区処:……ってなにそれ。
日本陸海軍用語の中でも訳しにくいものが区処です。指揮関係にない部署から、特定の問題に限って指図を受け、従うことを言います。
現代アメリカ陸軍の「Army Regulation 600–20 Army Command Policy」を見ると、まず「technical channels」 という表現が規定にあり、専門的な部署が「instruction」などを発布することがあると書いてあります。日本海軍の海軍省経理局が帳票の形式などを区処し、全海軍の経理担当者が従っていたのはこの種のものでしょう。アメリカ軍の用語ではこういうのはcommandではないわけです。
もう少し微妙なのはspecialty immaterial commandsです。アメリカ陸軍の文書では、補給担当士官や地区司令官が発するたぐいの命令だと例示されています。物資交付所に集まった他部隊のトラックや道路をふさぐ隊列に対し、職務上の指示を出すことがあり、それには従わねばならないということです。immaterialは「重要でない」ということですから、ここでは「戦闘に関わる命令ではない」というニュアンスでしょう。
水路部は敷設艦「勝力」をもっぱら測量に使うことを1935年に認められるまで、いろいろな艦船を一時的に鎮守府などから使わせてもらい、それに水路部員とボートのための水夫(特定の漁港から推薦を受けた漁民)が乗り組んで水深を測って回りました。水路部は測量に関すること、つまりどこへ行って何時間とどまると言ったことについては、便乗した艦船を区処できました。こういうのはアメリカ陸軍ではおそらく、本来の指揮権者である鎮守府などが「authorize」、つまり同意を与えたときにcommandが出せるのだと整理するのだと思います。
よく似た概念に「二枚看板」があります。現代日本でも改組された公的機関がしばらく前の組織の仕事もするとき、形式的に前の組織を存続させ、実際に働くスタッフには無給の併任辞令を出して以前の(似たような)仕事もさせることがあります。同じ事務所に二枚看板がかかるようなものなわけです。例えば日本海軍は南西方面艦隊司令部をマニラに置いていましたが、地上戦が起きたためシンガポールにいた部隊を指揮できなくなり、第一南遣艦隊司令長官の福留繁中将が「第十方面艦隊」司令長官を兼ね、もともと南西方面艦隊司令部が二枚看板をあげていた「第十三航空艦隊」の司令長官も兼ねて三枚看板となりました。
これは英語にズバリの該当表現があり、dual-hattedといいます。
じつはドイツの「西方軍(ルントシュテット司令官が有名)」「南方軍(ケッセルリング司令官が有名)」も二枚看板です。例えばルントシュテットはOKH(陸軍)からはD軍集団司令官、OKW(国防軍)からは西方軍司令官に任じられていたのです。これによって、OKHもOKWも報告書を受け取りましたし、ヒトラーは陸軍を飛ばしてフランス政府との交渉に関する事項などをルントシュテットに指示できました。まあいわゆるOKW戦域として、その他の細かい指示もヨードルを通じて出すようになってしまったのですが。