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第六話 リア充(彼女持ち)にさえなればいい

「落ち着いた? もう大丈夫?」


「ああ、かっこ悪いとこ見せちゃったな。……迷惑かけた」


「いいよ。気にすんな」


 そう言ってキズナが微笑んだ。


 もう大声で叫びたいなどという狂った衝動は湧き上がってこない。


 あの衝撃の事実からどのくらいの時間が流れたのかはわからなかったが、公園内を行き交う人の数からしてそれほど時間は経過していないように思える。


 せいぜい3分、長くて5分といったところだろう。


「キズナ……その……」


「大丈夫! オレがあんな未来にはさせないから! 絶対絶対させないから!」


 落ち着きはしたが、未だ落ち込む俺を励まそうと、キズナが力強く声を上げた。


「オレたち天使の仕事はね、理不尽な不幸から人間を守ることなんだ。努力しているのに報われない、善人なのに不幸になる、真面目に生きている人間が馬鹿を見る、そんなことは絶対にあっちゃいけないだろ?」


 努力すれば報われるべきだし、善人は幸せを掴むべきだ――とキズナ。


 頭上のリングの輝きが増し、背中の翼が大きく広がっている。


 希望ではなく絶望を見てしまった俺には、そんなキズナの姿がどこか神々しく見えた。


「そうするための手段も、道具も、ちゃんと作られているから安心して。オレが必ずなんとかしてあげる。だから絶対に諦めないでね」


「ああ、もちろんだ。諦めてたまるもんかよ」「


「よし、その意気その意気♪ ならそのやる気がなえる前に、早速始めちゃおうか。太陽の人生を戻すための《デバッグ》作業を」


「今!? ここで!?」


「そ。こういうことは早いほうがいいから」


 そう言ってキズナが首肯する。


「それにさ、太陽だってあんな未来には一秒だって進みたくないでしょ?」


「当ったり前だろ」


 あんな未来に進みたい人間がいるのだろうか?


 もしいるとしたら、そいつは人類最高レベルのドMだと思う。


 人生できればイージーモード、それが無理ならノーマルモードを俺は希望する。


「じゃあ早速だけど、太陽、教室でオレがモテ電渡したよね? あれ出して」


「モテ電……ああ、あの残念な名前のスマホな」


 俺はポケットに手を突っ込む。


 握りなれた俺のスマホとは別の、それよりも少し大きめな感触が伝わってくる。


 俺はそれを取り出しキズナに手渡した。


「このスマホがどうかしたのか?」


「フフ……実はこのスマホこそが最悪の未来を回避するためのデバッグツールなのさ!」


 そういうことか。


 だから教室であんなにしつこく俺に渡そうとしてきたんだな。


「このモテ電の中にインストールされているこれ。このアプリケーションこそがバグを直接修正するためのソフト。その名もWish Star!」


「残念な機種名の次は随分とロマンチックとな……」


 天使のネーミングセンスってかなり独特だよな。


 Wish Star(星に願いを)――とか。


「はいそこ、ツッコまないの! でも以外とマッチしていない? 星にでも願いたくなるレベルだろうし」


 まあ、たしかに。


 あんなクソみたいな未来を回避できるならば、お星さまにだって祈りたくなる。


「で、それをどう使って修正するんだ?」


「このツールで彼女を作って修正するんだよ」


「ほう、なるほど。彼女を作って修正するのか。そうかそうか――って何の関係がある!?」


 俺の最悪の未来と彼女イナイ歴。


 いったいどんな因果関係があるというんだ?


「んーと……、バグって色々あるけど、そのどれもが人を不幸にするものなのね」


 口い指を当て、思案顔でキズナが説明する。


「バグは不幸を糧として不幸を産み出し、蓄積する永久機関なんだ。触れただけでケガするような塩酸みたいなものだと思ってよ」


 そう言いながらキズナは近くにあった手ごろな枝を拾い、地面にHCl(塩酸)と化学式を書いた。


「この不幸の塩酸が、太陽の運命にまとわりついているものだと思って」


「そんな危険物に浸かっているのか、俺の運命は」


「まあね」


「否定してくれよ!」


「してあげたいけどできないっての。まあ、それは置いといて。問題だらけのこの塩酸、触るだけでケガするようなこの液体を、太陽ならどうやって処理する?」


「汲み上げてどかす……かな? それができれば、だけど」


 この塩酸は、あくまで説明のための概念的なものなので、おそらくそれはできないだろうが。


「まあ、50点の答えかな、それだと。汲み上げた後の処理にそれだと困るだろ?」


「そうだな。じゃあ、どうするのが正解なんだ?」


「中和するんだ」


 そう言ってキズナは、HClの横にさらなる化学式を描く。


 HCl+NaOH=H2O+NaCl


 中学で学ぶ基本中の基本――塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜ合わせて中和するあの化学式だ。


