Leader (下) 俺の肩書を言ってみろ!
以前「あたらしい軍事戦略のはなし」で使ったアメリカ国防総省の国防用語辞典ですが、じつは「leader」にも「commander」にも単独の項目が立っていません。どう定義しても例外が出てくるということでしょうね。
Leaderや「指揮官」にあたる、いちばん意味の広い表現がドイツ語ではFührerです。そうなんです。極端に偉い人は、逆に「総」だの「上級」だの肩書につけないで、「第一人者」とか「ともだち」とか名乗るわけですね。本来はあんまり偉い響きがありませんから、ドイツ陸軍でも分隊長、小隊長まではFührerで、Zugführerと言えば小隊長です。
前回述べたように、現代のドイツ連邦軍では中隊長をKompaniekommandeurにしてしまったのですが、第2次大戦まではKompaniechefと呼びました。英語で言う「チーフ」ですね。そして大隊長、連隊長、旅団長、師団長と広い範囲で、その指揮官をKommandeurと呼びました。諸事情で大尉が大隊長をやることもありますから、大尉から中将まではコマンダーになるかもしれないわけです。
ところが旅団あたりから陸軍少将以上のコマンダーが出てきます。こういう人たちは軍団長までは、der kommandierende Generalとか、General und Kommandeurとか、うるさくGeneral(将軍)を入れて呼びます。さすがに少将閣下と大尉さんが同じように呼ばれてはまずいのですかね。そして軍司令官になると、Oberbefehlshaberといきなり強そうになります。イノシシくらい素手で勝てそうですね。意味を考えると本人が強いというわけではなく、Befehlというのは「総統命令第何号」というときの「命令」ですから、「上位命令権保持者」といったニュアンスです。だから日本語にするときは、軽すぎず、かといって陸軍総司令官みたいに聞こえない訳語を選ばないといけませんね。
アメリカ軍ではもう少し割り切っていて、commanderとcommanding generalの使い分けは、本人が准将以上であるかどうかです。アメリカは有事になった時だけArmy of the United Statesという休眠組織が目を覚まし、徴兵も受け入れて(徴兵登録制度は今でも残っています)巨大組織となり、平時に戻るとArmy of the United Statesで戦時に得た昇進はしばしばチャラにされるシステムです。戦時にこの「アメリカ地上軍司令官」をつとめた人もやっぱりcommanding generalで、荘厳な肩書はありません。イギリスと旧英連邦系諸国では「Commander-in-Chief」、「General Officer Commanding 」、「General Officer Commanding-in-Chief 」というよく使われる高級司令官の呼称があって、それぞれC-in-C、GOC、GOC-in-Cと略されます。(准将以上なら)師団長と軍団長はGOC、軍司令官と軍集団司令官はGOC-in-C、イギリス大陸派遣軍総司令官のような特に格の高い地位と、現代のイギリス地上軍総司令官はC-in-Cです。
この種のことが海や空でもあるわけです。アメリカやイギリスでは海軍中佐にあたる階級名がcommanderですのでとくに注意です。
そうそう。ドイツには「mit der stellvertretenden Führung beauftragt (m.st.F.b.)」という言い方があります。師団長戦死! といったケースで、後任発令まで師団長代理に立ったような人を修飾する表現です。よく似た表現に「mit der Wahrung der Geschäfte beauftragt(m. d. W. d. G. b.)」というのがあって、職務を執れない官吏・閣僚などをしばらく代行することを言います。日本だと「事務取扱」に近いでしょうか。ドイツのツァイツラー陸軍参謀総長は1944年6月にヒトラーと長年の対立がピークに達し、実際に倒れたのか病気で執務できない「ということにした」のかはっきりしないのですが(たぶんホントに倒れたんだと思います)、曲折があってグデーリアンが代わりました。このグデーリアンの立場をm. d. W. d. G. b.だと書いているドイツの有名なサイトがあります。グデーリアンも病気休養をヒトラーから命ぜられてクレブス大将が代わり、総統官邸でクレブスが自殺すると降伏まではヨードルがさらに代行したのですが、終戦まで正式な陸軍参謀総長に任じられた最後の人物はツァイツラーなのです。
Kommandeurが指揮すべきレベルの大隊や連隊にFührerがいたら、それはそのポストに就くために規定された階級や昇進後の年数が足らず、隊長心得のような立場で指揮している人です。大損害を受けた部隊で、生き残りの最上級者……などという事情かもしれませんし、平時でも戦時でも昇進予定者がちょっと早く任につくケースもあります。昇進や年月経過で条件を満たせば改めてKommandeurに任じられますし、後任が外から来るかもしれません。こういう状態を指して「mit Wirkung(実務上?)」という表現もあります。