第百四話:継承と切願
未だ彼等のお話は続きます。と云うか此処でしっかり書いて置かないと後々ストーリー的に困るのです。
「あぁ、そうだそうだ、渡したい物が有ったんだ。」
ドゥレマは紅茶を一口飲み、自身のポケットを探って居る。
「……何?」
「此れ。」
彼は籠を一旦退けると懐中時計を机にそっと置いた。
其れを受け取る。後ろを見てみる。其処にはエカルパル語じゃ無い文字で何か書かれて居る。
余りジュデバ語には詳しく無いのだが、多分エルブレドと書いて有る。
其れはかなり錆びれて居るみたいで、ヅァェヲ̇センㇳの本来放つ輝きは失われて居た。
僕はぱかっ、とボタンを押して開けてみる。
中は普通の懐中時計みたいだったけれども、針が止まって居る。
少し長針を弄ってみるものの魂でも抜けたのかぴくりとも反応が無い。
ふと、魔力を流してみた。自分の掌から力を篭める様に、静電気を放つ様に、全体に行き渡らせる。
けれど針は動か無い。代わりに蓋の後ろっ側に人が浮かんで来た。
カラカル種の親子二人が赤子を抱き抱えて居る様子だ。
女性の方が赤子を見たり男性が目をぱちくりと為せて居る。
彼を見てみた。もう一回、其の動く写真を見てみる。
そして、彼と交互に見比べてみる……此処に写って居る男性は若い彼みたいだ。
「あの……此れって……?」
すると、彼は目を瞑り、瞑想為る様に深い沈黙を為た。
「……此れはな、俺等の家族の証だ。」
目をゆっくりと開き、僕の眼を其の青柳色の眼で魅入る様に見て居る。
彼の目に映るのはきらきらと煌めく一点の光、そして、何処迄も続く広い闇が広がって居る様に見えた。
其の儘吸い込まて了いそうだ。少し、僕は怖気付いた。椅子を後ろに引いた。
「で……成人為る時、俺等の持って居る何かを渡すんだ。」
彼は紅茶を飲んだ。噂には聞いた事は有る。確か、余り帰省を為る文化が無いからだとか。
けど、案外妥当かも知れない。野性で何て、群れから離れたら其れっきりだもの。
「……そろそろ、母さんの墓参りも行かないと為ら無いしな。」
彼は薄く笑った。眼から光が消えた気が為る。
「けど……此れ……かなり年季が入って居る様に思えるけど……。」
其れを机の上にゆっくりと置いた。
「あぁ、此れは俺が先祖代々受け継いで来た物なんだ。
ほれ、ちょっと貸してみろ。」
手を伸ばし、其れを取ると掌に乗せて何かを為始めた。よし、と小さく呟くと、其れを僕に向けて見せて来た。
「……ほら、父さんが魔力を流すと親父と母の姿が見えるんだ。
お前から見て祖父母に当たるな。」
彼は蓋の裏を見せて来た。其処には、やはりカラカル種の親子が三人の子供を抱いて居るのが見えた。
祖母が二人を抱きかかえ、祖父が一人を抱いて居る。
「此の真ん中の所がお父さんだ。」
彼は机に乗り上げて真ん中辺りを指して居る。
「……隣は?」
「隣が俺の兄と、そして妹だな。」
へぇ、お父さんって三人兄弟だったのか。
お父さんのお兄さん……伯父かな、彼に比べて少し小さい様な気が為る。
「……ん、けどさ、先祖代々、って言ってたよね?
けど、そしたら其の二人は何を貰ったの?」
もし先祖代々と言うのなら二人も貰って無いとおかしいんじゃないか? と思った。
「二人は確か……う〜ん、何だっけ、欲しい物を貰ってた様な。
正直、お父さんは欲しい物が無かったからな。だから此れを貰ったんだ。」
彼はもう一回其の時計を見せ付けて来た。そして、机にそっと置く。
彼のエピソードを聞いて居るとかなり無欲に聞こえる。
本当に聖人だの善人だのと言われる人はやっぱり此の様な人で有るべきだ。
僕は言われても絶対に否定為るぞ。優しいは兎も角、其れだけは絶対に有り得無いからな。
いや、認めるべきなのだろうか? 言われたら。……けれど其んな崇められる器も無いしなぁ。
そもそも人に慕われるのが余り好きでは無い。だが、前世で扱き使われた様に、那あ云う事は二度と経験為たくも無い。
成るべく、人と対等で居たい。……うん、変わってかねば為らないな。
僕は時計を受けとるとぎゅっと握り締めた。
「……あの、名前の由来……って、一体なあに?」
其れをポケットに了うと彼の眼を見て尋ねてみる。
エカルパル語でクリナグル、が語源の名前かと思ったけど、ジュデバ帝国出身なら多分意味も変わって来る筈だ。
そもそも、此方の世界に意味を込めて名前を付ける何て云う文化が有るか如何か分から無いけれど。
「あぁ……其うだな。」
彼は顎の辺りに手を遣って薄く微笑んだ。
楽しそうだ。
「クリ̉ン゜、クル̉タェピア……ル̉レ̉……。」
彼は聞いた事の無い不思議な言語で話して居る。
何だか歌って居るみたいな不思議な韻の踏み方を為て居る。
「あぁっと、えと、多分デーヒャェオパドィー、とか、エㇷ゚トアって意味だ。」
「あー、ル̉スー、が……あー、イㇻ̇ベナーポリ̈って意味だ。」
「似た様な意味の単語をくっ付けたんだ。屈しず、勇猛に生きて欲しい、って。」
手を机の上で合わせ、僕の眼をしっかりと見遣って来る。
うっ、と胸が痛んだ。
……屈しず、勇猛に、か。本当に僕は其の様な事を出来て居るのだろうか。
名前の重みをひしひしと感じて居ると、ヷルトが話し掛けて来た。
「はは、名前通りだな。」
「へ?」
名前通り? 嘘だろう。社交辞令に決まって居る。
「確かにお前駄目な所は有ると思うさ。」
「けど、其の名前貰ってから屈した事は有ったのか?
無かった様に思えるけどな、俺は。」
真面目そうな顔で僕を見詰め、紅い目は何処か僕の心を覗く様に透き通って居る気が|為《》た。
ドゥレマが立ち上がった。何を為れるのかと身構えた。
彼の姿がやたら大きく見えてもしかして殴られるんじゃないかと憂虞為る。
何故其う思ったのか自分でも分から無い。
彼は頭をわしゃわしゃと撫でて来た。
……もう、ほんと、毛並みが崩れるって。
僕は少し口角を上げた。
「うんうん、そうか、良い友達を持ったな、リング。」
彼は椅子に戻ると紅茶のカップを眺めて居る。
軽く頷くと眼を右へと動かした。
彼は目をゆっくりと閉じ、開ける。
「……な、ヷルト……で有ってるかい?」
「はい。」
「どうか、此れからもリングと良くしてやってな。」
彼に近付いてホスト座りみたいなポーズを為ると、彼の手を握った。
「えぇ。」
ヷルトは手をそっと取って頷いた。ゆっくりと、思慮深く。
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