第八十九話:父親と云う物は
僕はさっきの髭を蓄えた学会員に連れられてと或る個室にやって来た。
「……君は凄い事を発見した。だから、正式に学会員として認めます。
此れは会員証だ、受け取ってください。」
渡して来て居る人は髭を蓄えた人では無い。熊の獣人で、やや小太りの男性だ。
表情や仕草から良くも悪くも行政の人間、と云う感じだ。
「は、はい……。」
僕は差し出されたカードを受け取った。
金縁で装飾がされて居り、四隅は水色の小さな宝石があしらわれて居る。
中央には僕のフルネームが入って居た。
豪華だ。
跳ねた様な装飾は勿論綺麗だし、素敵で有るけれども、何故か余り嬉しくは無い。
此の為に頑張って来たと言っても過言では無いのに。
「其の表情は如何した? 緊張したか?」
隣に居るさっきの男性が自身の白髭を触りながらにこやかな笑顔で言って来る。
さっきの怖い表情は何処へやら。
「えぇ……まぁ……。」
きっと引き攣った様な笑いに成って居るだろう。
素直に喜べ無い。空虚だ。虚無だ。まるで感情の無いロボットみたいに表情が強張って居る。
何となく。遣る瀬無い気持ちに成って居たのだ。
僕は其の後其の部屋から出て来た。
ヷルト達にはきっと遅く成るだろうから先に帰って貰う様に頼んだ。
迎えの居無い、淋しい帰り道だ。
其れどころか、さっき迄がやがやと賑わって居た筈なのに、学会も終わって了ったからか人っ子一人存在し無かった。世界が終わって了ったみたいだ。
……帰ろう。
僕は弱々しく活力の無い様に歩き出した。
そしてカードを眺めてはぁと溜め息を吐いた。
もう一回、前を向いた。やっぱり誰も居無い。
「おーい。」
僕がとぼとぼと歩いて居ると、突然、肩を叩かれた。
びっくりした。ゆっくりと後ろを振り返ると狐顔の彼が居た。
「え、如何したの?? もしかして待ってくれてたの!?」
窓を見ると、オレンジ色の眩しい夕日が射し込んで来て居た。
「いやぁ……其れがなぁ……。」
彼は何故か苦い笑いを浮かべて首元を触った。
一体、如何したのだろう、何かトラブルでも有ったのだろうか。
「おいで。」
彼は何故か僕の手を取って小走りで連れて行く。
夕日からはどんどんと離れて行き通路は薄暗く成って行った。
すると、柱に腰を掛けて居る一人の獣人の姿が見えた。
薄暗くてよく分から無いが……多分、猫系の獣人だろうか。
身長は僕依り少し低い位。
下を向いて居た彼だったが僕等の足音が近付くと顔を上げた。
二度見する様に此方に目線を合わせて来て、僕の顔を見るなり驚いた様な笑顔をした。
すると、駆け寄って来て僕を抱き締めた。
其の異様に固い腕が僕の腹と背中に当たる。
もう僕は混乱状態だった。
何故? 何故此の人は僕の体を抱き締めて来て居るのだろうか?
そして何故僕を待って居たのだろうか?
一通り僕を抱き締め尽くすと、彼は僕から腕を離して此れ以上無い程屈託の無い笑顔で此う言った。
「やっぱり!! やっぱりリングじゃないか!!
あぁ、其の黒い体毛!! そして其の切れた様な目!! やっぱり……。」
彼は其う言って喜んで居る。いや、ちょっと待て? 一体何が起こって居るんだ?
此の人は、本当に誰なんだ?
顔を注意深く見てみると長く房毛の付いた耳と、目の下から伸びる牙みたいな模様、そして額には三本の線が有った。
……もしかして、此の人は僕と同じ種族なのだろうか?
