第百五話:ぽっかりと空いた空白に思い出を
折角彼が来てくれたのだから、僕等は隣街へと遣って来た。
此の村を散策為るのも良いかも知れないけど……如何んせん何も無いもの。
「何処行く?」
僕は彼を見て尋ねた。
「んー、其うだな……あ。」
何かを思い出したみたいに空を見上げ、此方を向くと、本気で笑って居るとも取れないけれどかと言って作り笑いとも言え無い微妙な笑いを浮かべた。
「魔法具店って何処に有るんだ?」
「あぁ……えっと……其処だね。何か買いたい物有るの?」
僕は近くの看板を指した。以前見た時依り綺麗に為って居る。
いや形もデザインも変わって居る。新調為たみたいだ。
「いやぁ、特に無いんだが……に、折角遠くに行くなら競合相手は視察しとけ……って……。」
こめかみ辺りを人差し指で掻き、面倒臭そうに肩を竦めた。
「あー……。」
何となく彼等の関係性が垣間見えた気が為る。
「……僕も何か新しい物が無いか気に成るし行こうか。」
僕はシックな其の扉を開けた。カランコロンと音が為る。
「……あ! 久々ー!! へへーん。何がお望みかな??」
受付台の方に目線を遣るとゲーノが顔だけをちょこんと出して此方を向いて居た。
父親は何処へ行ったのだろうか。
「いや……特に今日は何も無いけど……。」
「無いのか〜〜〜……ま、いいや。ゆっくり見てってよ。」
彼女は笑顔を作り、僕の方に手を振った。そして、後ろの方に目線を向けるとぱあっと顔が明るく成った。
「……てか! 後ろに居る獣人! 同族じゃん!! 何処で見付けて来たの!?」
彼女は目に見えて興奮為て居る。台に腕を突きぷるぷると奮えて居る。
「あ、いや……此の人は僕のお父さんで……。」
「あ、其うなの?」
彼女は腕を突くのを止めた。
「うん。」
其の後、お父さんは如何為たかと尋ねると、今は出掛けて居るらしい。
何やら仕入れ先から無理難題を押し付けられて抗議しに行ってるんだとか。其れ以上は分から無かった。
だから今は彼女一人で店番を為て居るのだとか。……危な過ぎる。
拐われないかと心配に為る。彼が帰って来る迄の間居てやろうか。
僕は商品を眺める。ガラスケースの中には箒が在った。
中に有る説明文を見る限り如何やら最新の技術を盛り込んで作った一点物らしい。
綺麗な流線型を描き其々の金属を程良く装飾に使って居る其れを其れをじっと眺めた。
本来其れが持つ反射以上にピカピカと光って居る様に思えた。
「……此れ、幾ら?」
僕は受付台の方へと顔を向ける。
「ん〜〜、確か、八百万ベリル。」
正直言って高過ぎる。僕でも流石に払え無い程度の金額だ。
……けど、欲しいな。使え無いけど。
「……ん、お前、欲しいのか?」
後ろから彼が話し掛けて来る。
「う、うん……まぁ、其うだね…………けど、余りに高過ぎるよ……父さんに買わせる訳にも行か無いよ。」
僕は少し目線を下に遣って首を小刻みに横に揺らした。
十八歳とは云え、此の世界では立派な大人なのだ。
だから、彼に強請る様な事は有っては成ら無い。親のスネ齧る事が出来る様な年齢でも無いのだ。
其んな事為たら流石にみっともなさ過ぎる……。
「……あぁ。」
彼は尻尾と耳と肩をがっくりと落とした。多分買って遣りたかったのだろう。
……十八年間の空白が有るしなぁ、可愛がって遣りたいのかも知れない。
けどごめんね、此処で甘えては行け無いと思うのだ。
僕はガラスケースから離れた。
何処となく遣りきれ無い表情の彼が商品を眺めて居ると、彼女が急に口を開いた。
「……もしかしてリングの父って……魔法道具屋だったり為る?」
唐突に、何か確証でも有るのかにやにやと為た表情で彼を指す。
「え……あー……。」
僕は後ろを振り向いた。
「あぁ、其うだ。」
「あぁ! やっぱり〜〜、分かるんだよね〜〜鼻で!」
自身の黒い鼻を何度も指し、勝ち誇った様な表情で
「んで何ー、偵察ー? うちのお客取ろうたって其うは行か無いよ!」
彼女は腕を組んで居るみたいで、キリッと為た表情に為って踏ん反り返る。
「あぁ、いやいや……何方にしろかなり遠いし……。」
「あ、其うなの……。」
彼が胸の前で手を振ると、目に見えてしょんぼりと為る。
前は其んな感じは為無かったが、やっぱり本当に商人の娘何だな。
「何処等辺?」
「えーと……ヴ̇ュㇻ̇ネ区辺り……。」
「あ本当に遠いね……なーんだ。」
と彼女がカウンターの下に潜り込んでがっかりと為て居ると、背面の扉がガバッと開いた。思わず後ろを振り向く。
「あ、お帰り〜〜!! 如何だった?」
彼女は又台に乗り上げ店に入って来た店主に向かい手を振る。
店主は何処となく疲れて居るみたいだった。
「……駄目だった……。」
