雨あがる
夕方五時半。昇降口の蛍光灯ってこんなに暗かったっけな? なんて思う。よく見てみると節電のためか蛍光灯がはずされているところもあるし。生徒会に言わなきゃとか現実逃避にもならないどうでもいい事を考えてしまう。両手を広げてモーセみたいになにかしら呪文でも唱えたらやまんかね、この大雨。ガタガタいうガラス戸の向こうはこの世の終わりみたいな感じだし、あっちこっちで雷なってるしもう逃げばないじゃん。部活サボっていればふってくる前に帰れたかななんて思う。
昇降口の前でとりあえずぬれてもいいから走るか、雨が止むのを待つか考えていると同じクラスの宮本がマジかーとか言いながら近づいてきた。
「天野さ、傘ないの?」
「ない。あっても迷うよね」
「だよなー、雷ヤバいもん」
そんな事を言っている間も雷の音が響いている。
「……昔さ、親戚のおじさんから雷にうたれた時の話聞いたことがあるんだけどさ」
「マジで?」
「……マジで」
宮本はその後、ちょっと痛かったって言って
たよと笑って外の景色を見ていた。
それじゃーそろそろ行こうかなとか言ってガラス戸を開ける宮本。隙間から雨と風が吹き込んでくる。
「ちょいちょいちょい、行くの?」
咄嗟にガラス戸を閉めると、大丈夫大丈夫、雷にうたれてもちょっと痛いだけらしいからなんていいながらまたガラス戸を開ける宮本。
「向こうの空見てみ。明るくなってるからもうちょいしたら晴れると思うよ」
宮本が指差した空を見ると確かに少し明るくなっていた。
「今行ったら濡れるじゃん」
「たまにはいいかなと思って。それじゃあ、天野も気を付けて帰れよ」
そう言って土砂降りの中を走って行った。戦争映画のワンシーンみたいに。格好いいじゃんなんて思ったつかの間、数メートル先で盛大にコケた。雨と泥で捨て犬みたいになった宮本は起き上がるとあたしの方に向かって「ここ滑るから気をつけろよー」と手を振ってまた走って行った。宮本、基本的にはいい奴なんだけどなんか鈍いんだよな。真っ直ぐっていうか。
とはいえ宮本みたいに制服がびしょびしょになるのは嫌だし。「今日は夕方から雨が降るみたいだから傘持って行きなさい」と言っていた母に「どうせ降らないし、降ってくる前に帰ってくるからいい」と言った自分が憎い。
結局、壁に寄りかかりながら携帯を弄って雨が止むのを待つことにした。天気予報を見てみるともうすぐ止むらしい。とはいえいつになるのかわからないのは辛い。
「あれ? 先輩誰か待ってるんですか?」
声のする方を見ると文芸部の後輩の夏目が立っていた。
「待ってるっていうのはあってる……かな」
そう返すと夏目は少し考えてから何かに気づいたように僕ですか! と嬉しそうに答えた。
「……いや雨が止むのを待ってるんだけど」
夏目は顔を赤くして、ですよねーと呟いた。
「後片付け任せちゃってごめんね」
「大丈夫ス、図書室に資料戻すだけだったんですぐでした。むしろ申し訳ないです。試し読みお願いしてなかったらもっと早く帰れたのに」
「いーのいーの、読むの好きだから。夏目恋愛物書くなんて珍しいよね、ハマってんの?」
「女子受けが良いんス。コンクール向きではないんですけどね。女子目線でどう思うか先輩に聞けたんでいいのができそうです」
「役に立ててよかった。それにしても雨、止まないね」
外に視線を向けると夏目が思い出したように鞄の中から折りたたみ傘を取りだした。
「俺走って帰りますから。良かったらこれ使って下さい。今日のお礼にもならないスけど」
そう言って背中を向けた。その瞬間、さっき宮本が盛大にコケたのを思い出し、咄嗟に夏目の制服の襟を掴んでしまった。驚いて振りかえる夏目。
「ごめん、さっき同じように走って行った人がエライ事になってたから、つい……」
「大丈夫ですよ、俺足速いですから」
そういう事じゃないよ夏目。そう思いながらも気をつかってくれてるんだなと思うと嬉しくなる。
「良かったら、いれてもらえる?」
「良いんですか?! 相合傘ですよ?! 相合傘! 俺と一緒ですよ!」
「別に誰も見てないよ、ていうか見られてもいいし」
そう言うと夏目は深呼吸してから、それではと言って傘を開いた。
昇降口から外に出るとさっきまでの土砂降りが嘘のように、雲の切れ間から太陽が申し訳なさそうに顔を出していた。
夏目の方を見ると傘をさしたまま今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「夏目、帰ろ?」
傘の中にひょいと入る。
「はいっ!」
そう言って夏目は太陽みたいに笑った。
たまにはこんなのもいいかなと思う。