第百二十四話:入国しては寝台列車に乗り込んで
次の日、前と同じ様に門の前で審査を為れて居る。出身国は何処か、種族は何か、犯罪歴は有るか、何の目的で来たのか、等々……でも何だか前の時依り何だか甘い気がする。
出身国に限っても何か証明する物を出せ、と云う依りかは自己申告で通って了った。
さっきは国籍の載って居る名簿みたいな奴を出した筈なのに今回は違った。
そして、馬車の中も調べられて行く。
さっきは判子みたいな物を当てて魔法や魔法陣が仕掛けられて無いか調べて行くのだが、今回は其うでは無い。
危ない物が無いかだけ調べて終わりだ。ものの数分で終わった。
此んな事言うのも那れだが正直言ってザルだ。
……甘くて助かった。
「よし、大丈夫ですね。」
其の言葉と共に僕等はジュデバ国に入国して行く。
馬車がゆっくりと動いて行く。
「……走者が居なく為っちゃったけど……大丈夫何ですか?」
フ̇ォトフ̇ル̇ーの縄を引っ張って居る彼に僕は尋ねる。
ゆっくりと歩いて居る彼は僕の方を振り向く。
「あぁ、大丈夫大丈夫。俺が操作出来るからな。
けれど、那の長距離を運転為るのは正直言って疲れる。
だから雇って居た人に遣って貰って居ただけだ。」
後ろでふるふると唸って居る彼等に牽制為る様に其の縄を強く引っ張った。
へぇ……其うなのか。彼等は此んな豪華な馬車を保有為て居て、そして僕等四人と馬車の走者も雇う事が出来る。
もしかして、かなりお金持ちなのだろうか?
「あ、今お金持ちー、とか思ったでしょ?」
「……え、あ……いや……。」
見透かされて居る。僕は反応に困って言葉に躓いて了った。
「正直、カッツカツよ。」
「けれど! 商売を為るのだもの。準備は怠ったり出来無いわ!」
と小指を突き立てて良い笑顔を作る。
……其うなのか。確かに行商人みたいだし仕入れ費とか経費とか諸々含めると利益は余り出ないのかも知れない。殆どトントンなのだろうか。
僕等が彼等に着いて行くと広場みたいな所に着いた。
地面は砂利っぽくて周りはアジアみたいな木造建築の建物が並んで居る。
日本みたいな瓦屋根と、吊るされて居る提灯みたいな物が有る。
但し、日本の和風な那の画一的な街並みに比べて結構カラフルだ。
「じゃあ、此処でお別れね。
二ヶ月後、又此処に来て頂戴ね。」
彼女は微笑んで小指を突き出すと馬車をカラカラと音を立てて何処かへ行って了った。
多分何処かで商売をするのだろう。
「……お前等、如何する?」
フォードネイクが困った様な顔を為て僕等に訊いて来る。
僕等はまぁ、行く所は決まって居る。
「僕等はゴンブッドの方に行くよ。研究の為。
詳しい事を言ったら次の学会でバレたら嫌だから言わ無いけど。」
僕は少し言葉を濁した。もし此れが誰かに伝わって研究結果を盗まれでも為れたら嫌だからだ。
流石に考え過ぎかも知れないが、念には念を、と云う奴だ。
「俺は其の付き添いみたいな物だ。」
と言って僕の肩に腕を当てて来る。少し驚いて了った。
脳裏には『相棒』と云う二文字が浮かんで居た。
僕はふふ、と薄く笑った。……少し嬉しい。
「へぇ、疑うとったけどやっぱり魔導師なんやなぁ。」
感心する様に僕等を見詰めて来る。純粋で綺麗な青磁色だ。
「うん、本当はこっちが主何だけどね。」
自虐的に言うと、ロージアはガッハッハと笑った。
何だか、少し恥ずかしい。
口に拳を当てゴホンと言うと首を傾げてはにかんだ。
「うーん、まぁそうやな、親友の家にでも行くかなぁ。
最近会うてへんかったからな。ええ機会やな。」
「へー、親友?」
「せやでせやで。元々エカルパル国に住んでたんやけどなぁ。
移住為たみたいでな、まぁ〜其の所為で全く会うてへんかった。」
腕を組んで嬉しそうな表情で話を為る。尻尾がゆっくりと動いて居る。
「へぇ……。」
僕等の話を聞いて彼は目を丸く為る。そして右上を見、顎の辺りを掻いて考え込んで居るみたいに思える。
「……じゃあ、俺は観光名所でも回っとくか。金だけは其れなりに有るし。」
「んじゃあな。」
彼は右手を振ってくるっと回転為るとゆっくり歩みを進めてと何処かに行って了った。
「じゃあ俺も行くわ。ほなまた。」
彼も手を振ると彼とは反対方向に行って了った。
……彼等も何処かに行って了ったのだし、僕等も目的地へと向かおうか。
僕は寝台列車に乗って居る。ガダンゴドンと揺れて時々シュポーと音が鳴る。
此の国は公共交通機関が発達して居る。元々エカルパル国依り物価等が安い、ってのも相まって此処から目的地迄二十万ロンで行けた。ベリルに直すなら七万ベリルだ。エカルパル国だったら十二万ベリルは下ら無い。
「おぉ……此れが汽車かぁ……初めてだな。」
窓際の椅子に座りながら彼は窓を見て居る。
右手には緑茶を持って居る。彼は其れを一口飲んだ。