「塩酸を無害化するには、水酸化ナトリウムを混ぜ合わせて中和すればいいのさ。危ない塩酸を、水酸化ナトリウムを混ぜて食塩水にすればいい。そして、この場合の水酸化ナトリウムに当たるのが、〈幸福〉ってこと」


 だから、彼女を作ることが、俺の運命の修正につながる――とキズナ。


「理屈はわかったけど、何で彼女を作ることに繋がるんだ? ただ幸せになるだけだったら、別にこれじゃなくてもいいだろ?」


「これが一番効率がいいんだよ。特に、十代の子にとってはね。太陽は彼女ができたら嬉しくないの?」


「そんなもん――」


 嬉しいに決まってるだろ。


 彼女のいるバラ色の青春……健全な男の子が憧れないわけないだろうが!


「人間が最も効率よく幸福を産み出す方法、それが恋人とすごすことなんだ。特に10代の若者はね。この時期っていうのは、人が最も純粋に誰かを愛せる時期なんだよ」


 ちょっとクサいセリフだが、キズナの言う通りだと思う。


 大人になるといろんなしがらみがありそうだし、今の俺たちくらいの時期が、最も純粋なのかもな。


「つまり幸福の純度も高いんだ。それに、恋人同士になると運命の赤い糸によってお互いが結びつくから、幸福の量そのものが倍になる」


 なるほど。それなら納得だ。


 ……だがちょっと待て。果たしてそれは俺に適用されるのか?


 キズナの言ったことをそのまま解釈すれば、俺に巣食っている《ヴォイド》とかいうバグは――、


「なあ絆、それって俺にも効果があるのか? お前の話だと確か《ヴォイド》とかいうバグは、『あらゆる努力やフラグを無効化する』って話だよな? 恋愛しようにも《ヴォイド》に運命の赤い糸が阻まれて結びつくことはないんじゃ?」


「心配御無用。《ヴォイド》にもちゃんと効くから。その証拠に、さっきの血を吐くほど努力した人の話、ちゃんと修正して幸せな人生を送っているよ」


「すでに成功例があるのか!」


「トーゼン! じゃなきゃやらないって」


 ようやく希望が見えてきたぜ!


 あの絶望しかない未来から抜け出すための、唯一の道が!


 俺は気合の入った目でキズナを見つめる。


「今の話でやる気は十分――ってとこかな?」


「ああ。で、それをどうするんだ?」


「んー、口で説明してもいいんだけど実演したほうが早いでしょ」


「確かにそのほうが早いけど、でもいいのか? そんなことして?」


「いいんだよ。オレたち天使の仕事の中には『人を幸せにすること』ってのも含まれているからね。もちろん誰でもってわけじゃないけど」


 絆はリングに手を突っ込むと、LOVEを取り出し電源を入れた。


 デスクトップ画面が表示されるまでの間に、キズナはもう一度手を突っ込むと、数枚のプリントを取り出した。


「今からこの公園内にいる人で、効果が最も顕著に現れる人を調べるから、オレが調べている間、太陽はこれでも読んでて」


「これは?」


「モテ電の説明書、実演前に必要な最低限の知識の一部を抜き出したもの。スマホの説明書って天界もやたらと分厚いんだよね。そんなもの渡されても読む気を失くすだけだし、ここに来る前にオレが必要なとこだけ抜粋しておいた。《Wish Star》のことだけ、ね」


「キズナ……お前ってデキる女なんだな」


「今ごろ気づいたの? こう見えても飛び級で学校出て就職したんだからな。今の会社だって2年前、15歳のときにスカウトされて入ったんだし」


 笑いながら受け応えつつも、絆の指は蜘蛛がタップダンスを高速で踊っているかのように軽快に動き続けている。


 どうやら自惚れでもなんでもなくデキる女のようだ。


 それにしても同い年か。


 天使の社会は知らないが、人間と同じと考えると彼女は天才の部類に該当する。


 15のころ……キズナが就職活動をしているころに、俺は塚本やその他の悪友と、ゲームや遊びに明け暮れていたかと思うと、少し情けなく思えてくるな。


 世間一般の中学生というのはこんなものだろうが、それでもそう思ってしまう。


「しっかり読んでおいてよ? 使い方こそ簡単だけど、間違えたら取り返しのつかないことにだってなりうるんだからね」


 俺のほうを見ながらブラインドタッチを高速で続けている絆が、俺を脅すかのように忠告してきた。


 つまり絶対に間違えるな――と言いたいのだろう。


 当然俺だって間違えるつもりなどない。


 なにせ自分の未来が、運命がかかっているのだから。


 絆の忠告に従い渡された紙を開くと、一言一句、意味を違えぬよう紙に穴が開くほど真剣に読み、脳の記憶領域に焼き付けた。


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