第九十九話:ヹードの巣へ
「……よし。」
僕は祈る様なポーズを止めた。
石を積み上げて其処に板を掛けて名前を入れた。
……名前何て分から無いから種族名と命日を入れただけなのだけれども。
もう皮を剥ぐのは終えた。ヷルトが手伝ってくれた。
何時も殆ど一人で遣って居るから二人で遣ると此んなにも素早く終わるのかと吃驚した。
おまけに、彼は皮を剥いだり肉を削ぐのも上手かった。骨と肉にナイフを入れるのが恐ろしく上手かった。
流石、元アヲセントレベルなだけは有る。
「……終わったのか?」
ファルダが此方を見下げて来る。
「うん。」
「……お前、結局は魔物何だから其んな事為無くても良いんじゃないか?」
ヷルトが後ろから話し掛けて来た。ファルダは兎も角、ヷルト迄僕の行為を奇妙に見て居たのだ。
「うーん……そりゃ其う何だけど……何かね。」
僕は立ち上がって彼の顔を見た。理由が分から無い様で首を傾げて居た。
僕が殺した事に対する罪滅ぼしを為たいのかも知れない。
前世では命を殺す何て事、経験為て来無かったし。
「……んじゃ、行くか。」
ファルダがゆっくりと立ち上がった。
「あー……けどどーしよ〜かなぁ……んー……。」
彼は人型の儘森の中を歩いて居る。ずっと右上を見たまんまで何だか考え込んで居るみたいだった。
「親父に許可取れっかな〜……。」
彼はぼやいた。そもそも彼等に親子とか云う関係が有るのか。
少なくとも彼が言って居ると云う事は其う云う概念が有る事に成る。
「親父?」
「そ、親父。」
此方を見て流し目で其う言って来る。
「んーけど……アイツ何だろ、排他的? って言うんかな。
部外者に対して扱いが良く無いっつーか……そーゆーとこあっからな〜……。」
彼はぺっと、痰でも吐き捨てるかの様に言った。
排他的、か。じゃあ余り期待は為無い様に為た方が良いかな。
「後俺そろそろ巣から出なきゃなんねぇ所為で親父と仲わりぃし……。」
「何でだ?」
ヷルトが彼を覗く様に見る。
「さあな。多分群れから追い出したいんじゃねぇか?」
「しゃーねぇんだけどさー。」
彼は腕を組んで其う言った。
……其んな真面目な話の中申し訳無いのだが、僕はさっきからと或る事が気に成ってしょうがない。
「あの……。」
「何だ?」
僕が恐々と彼に話し掛けるからか、何か有るのかと首を傾げ眉を下げて居る。
「……何か、あの、穿いてくれない?」
別に洋服を着ろとは言って無い。けれど……一応……人間体なのだから……。
流石に、下半身丸出しは如何な物かと。
「え、何でだ?」
「何か……。」
「えーだってお前等毛皮有る癖に衣服羽織ってる方がおかしかねぇか?
毛皮に毛皮着てるもんじゃねぇか。」
彼は眉の辺りに皺を寄せて僕等の衣服を指す。
「そう?」
そもそも当たり前過ぎて気付かなかったのだが、其処迄おかしい事だろうか。
其う言われれば其んな気が為る。
いや……けど……やっぱり社会的な、公共の場のルールと為て有った方が良いだろう。
「まぁ……分からんでも無いが……此れは一応防具何だけれどな?」
彼は自分の防具に親指を入れ、少し持ち上げてチャカチャカ、と音を立ててみせた。
「え? 要んのか其んなの?」
ファルダは呆気に取られた様な顔を為て彼を見る。
「要るぞ。でなきゃ死ぬからな。」
ヷルトは淡々と言った。
正直、僕は防具何か要ら無いかと思って居た節が有るのだが、今回で其れを痛感為た。
……うん、やっぱり防具は有った方が良いな。
「死ぬ前に逃げりゃ良いじゃん。」
「其れもなぁ……仕事だから其うも行かないんだよな……。」
前に説明為ただろうか、契約不達成の場合は違約金が発生為る事。
勿論、何かイレギュラーが有った、とか、もう此れは不味いと成ったら違約金が発生為無いケースも有るが、大体は認められ無い。
死にそうだった、なぞ其んな理由でははっきり言って無理だ。
多分彼は其の事を言って居るのだろう。
「……ふーん、何だかお前等って面倒くせぇんだな。
見た目だけでは言やぁ俺等と近ぇんに。」
彼は自分の耳を押さえた。
「獣人、だからね、やっぱり『人』、だから。」
僕は彼を宥める様に其う言った。
そう、結局は獣から進化為たとは謂えども『人』なのだ。
『人間』、では無い、其れだとヅィー族の事に為って了う。
「……あぁ、其うか。」
途端に、彼の声が弱々しく成る。
尻尾も心亡しか下がって居る様な気が為る。
……何か、ごめんな。
* * *
「おーいクソ親父ー!!」
遠くから声が聞こえる。一応、何かが有ってからでは駄目だと言うので草の後ろに隠れてろと言う。
其んなんで平気なのかと思うけれども何やら臭いを消す魔法が有るらしい。
教えてくれないかな、とは思ったけれど二度と那んな事は経験為たく無い。
……自分で見付けるしかないよなぁ。
僕は其んな呑気な事を考えて居ると又彼の声が聞こえた。
「あ? 何だ。」
「いや、なんつーかな、仲間っつーか……。」
「部外者か。」
「いやいやいやいや部外者では無くて……。」
「外の者なのか?」
「……いや、うん……うんまぁ……。」
「けど! けどぜってぇに那れだから! 村に危害は無いだろうから! な!」
「いいか、」
父親らしき男性の声が一段階低く成る。
そもそも此奴等は魔物だろう? 何故エカルパル語で話して居るんだ?
其れもかなり流暢な喋り方で。
けれど、其んな事が些細な事に為る位僕はドキドキと為て居た。
もしかしたら殺されるかも知れないのだ。軽はずみに言ったが故に。……後悔は為て無いけれど。
「魔物は危ないんだ、俺等みたいに人語を理解為る術も無い様な奴等ばっかだ。」
「いや、魔物じゃ無ぇ……。」
「じゃあ人間か?」
「いや……うーん……。」
「いいか、人間も途んでも無い奴等ばっかりだ。」
「……いや……。」
「じゃあ何だ? 獣人か? 那奴等は一番駄目だ。
那奴等は本当に獣みたいな奴等だ。知性は有る、けどな、敵と思った奴には容赦は無い。
其んな奴等に肩を入れ込むな。」
「いや……いやあの……。」
「と、取り敢えず見てくれ! な!!」
ファルダは困ったのか此方へと走って来る。
ざっざっざ、と草を踏みながら。
「おーいリングー!! ヷルトー!! 出て来てー!!」
ファルダの犬顔が真上に見えた。
僕等はゆっくりと立ち上がった。
「……どうも……すいません……。」
僕は成るべく悪印象を与えない様にと笑顔を作ってへこへこと為る。
「……!!」
僕等を見るなり彼は目を見開いた。そして僕を眼力強く睨み付けて来た。
……何だか、険悪な雰囲気だった。
何だか突発的な展開ですか一応関係無い訳では無いので悪しからず。