「あ、其うなの?」
「あぁ、エカルパル国でも乗った事無いしな。」
緑茶のカップを置いて彼は頷く。何処か安堵為る様な表情だ。
「……其う何だ。」
一度も汽車に乗った事が無いのはかなり引っ掛かるけれども、其れだけ仕事熱心だった、と云う事なのだろうか。
けれど此の国に比べたら余り整備も為れて居ないし当然と云えば当然なのかも知れない。
此の国はアㇻ̇バㇺ村の様な田舎でさえ鉄道が通って居るしな。
……僕等が行くのは其れ依りもっと田舎の場所何だけれどな。
彼は時計をチラッと見た。珈琲を一口飲むと体を前のめりに為せて口を開く。
「……昼食って無いんだよな?」
「うん、此の国、昼食って文化が無いみたい何だよね。」
僕は頷いた。勿論朝食、夕食、は有る。……そもそも、何時何時に食べる、と云う意識が薄い様に思える。
「本当かぁ……。」
悲しげな眼を浮かべて顔をやや下げると、彼のお腹がギュルギュルと鳴った。
顔を上げて驚いた様に瞳孔を細める。そして、恥ずかしそうに目線を逸らした。
「……昼食は無いけど、軽食なら有る筈だから食堂に行こうか。」
「え、あぁ……いや……別に……。」
僕が立ち上がると、彼は引き留めたいのか定まら無い眼で僕を見て来る。
「僕も空いてたしさ、行こう?」
僕が首を傾げて仄かに咲うとボソッと「あぁ……」と言って立ち上がった。
ガダンゴドンと揺れる汽車の中を移動して、僕等は食堂の前へと着いた。
扉を開けると、其処には奥にカウンターが在り、窓側にくっ付く様に椅子と机が置いて有る。
中は奥のカウンターに一人獣人が居る以外は誰も居ない。ガラ空きだ。
まぁそりゃそうか。此の時に来る人何て殆ど居ないか。
僕等は窓が見える席に座った。すると、カウンターから細身の虎の獣人が出て来て、メニュー表を置いて行った。彼は袴みたいな衣装を着て居た。内装は和洋折衷みたいな感じなのに。
「何頼む?」
メニュー表を真ん中に置いた。
但しメニューの名前は書いて居るのだけれども写真が無い。
代わりに、絵が描かれて居る。
写真技術は余り発達為て居ないみたいだから当然かも知れない。
「……ん、あ、此れ美味しそうだな。」
彼が絵を指して言った。其処には紅葉饅頭みたいな物が置かれて居た。
形はクローバーみたいだ。
「あ、マグベロ̉?」
「あぁ、マグベロ̈って言うのか。……じゃあ、此れ一つ頼もうかな。」
彼は小指を突き出した。……もう決めたのか、早いな。
頬杖を突いて景色が流れる窓を眺めて居る。
……如何しよう。案外メニューが豊富で決められ無い。
アンゴヂュも良いしバグべでも良いし……。
もう彼と同じ物に為て了おうか。
うんうんと唸って考え込んで居た僕はやっとメニューを決めた。
「決めた。」
「お、じゃあ押しちゃって良いか?」
景色を眺めて居た彼は僕の方を振り向いて呼び鈴を鳴らした。
チン、と甲高い音が鳴ってさっきの虎の奴がやって来た。
「……ご注文は何でしょう?」
紳士的な振る舞いで右手にメモ帳と左手に万年筆を持ちながら尋ねて来た。
「えっと……マグベロ̉とアンゴヂュを一つづつ。」
「はい。」
頷いてメモ帳に何かを書くと一礼を為てカウンターの方へ戻って了った。
* * *
「……案外大きいな。」
其う言って彼は其れを両手に持って頬張る。肉まんの様に紙が包まれて居る。
中からは湯気がほくほくと上がる。
「ね。」
僕は白玉の様な物を金属の箸で摘んで食べて居る。
「にしてもリング、箸の使い方が上手いな。」
一旦其れをお皿の上にそっと置いた。
「うん、前世の時に食事で良く使ってたからね。
何となく感覚で覚えてる。」
僕は親指と人差し指と中指で開いて閉じてを繰り返してみせる。
「へぇ……フォークとかスプーンとか使わ無いのか?」
茶碗を取ると窓の方をチラっと見て緑茶を飲んだ。
「んー、別に使わ無い訳じゃ無いね。
基本が箸、ってだけで。スープとかは使うかなぁ。」
僕は又箸を使って其れを摘んで食べる。
お菓子とだけ云うのだから甘いのだけれども、かなり自然な甘さだ。
何だか和菓子みたいに思える。
「……使い辛く無いか?」
「いや? 慣れれば殆ど何にでも使えるから使い易いと思うけど……。」
僕が其う言うとほぉ、と感嘆為る様な声を漏らしてマグベロ̉を食べ始めた。
「じゃ、お休み。」
「あぁ。」
寝台列車が夜でもゴドンゴドンと揺れる中、二段ベッドの下に居る彼に寝る前の挨拶を為た。
枕に頭を乗っけて瞼を瞑る。
ベッドはかなり硬いけれども久々にしっかりと為た状態で眠れる。
其れだけでも嬉しかった。
瞼の裏に黄色く迸る閃光を見ながら、僕は何時の間にか眠りに就いて居た。
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