「え、えっと……其の……。」
僕は言葉に詰まっておどおどしながら理由の無い言葉を放った。
「……あ、あ、ごめん……えっと……。」
状況を察したのか僕みたいにおどおどし始める彼にヷルトが助け船を渡した。
「此の人はな、お前のお父さん何だってさ、育てじゃ無く、産まれのな。」
「えぇ!?」
淡々と言うヷルトに驚いた。そして前を向いて彼の顔を見詰めた。
不測の事態だった。まさか、産まれの親が現れる何て。
でも、何で? 僕は捨てられたんじゃないのか? 何で、抱き締めて来るんだ?
其れに……僕が転生して居る事は知って居るのか?
もし、もしだが、助け合って願って産まれた子供が……前世等と云う記憶と魂を持って居たら、如何する?
「……俺だってビックリしたさ、如何やら学会での発表を見てたんだってさ。」
ヷルトはやや下を向いた。そして僕の顔を見詰めた。
「うん……其うだ、お前の、親だ。」
と言って、自分自身を指す
「エルブレド・ドゥレマ。」
「……ずっと、会いたかった……。」
彼は斜め下を向いて其んな事を言うが、全く、実感と云う実感が沸かない。
映画を途中から見せられて居る様な、其んな感覚だった。
「……取り敢えず……此処じゃ話辛いから……何処か、行こうか?」
其のドレムと云う男性は僕の手を取って朗らかに言った。
手袋越しの手の感触だが、生物の手に握られて居る、と云う感触が無かった。
ドゥレマに連れられて僕は喫茶店へとやって来た。
彼はコートを脱いだのに手袋だけは外して居なかった。
「……好きなもん、頼んで良いからな? お父さんが奢ってやる。」
立派に父親面をして其う言う。何故か、少し腹が立って居た。
何故、其処迄良くしてくれるのか、理解に苦しんだ。
僕は父親と云う物を知ら無いのだ。前世でも、今世でも。
そもそも、捨てた筈なのに躙り寄って来る何て、何だか気持ちが悪いのだ。
此れが著しく馬鹿な考えなのは自分でも分かって居る。
「その……狐のお友達さんも……。」
「自分は……大丈夫です。其んなにお腹も減って居無いので。」
彼はメニューも見ずにニコッと笑った。
「いや、けど……ほら、喉は乾いて居るだろう?」
「……じゃあ、すいません、お言葉に甘えて……此れ。」
彼は考え込む様な仕草を見せるとメニューの中でも一番安い紅茶を選択して居た。
「はーい、店員さーん!!」
彼が呼んでから程なくして店員が紅茶を持って来た。
「すいません……。」
彼はへこへこしながら其う言った。
ドゥルムと云う男性は何処かへこへこして居る様に見えた。
「……リングは……。」
僕はメニュー表を置いた。
取り敢えずは、訊きたい事が山程有る。如何して僕を捨てたのか、生まれは何処で何の様な家計なのか、母親は如何したのか、そして……転生して居る事は知って居るのか。
「……何で僕を捨てたんですか?」
少し、苛付いた様な顔をして居たと思う。
幾ら此んな形に成って了ったとは言え、僕を捨てた事には心底腹が立つ。
本来、此処に収まるべきだった魂が可哀想じゃないか。
「えっ、あぁ……其うか……。」
彼は渋い顔をする。そしてさっき店員に頼んだ紅茶を一口だけ飲んだ。
「あっぢ!!!」
彼は口を押さえて居る。
大丈夫なのだろうか。色々と。
「……えぇっと……な?」
彼は神妙な面持ちで話始めた。
懺悔を吐き出すみたいな、其んな感じに見えた。
今回はキリが良いので此処迄。
リングのお父さんと謳う人物が出て来ましたね。
あ、其れとは関係無いのですが、とても恥ずかしい事ですが、獣人国の名前を忘れて了いました。
おまけに、資料も紛失して了いました。
どうか、優しい読者の皆々様方、教えて下さると助かります。
此の作品が面白いと思ったら評価をお願いします。
モチベに成りますので、宜しければ。




