第十話:悪魔=クリングルス?※
十月三十一日、改稿しました。
一月二十日、改稿しました。
ドンドンドン、と扉が叩かれる鈍い音で僕は目覚めた。
煩いなぁとは思いつつ扉を開けると、急に槍みたいな物が飛んできた。
一体、何なんだ。此処は戦国の世だったか? いや、此れは悪夢に違い無いだろう。
然し、鈍かった。
いや、正確には早いのだろうけど、僕には遅く見えて居た。
スローモーションみたいにグググと僕に迫って来る。正確に捉える事が出来たのだ。
其れだからか、僕は槍を掴む事が出来てしまった。自分でも内心驚いて居る。
金属との付け根の所をがっしりと握って居る。
「うぐぐぐぐぐ…………‼︎」
どうやら刺そうした主は女性の様で、顔に皺を寄せて居る。
……途轍も無く強張った表情だ。恨んで居る相手を殺そうとする様な其んな顔に見える。
如何やら悪夢でも何でも無いみたいだ。おいおい、僕を殺そうとする何て僕は本当に何をしたんだ?
「あの……。」
取り敢えずは平和的に行こうと僕が話しかけた途端、槍がぶっ壊れた。粉々に。
握り過ぎたのだろうか、其れ共元々酷く劣化して居たのだろうか。
えぇ。僕は少し許り混乱して居る。
「…………‼︎」
女性の顔はみるみる内に青褪めて行って、正座をし、後ろに手を回す。
其んな、其んなにも僕に敬意を払わなければ行けないか?
此の国での最上級の敬意の払い方ではないか……。
「どうか……‼︎ どうか息子の命だけは取らないで下さい‼︎」
彼女は顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔だ。いや、如何して?
僕が一度でも其んな事をしようとしたか? 其んな悪趣味な癖は無い。
「……はい?」
僕の思考は停止して居た。思わず呆れて、其んな言葉を吐いてしまった。
一体何を言ってるんだ此奴は?
何故、僕は誰かの命を刈り取る。……何て事に成ってるんだ?
自殺した人が人の命なぞ易々と取る物か。
「えっと……お母さん取り敢えず顔を上げて……。」
取り敢えずは彼女を宥めようと足を曲げてホスト座りみたいなポーズをした。
背中をぽんぽんと叩くと、彼女は顔をガバっと上げて必死の形相で言葉を紡いで行く。
「どうか……どうか我が家の飼い犬を生贄に捧げます‼︎ さっきの無礼は赦して下さい‼︎」
と言うと那の風呂の火入れを邪魔しようとした息子が現れた。
リードを持ち、六つ脚の犬の様な魔物、ヹードを引き連れて居る。
ああ。此の子の親だったのか……面倒臭い事に成るだろうと思ったらやっぱり成った。
野生の勘は当たる物なのだな。
僕は溜め息を吐いた。然し其んな事も束の間、彼女は包丁みたいな物をので其奴の首を掻っ切ろうとする。
「止めて下さい‼︎」
僕は持って居た包丁を無理矢理奪い取る様にして止めさせた。
ヹードは隙を見付けて其処から逃げ出してしまう。
飼い犬、何だろ? ペット、何だろ?
もしかしたら其れ以上かも知れない存在を何故捧げようとするんだ⁇
僕は其んなの貰っても嬉しくとも何とも無い。只々不快なだけだ。
僕の脚はやや震えて居たと思う。怒りか、恐怖か。はてさて憐れみか。
「も、もしかして私の魂が欲しいのですか⁇」
彼女は顔を上げて頓珍漢な事を言って来る。
魂? はい? 魂? おい本当に何を言って居るんだ、此奴は。
「いや違います‼︎」
僕は拳を握り声を荒らげてきっぱりと否定する。怒りが頂点に達して居たと思う。
興味も無いし要らない。そもそも如何やって魂を取れば良いんだ。
「息子の事はどうか……どうか……‼︎」
其んな思いも露知らず、彼女は必死に、僕に縋り付きに呼吸を荒くして言う。
顔はぐしゃぐしゃに成って瞼からは涙が漏れ出て居る。
如何やら、本当に僕を畏怖の対象として見て居るみたいだった。
心底呆れ返った。
僕は「はぁ」と大きく溜め息を吐いた。僅かながら頭が重い様な気がする。
摩ってみても治る事は無い。理由は一つ。
此の家族が嫌いだからだろう。
本当に、何を考えて居るんだか、此奴等は。全く理解が出来無い。
他人に此うも巨大な嫌悪の感情を抱いたのは久々だ。
もう此んな茶番に付き合ってられない。僕は彼等に目線を向けた。
そして、口をゆっくりと開いた。
「そもそも息子さんを狙ってもいませんし魂なんか欲してません。
其方の息子さんが危ない事をしたから叱っただけです。」
此う云う時はキッパリハッキリと否定して置こう。僕は淡々と事実を列挙する。
彼女は息子が其んな事する訳が無い、みたいな顔付きで首を傾げて居た。
其処迄言わなきゃ駄目だろうか。
「……私が入浴しようと火を付けて居たら、彼が炎魔法を放とうとして来たんです。
此んな所で其んなもん放たれたら、危ないに決まって居るでしょう?」
すると、彼女は僕の事を恨むみたいにぎっと睨んで来る。歯軋りをして居る。
怒って居るのだろうか? 其れとも嘘を吐いた、とでも思って居るのだろうか? 被害者ヅラしないで欲しい。
僕が止めなければ如何成って居たと思う。
そもそも子供をしっかり見張って居なかったのは何処の何奴だ。
親の責任も多少なりとも有るのではないか。其れを放棄して居たのは何処の何奴だ。
「其れと飼い犬と言えど家族は大事にして下さい。
仮に相手が悪魔でも易々と命を差し出す真似はしないで下さい。」
「おまけに僕は悪魔じゃ有りません。只のカラカル種の〈猫〉……虎系獣人です。」
其の言葉に彼女は目をまあるくさせた様な気もしたが、もう彼等の姿何て見たくも無かったので、其う言ってパタンと扉を閉めた。
僕は何故かほっとして大きく息を吐いた。けれど其処迄して気付いた。
只の、ってのはおかしいだろうか。少なくとも紅目で、転生をして居て、普通では無い事は明白。
けど言ってしまった物は良いか。後悔しても後の祭りだと良く言うではないか。
もう流石に行ったかな、と扉に右耳を付けると未だ未だ何か聞こえて来る。
「良いわね、那れは那あ言って私達を狙っているの。
だからお祈りが必要よ。教会でしっかりお祈りして加護を貰うのよ。」
……思わず顔を顰めた。話して居る言語はエカルパル語の筈なのに何一つ理解が出来無い。
やらかしたか、と上を向いて額に手を当てた。『後悔しても、後の祭り』──はぁ、もう。
さっき思った言葉が自分の身に大きく返って来る。
「そしてちゃんと悪魔には捧げ物を捧げましょう。
しないと魂があっと云う間に奪われてしまうわ!」
もう、頭の頭痛が痛い。今日は雨でも降って居たっけか?
