Leader (上) 私の戦闘力は最低5万!
私の叔父は某市で水道関係の公務員をしていました。定年直前には浄水場長をしていましたが、比較的小規模なその浄水場長のポストは、市役所の課長級ポストとみなされていたそうです。皆さんの職場でも、「このあいまいな役職名は係長より偉くて課長ほど偉くない」とか、その職場なりの上下感覚や、互いに同格であるポスト群があると思います。そして、偉い人は偉いことを示すような肩書、呼び方になっていて、偉くない人にそれと紛らわしい肩書や呼び方は与えないようになっていると思います。
軍事が分からない人が軍事用語を訳すと、この「偉さの相場観」を崩してしまうことがよくあります。
日本陸海軍で一番偉い人たちは、陸なら「総司令官」、海なら「司令長官」と呼ばれました。陸なら南方軍総司令官などほんの数個のポスト、海なら「艦隊」か「鎮守府・警備府」を率いる人です。階級は大将(日本軍の元帥は「元帥号をもらった大将」扱いでした)、最低でも中将です。次は陸でも海でも「司令官」で、陸なら軍司令官や方面軍司令官、海なら戦隊司令官か根拠地隊司令官です。陸の場合はその下の師団長がしばしば中将なので、少将の司令官はなかなかいませんが、海では少将の司令官が普通にいました。
特別根拠地隊は根拠地隊よりスタッフを節約し、(司令部だけ見れば)軍艦に準じた組織としたものですが、ほとんどの場合少将か中将が任じられ、その肩書も司令官でした。
陸の場合、師団長から下は分隊長・班長まで陸軍は「長」をつけるだけです。「choばかりでおまえらは不便ではないのか(俺らは不便だ)」と海外の日本軍オタクにぶつぶつ言われることがあります。海軍の場合もフネのスケールに合わせ艦長・艇長とそのバリエーションが続くのですが、あいだに「〇〇隊司令」がはさまります。艦これの雪風がよく言う「しれえ!」です。例えば駆逐隊司令だと中佐か大佐ですが、駆潜隊や水雷艇隊といった「艇」の司令だと少佐のこともあります。正式な軍艦の艦長クラスがつとめる役職とも言えますから、「駆逐艦以下は隊をまとめてフネ1隻扱い」とよく説明されます。
司令長官>司令官>司令であり、かつ司令であっても最低少佐、陸の司令官なら日本のように軍団を編成しない国でも最低3個師団、5万人くらいは部下がいるということになります。leaderやcommanderを「村の守備隊の司令官」とうっかり訳してしまったりすると食いつかれるわけです。ただし現代のドイツ連邦軍では、Kompaniechef(中隊長)という伝統的な役職名をやめて、大隊以上と統一してKompaniekommandeurにしてしまったので村の守備隊にもコマンダーがいるわけですね。どうしましょうか。まあ現代戦マニアが困っても、1946年以降なら私の知ったことではありませんね。
もうひとつ注意しないといけないのは「指揮官」です。兵士3人のチームにだって長嶋巨人軍にだって指揮官はいます。しかしそんな曖昧な言葉は、「指揮官は誰か!」「はっ、自分がこの陣地を預かっております第7小隊長、〇〇少尉であります」といったやりとりくらいで、報告でも会話でももっと意味を限定した表現が選ばれるわけです。飲み屋の店員さんを呼び止めるのに「労働者さん!」とは言いませんよね。
日本海軍で「指揮官」という言葉が限定された意味で使われるのは、作戦命令の中で軍隊区分が決められたときです。例えば第1航空艦隊司令長官たる南雲中将は、空母とわずかな駆逐艦を持っているだけでしたが、真珠湾攻撃に当たって「機動部隊」という軍隊区分が作られて護衛艦艇が多数配属され、その「指揮官」が南雲中将ということにされました。また護送船団が組まれたとき、軍人の「運航指揮官」が商船のどれかに乗り込み、護衛部隊と協力して商船に指示を出しました。このような一時的な指揮関係に「指揮官」という言葉が使われました。
陸軍には別の表現がありました。戦争中の報道で具体的な部隊番号が出ると敵に情報を与えるので、指揮官の名などを使って「〇〇部隊」「××隊」などと表現するよう軍から要請が出ていたのですが、このときの区分は「中隊までは隊、大隊から旅団までは部隊、師団以上は兵団」でした。軍隊区分が定められた場合も、この基準を念頭に「指揮官どの」ではなく「部隊長どの」などと呼びかける例があったようです。また軍隊区分に「支隊」といった特定の表現が使われていれば、それが指揮官の肩書にもなりました。第1航空艦隊司令長官たる南雲中将が機動部隊指揮官を兼ねるように、歩兵第28連隊長である一木清直大佐は「一木支隊長」を兼ねて同行部隊を指揮しました。
以上のように、「外国語の訳がおかしいと言われたが実は問題なのは日本語側の知識」というケースはあるわけですが、同様の事情はあちらにもあるわけであります。それは次回のココロだぁ。