて居るのか開けて居ないのか分からない彼を見る。
もう空が白んで来て居るのか日光が毛皮にピカピカと反射する。
其んな事を思いつつ僕は彼をベッドの上に寝かせる。
そして毛布をそっと掛けてやった。
はぁ、此処の、其れも一人しか居ない村長がでろでろに酔って如何する。
取り敢えずガリルナに報告して置こうか。
僕は彼をベッドに寝かせると成るべく音を立てない様に一階に降りて行った。
階段を降り、居間を抜け、そして外に出て離れの居間に行く。
カーテンを開いて日光を取り込んで居ると、何か変にぞわっとする様な悪寒がした。
獣の本能だろうか。誰かが此方に敵意を向けて居るのが自分でも分かる。
さっき貰った剣を使うべきだろうか?
……いや、もしかしたら魔法陣を出した時点でバレてしまうかも知れない。
だったら、魔法で攻撃するべきだ。僕は出る炎を最小限迄小さくして、魔法を放つ準備を整えた。
机の下にゆっくりと近付き、覗いてみる。けれど、其処には誰も居なかった。
でも何かおかしい。此の緊張感がは解かれる事は無い。……と云う事は、未だ何処かに居る筈だ。
僕は後ろから何か妙なさっきを感じた。……其処か‼︎
僕は眼をぎっと睨んで其処に魔法を放った。バガンと大きな音がする。
青白い刃は扉の方へ突き刺さって居た。……あれ?
右の方にゆっくり目線を逸らすと、其処にはハーハーと息を荒らげて居るバクダが居た。
……あ、何だ……さっき感じた殺気の様な物は僕の勘違い、って事だったのか。
でも、其れだったら其んなコソコソとする事無いのに。
取り敢えず僕は震えて居る彼の手を取ってやる事にした。
彼は震える眼で僕の手を握り締める。
そしてゆっくりと立ち上がった。
息も絶え絶えな彼に微笑んで話し掛ける。
「ごめんね、誰か敵でも来たのかと思っちゃった。」
すると、彼ははぁはぁと何度も呼吸をすると、急に笑い出した。
「はははは……いや、うん。ごめん。へへ…………。」
彼は引き攣った笑顔を浮かべる。
「にしても、恐かったよ。本当に獲物を狙う獣みたいだったよ。
眼が爛々と真っ赤に発光してて……おまけに皺を寄せてたんだもの。」
「え? 其うなの?」
「……うん。」
彼はゆっくり頷いた。
其処迄か。と云う事は戦闘でも其んな顔をして居るのだろうか。
でも那れは心の何処かで楽しんで居る節が有るしなぁ。何方かと云うと自分の危機を感じ取って咄嗟に……みたいな。自己防衛だった。寧ろ其うだからか。そりゃあ恐い顔にでも成るか。
「あ、と云うか此んな仄暗い中で何してたの?」
「え、あ、うん……。」
僕は尋ねると彼は魔法陣から何かを出した。
「じゃーん‼︎」
「……何此れ?」
其れは精巧に作られた鳥の様な置物だった。台の所にはカインㇳ゛ロ̇ㇷ̇・ㇰリ̇ングㇻ̈ㇲ、と書いて有る。
勿論、エカルパル語で。
窓から射し込む光に照らされて黄金の其れはピカピカと反射する。
「へへへ吃驚した? 〈プレゼント〉。ほら、今日誕生日だったらしいでしょ?」
僕は彼に誕生日なぞ言った事が無い。ヷルトが口を割るとも思えないし、一体誰に訊いたのだろうか。
「だからちょっと驚かせようかなぁと思ってあき……リングを待ってたらさ……へへ……。」
と彼は頭をぼりぼりと掻く。そして舌を中途半端に出す。
……成る程なぁ、様子がおかしいと思ったら、其う云う事だったのか。
僕が余りにも早とちりして居ただけか……。
「ん、ありがと。」
誰かの視線を感じてちらっと窓の方を見ると、其処には村長が窓から覗いて居るのが見えた。
「あらあら〜、男子の友情? 良いじゃない。ふふ。」
と、扉を開けて言う。
歳に見合わず無性に恥ずかしく為ってしまった。
「止めて下さいよ‼︎ もう‼︎」
小走りで近付いて村長の頭をぽかっと叩いてやる。
すると、酔いが覚めて無かったのか其の場で崩れ落ちる。
「あぁぁ‼︎」
其んな彼を介抱してやって僕は僕等が寝て居た寝室に連れて行く。
「お、おいおい、如何したんだリング。」
ガチャっ、と音がしてヷルトも彼を持ち上げようとする。
「あ、良いとこに来た。今日村長体調悪い、ってガリルナに伝えて来て。」
「おぅ? あ、あぁ……言って来る。」
すると、彼は村長を踏まない様に歩いて足速に扉を抜けて行った。
彼が行ったのを見届けると僕は村長を持ち上げて言った。
「僕が朝食作るんで其れ迄寝てて下さい。」
* * *
「村長、出来ましたよ。ほら、起きて下さい。」
「ん? う〜ん……ごめんねぇ…………。」
トントン、と彼の肩を叩いてみると、彼はゆっくりと起き上がった。
少しはお酒が抜けたのかさっき依りかは目線がはっきりとして居る。
彼の手を取って連れて行くと、テーブルの上にはビョーマェㇻ̇が装われた皿が置いて在った。
もくもくと湯気を上げて居る。
彼は其れを見ると何かに取り憑かれる様にふらっと歩き席に座った。じっと、其れを眺めて居る。
そして鼻の穴を面白い位にヒクヒクと動かして居る。
大好物だったのだろうか。
彼等も座ると、村長はそそくさと祈る様なポーズをした。
「「「「日々の糧に感謝して、そして生き物に感謝し、神様がくれた食物を頂きます。」」」」
僕は其れを食べてみる。
現地に有るハーブを使ったから何時もとは少し違うけれども、やっぱり美味しい。
彼を見ると、ガツガツと其れを頬張って居た。そしてスプーンをそっと置くと、僕の方を向いて微笑んだ。
「懷かしいねぇ。」
「え。」
僕はスプーンを戻す。
「良く母さんが作ってくれたなぁって。
確かエカルパル国の料理よね、此れって。」
「えぇ、はい。」
僕はぎこちなく頷いた。
「母さん父さんも死んじゃって、其れから食べてなかったのよね。
本当に、懐かしいわ。……ふふ。」
彼は其う笑うとゆっくりとスプーンを口に運んだ。
けれど、其の眼には何処か哀愁が漂って居た。
ぶっ壊したかったのに結局良い感じで終わってしまった。
* * *
此の作品が面白いと思ったら評価をお願いします。
モチベに成りますので、宜しければ。
其れと感想も気兼ね無くどうぞ。お待ちして居ります。
良かった所、悪かった所、改善点等有りましたらどうぞ感想にお願いします。
もし誤字や明らかなミスを見付けましたら誤字報告からお願いします。
宜しくお願いします。




