70、身勝手は程ほどに
ジルダに後を任せ、リゼル達がいる訓練所へ向かう。途中、ギルド職員からペコペコされたのは何故だろう。
訓練所の前には一人のギルド職員が立っていた。体格の良い熊耳、髭に覆われた厳つい顔の壮年と思われる男性だ。小さい子なら泣くだろう、その厳つい顔は今は情けなく涙を浮かべ震えている。
こちらに気づくと救いが来たようにパァッと顔が明るくなりこちらに駆けてきた。涙目の厳つい親父さんが熊の突進の様に駆けて来るのは少し怖い。
両肩に乗っている白と黒が少し殺気を放つと熊親父さんはブレーキが掛かったようにピタリと止まり、今度は目を泳がせながら青くなった。
「白、黒、殺気を止めなさい。」
私の言葉で殺気が霧散する。
すると熊親父さんが脱力したようにペタンと座り込んだ。
「大丈夫ですか?立てます?」
熊親父さんに手を差し出したら怯えられた。チラチラとこちらを伺い私が動かない事を悟ると震えながら手を私の手に重ねる。
「すっ、す、すまない。」
低く少ししゃがれた声が熊親父さんからでる。
「いえ、立てますか?」
「ああ、大丈夫だ....今の殺気はあんたじゃあねぇな....。」
私の両肩からです。
「どうしてここに?怯えていたようですが。」
熊親父さんはわずかに顔を赤くしながらすぐに青くなる。
「あっ、その、そうだ!ここには、来ない方がいい。」
またわずかに震えながら熊親父さんが扉に近付かないように、と追い返そうとする。
「?何故です?」
「俺は見張りでジルダに立たされたんだが、ここは今ギルドマスターがドラゴンと戦ってるらしいんだ!通常なら一切衝撃が来ないはずの訓練所から衝撃が響く程の凄まじい戦いだ!俺は命を捨ててでもここを守ってギルドマスターを待たなきゃなんねぇ。」
ジルダが呼ばれた為、説明無くアラベスタを捕まえる人員として駆り出された筈の熊親父さんは、ギルドマスターと竜人が戦っているので危ないから出てくるまで誰も近付けないように扉を守っているらしい。何故か竜人を聞き違えてドラゴンと思っているが....。まあドラゴンの姿にもなれるから間違ってはいないのか?だが、ドラゴン形態はハルルが嫌いなので滅多に見ることはない。
見張りか....涙目してたよね?震えてたよね?
キリッと今さらしても先ほどの痴態は脳裏から消えてませんよ。
「私に任せて下さい。」
熊親父さんの肩は届かないので太い腕をトントン叩く。
「ダメだ!嬢ちゃんが誰かは知らんが危ない!」
「大丈夫ですよ、賢者様の弟子なので。」
引き留めていた熊親父さんは賢者を出した途端引き留めなくなった。
「マジか、嬢ちゃんが賢者様の弟子か....本当に大丈夫なんだな?」
涙も引っ込み、真面目な顔で仲間を死地に送るような顔をしている。賢者の弟子ってだけで大抵は納得されるんだね。
「ははは。まあ大丈夫ですが、一応危ないので離れていてください。」
「わかった!気を付けろよ~~~―――。」
物わかり良く手を振りながら熊親父さんはすごい勢いで離れていった。内心では離れたくて仕方なかったようだ。離れすぎだ、もう見えない....。
「追いかけますか?」
黒がむずむずと追いかけたがっているが目で制する。
「万が一巻き込まれたら可愛そうだからいいよ。」
「リゼル達は大丈夫ですかね?止めれるんですか?」
白が扉の向こうを見ながら心配しているようだ。
「まだ無理だね。ギルドマスターを止める事はできるけどハルル相手には無理。レベル差が150以上ある上に経験もまだ浅いからね。ハルルが手加減してる....はず。」
扉に手を当て宝玉を起動させる。アラベスタと同じ質の魔力を流せば簡単に開く。
ギイイイイ
扉が開き、まず目についたのは砂埃だ。次にコンクリートの塊があちこちに散らばり備品だったものが無惨な姿で散乱している。
砂埃で奥の様子は分からないが[サーチ]には
四つの光がある。今の所皆無事のようだ。
「とりあえず見やすくしようかな。白は建物に添うように結界を張って建物を守って。黒は四人に個別に結界を張ってね。三秒後にね。」