とぼとぼとカウンターの方へ行き、腕を組んで顔を埋めた。
僕達の事は目にも入って居無い様子だった。
……あれ、僕達幽霊にでも成っちゃったのかな。
「え!?」
彼女は彼を向いて腰を抜かす。
「あぁ。もうフ̇ュㇻ̇ゲリ̇ア商会からの魔法具は仕入れられ無いってさ。
今売って居るのは全部破棄為ろ、ってさ。」
「え、じゃあ……此れも?」
彼女は例の箒を指した。
「……あぁ。」
彼は顔を上げず曇もった声で応えた。
「じゃあさ、あげちゃって良い?」
「……もう何でも良いが……誰にだよ。此処には俺等二人しか居無いだろ……。」
彼は顔を上げた。そして目の前を見ると目を見開いた。
魂が抜けたみたいにあっけらかんと為て居る。
「こんにちは……。」
僕は首をやや傾げて語り掛けるみたいに言った。
「お、おぉぉぉ、おぉ、あ、こ、こんにちは!」
眼の焦点が合って居らず、ガクガクとぎこちないロボットみたいに挨拶を為た。
「あぁ、あ、カインドロフさんですよね!?」
「あぁ……はい……。」
彼は何だか余所余所しい。其う、まるで有名人に会ったかの様な其んな対応だ。
居心地が悪いな。
「ほら! ちゃんと敬語使って!!」
彼女の背中を叩いて言う。彼女は目を閉じて体を震わせた。
「いや……何で急に敬語に成ったんですか……。」
前回行った時は普通にタメ口に近かったじゃないか。
「だって、偉大な研究を為れた方に其んな事……。」
彼は僕から目線を逸らし恐れ多いのか声が上擦って居る。
あの……僕は無闇矢鱈に尊敬為れるのが好きでは無いのだ。大統領とか其う云うのでも無いのだぞ。
増してや、昔はタメ口だったのに急に敬語に為るとか、途轍も無く分厚い壁を感じて了う。
なら……。
「じゃ僕は敬語止める。此れなら良いでしょ?」
其う、敬語を使わ無い事に為たのだ。僕も変わってかねば為らない。
此の国では敬語は距離を取る事に為るのだから此方から距離を詰めれば良い。其う考えたのだ。
「え……あ……。」
否定為そうに為る彼に矢継ぎ早に言葉を投げ掛ける。
「そもそも、距離を詰めててくれてたのに此方から距離を取ってたのもおかしな話だしね。」
「其れに崇拝みたいに尊敬為れるのって余り好きじゃ無いの。」
「今迄あんまり目上の人とか全くの他人に対して使って来無かったのよ。
理由は……何だろうね、其れが礼儀だと思って居たからだね。」
「けど、此の国は其うじゃ無い。適度適度使ってかないと失礼に為る。」
「ね? だから対等な位置でさ、話しても良いと思うんだよ。」
「う……うん……あぁ。」
流石の彼も幾度どなく放たれる言の葉には耐えられ無かった様で、納得為て居無い表情で其れを受け入れる。
「……あの、お話終わった?」
彼女はカウンターから顔をひょっこりと出して僕等を様子を伺う。
「うん、多分言っても大丈夫だと思うよ。」
ドゥレマが優しく言った。
「此れ、上げても良い?」
「ん、あぁ、其うだな。国に貢献為た人何だ。上げても良いかな。」
「わかったー!!」
ドタドタと足音を立てて後ろへと行く。
そして戻って来た頃には其の小さい手で鍵を持ち、南京錠をガチャガチャと素早く開けた。
「ほいー、どーぞ。」
台の上に其れをそっと置いた。
其れは艶やかな黒色の木材で作られて居り、箒の穂は硬くガッチリと為て居る様だった。普通の物とは違い中央には窪みが有って座り易く成って居るみたいだ。
更に意匠の施された其の姿、綺麗だ。一種の芸術品と言っても差し支え無い。
……凄い。此んなのが貰えて了う何て。僕は固唾を飲んだ。
ゆっくりと其れを手に持った。目を見開いて其れを眺めた。
ふとドゥレマを見ると何だか微妙な表情を為て居た。
僕は其れをそっと置いた。罪悪感が募って来る。やっぱり、貰え無い。
「あの。」
「僕は此れを買える様に為る迄、置いといてくれないですか……?」
彼の目を見てきっぱりと言った。
「いや……其れは何でだ。」
「……けじめ。」
此んな高い物、ただで貰う訳にも行か無い。其れにドゥレマの面目を丸潰しに為て了う。
「……うーん……はぁ、其うか……分かった。」
彼は目を閉じて頷いた。僕の真意が伝わって居るだろうか。
一度決めた事だ。チャンスを逃したのは自分だ。二言は無いぞ。
なんやかんや言って何気ない日常が後々記憶に図太く残ると思うのですよ。
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モチベに成りますので、宜しければ。
其れと感想も気兼ね無くどうぞ。お待ちして居ります。
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