聞いて居るだけで気が滅入ってくる。
何で此うも、悪い方向へ悪い方向へと物事を持って行くんだ。
僕が言った事を曲解し過ぎじゃないか。いや違う、そもそも話を理解する気すらない。
人間って、恐ろしい。其れをひしひしと味わった早朝だった。
思わぬ来客で予定が狂ってしまったけれども、気を何とか持ち直して手紙を書こう。
確か昨日は十六人分書いたから残りは六人……なら、テルズメットさん宛にでも書こうか。
テルズメットさんは研究の様な調査みたいなソレにかなり協力的な人だ。
那の人が居なかったら、僕は今ソレをやれて居ない。……色々と面倒臭い人では有るが。
ガルとは違い、スラスラと筆が進む。身内依り外部の人の方が筆が進むとは如何云う事なのだろうか。
身内だからこそ、繋がりが深いからこそ、書き辛いのかも知れないのかもな。
よし、なら此の勢いで書いて行こうじゃないか。
僕は総ての手紙を書き終えた。右手の手首と前腕の辺りが痛い。
きっと昨日からずっと右手を動かして居た所為なのだろうな。ふわあと欠伸をして空中で指をポキポキと鳴らす。
ふと、窓から外を見ると未だ日は沈んで居なかった。
そうか。未だお昼なのか。
……じゃあ那れもやってしまおうか。
僕はその手紙の裏に青いチョークで魔法陣を描いて行く。
一応、紙を硬くする魔法と水に濡れても平気な様に撥水させる魔法も掛けて置こう。
其れを二十二人分描いたから次は其れを折り紙みたいに折っていく。
此の為に正方形にしたのだ。
蝶の形に折れた。後は一つ一つに魔力を流すだけだ。
手から暖かい何かが流れる。すると、其等は羽をゆっくりと動かし、ひらひらと飛んで行った。
空はもう、赤く、真っ赤に染まって居た。
蝶の折り紙が夕日に照らされて、オレンジ色に輝いて居る。
本物の蝶みたいだ。
彼等には別れる時や来た時にプレゼントとして置き時計や家具等を渡して置いた。
前々から、此の村に移住する事は計画して居たのだ。
其処に裏や隠れた所に魔法陣を描いて居るから多分届く筈。彼らが魔法陣を消してなければ、の話だが。
それと彼ら側の魔法陣には特殊なチョークを使ったから、反応した一週間後位には消える。
悪用されると困るだろう。勝手に描いといて何だと云う話だが。
僕が其等をひらりひらり、ゆっくりと飛んで居る様子をぼうっと眺めて居ると、何か声が聞こえた。
其れも僕にとって其れなりの音量で。如何したのだろう。折角此んな綺麗な景色なのに。
「何あれ⁉︎ 不吉な前兆じゃないの⁇」
「悪魔よ‼︎ 悪魔からの報せよ‼︎」
「殺すって意思表示じゃないの⁉︎」
村の人々が其れを見て吃驚して居たみたいだ。
其れだけなら良い、悪い方向へと取られて居る。
ああ、其う云う事か。やってしまったかも知れない。
『後悔しても、後の祭り』……あぁ。僕は頭を掻き毟った。
もう、はぁ。遣る瀬無い。
そもそも悪魔では無い。只の一般獣人なのに、何で此んな事をされなきゃ行けないのだろうか。
如何したら彼等に僕が飽く迄悪魔で無い事を伝えられるだろうか。本当に不満に思った。もう、項垂れるしか無かった。
あ、言い忘れて居た事が有りました。
此の国は海外みたいに名前・名字では無く日本語と一緒で名字・名前です。
なのでリングさんの場合、
『カインドロフ』が名前では無く、『クリングルス』が名前なのです。
因みにミドルネームも有りません。
強いて言うなら、ミドルネーム的なものが或るのは王族や其の関係者なので、今ではミドルネームを持って居る人は数少なく成って居ます。
此の国、此の世界では珍しく王朝では無いですからね。
王様や皇帝が居ないんです。