「「了解。」」
「3.2.1.[トルネード]」
魔力を調節した風魔法[トルネード]は発動するとつむじ風が徐々に大きくなり天井まであっという間に届き、渦を移動させながら隅々まで轟音をたて巻き上げていく。
段々と風が収まる頃には散らばった様々な物は風によって真ん中に一纏めに積み上がり、残ったのは壊れていない外壁と黒が結界を張ったために無事だったリゼル、ナハト、アラベスタ、ハルルのみだった。
四人の内、三人は悲惨な格好が目立つ。ハルル一人に三人が対峙しているようだ。戦力的にはそうなるだろう。
「派手にやったね?」
声をかけるとハルルが一番に近づいてくる。
「エルノラ、もう用事は終わった?」
戦闘体制でリゼル達に立ちはだかっていたハルルはボロボロの三人とは対称的で何事も無かったかのように汗一つ、髪の乱れも無いクールビューティーなままを崩さず走りよる。
リゼル達は崩れ落ちるようにその場にドサドサッと倒れた。
「ギルドマスターが我にエルノラと戦える様に鍛えてくれって頼まれた。一応、少し訓練したけどあれは無理だ。」
アラベスタが始めにナハトを捕まえて決闘をしたいとリゼルに伝えていたが、隣にいるハルルを見たアラベスタはハルルに興味が移ったようだ。
アラベスタがナハトだけでなくリゼルまでも口を押さえ引きずる様に訓練所に連れていったので仕方なく追いかけると最終目標は私と戦いたいから訓練をつけろと言われ、ハルルは死なないように気を付けながら相手をしたらしい。
「....リゼとナトは何で巻き込まれてるの?」
アラベスタだけじゃなくリゼルとナハトまでぼろぼろだ。
「始めは見てた。だけど途中で参加したいと言ったから一人も二人も一緒だから三人で纏めてでいいと言った。」
アラベスタとハルルが戦ってるのをみて挑戦してみたくなったのだろうが蟻が戦車を相手にするような実力差では訓練にもならないだろう。
リゼル達に近寄ると怪我の具合を見ていく。
ハルルが致命傷を避けているので問題はなさそうだ。
「[全体回復(中)]」
回復魔法を唱えると三人の怪我が癒えていく。
「....つぅ、ハルルさん強すぎです。」
「いてて、素手の風圧だけで吹き飛ばされるなんて思わなかったよ。」
「ちくしょ~、近寄ることもできないじゃねぇか~~~!!」
回復した三人は全く相手にならなかったので悔しそうだ。
アラベスタに気配を消して近付き後ろから肩に手を置く。
「アラベスタさん、昨日バルバドスさんに怒られたばかりですよね?そんなに私と戦いたいなら相手をしてあげましょうか?」
気絶しない程度の威圧を込めつつ、手に力が入らないように肩をトントンと叩く。
「ひぃ!!!」
ギイイイ...とゆっくりアラベスタがこちらを向く。私を見たアラベスタの顔が段々と青くなり目に涙が浮かび狼の耳は完全に伏せられ尻尾が股に入り込んでいく。
「こちらには向いてないのに死にそう。」
「ぼっ、僕も.....。」
「今は黙る。」
横にいるリゼルとナハトが二人で抱き合い後退りし、ハルルは口に手当て空気となった。
「いい歳した大人が一生懸命働いている娘さんに迷惑をかけたらいけませんよね?」
「はい!はい!その通りです!悪い父親のギルドマスターです!!」
「この訓練所は解放してください。アラベスタさんは強さを求めるのではなく、ここで新たな高ランク者を育てあげるのに尽力するといいですよ。ねぇ?」
言いながらギルドマスターのみが開けられる扉の設定を解除してくるよう白を扉に向かわせた。
「はい!スミマセンでした!これからは新人育成に力をいれて心を入れ換え尽力する!!だから早く威圧を解いてくれ~!!」
全力で首をたてに振りながらお願いされたので威圧を解除した。
「....あ~、チビるかと思ったぜ。スゲェ~なリゼルが赤子なら英雄殿は大人で、アンタは次元の違う神さんか?オレじゃあ全く測れねぇぜ....威圧だけで....はぁ。」
「当たり前、我らも三人でかかって10回に一回勝てるかどうか。」
ハルルの衝撃的な言葉にリゼル、ナハト、アラベスタが目を剥いた。




