144、黒き芽生え
まどろむ意識の中、ルイーンは思い出していた。
目の前に広がる大きな聖樹。頭が覚醒すると同時に膨大な知識が頭の中を駆け巡り思わずこめかみを押さえる。
自分の他にも身体に鱗のある竜族の青年、小さな体の妖精族の女性が自分と同じ様にこめかみを押さえた格好で膝をついていた。
「オハヨウ、コドモタチ。」
いつの間にかいた自分よりも幼い少女が目の前にいる。今しがた得られた知識から私達を生み出した神である者から言葉をかけられた。
「「「おはようございます。お母様。」」」
するりと口から返事がでる。それは他の二人も同じだった。特に違和感もなく当たり前の様に感じた。
「.....アナタタチハ、サンバンメニウマレタ。コレカラウマレテクルシュゾクノシソ。」
母神は私達に世界に生まれ初めるまとめ役を求めた。これから様々な種族が生まれてくるので導いてほしいと。私達の前に生まれた二種族は世界を平定するのに忙しく関知できないのだとか。
これから同種族とつがい、子をもうけ一族を増やし後に生まれてくる他種族を見守りながら助ける育み、世界に放つ。
竜族と妖精族も頷いた。
「カワイイコラヨ、オネガイシマス。」
無表情な母神だがとても優しい瞳を向けた。
知識にある自分達に分けられた場所に移動しようと妖精族と竜族がいち早くその場を去った時、母神のいる聖樹の辺りから恐ろしい程の力を感じた。
完全に振り返ることは恐ろしくて無理だったがチラリと見遣ることは何とか可能だった。
抗い難い好奇心と見てはならないと訴える畏怖の狭間で視界に何とか入ったのは、母神の肩に優しく手を置き労る様に慈愛の眼差しを向けた美しい方だった。
知識には全くないが母神と似て非なる恐ろしい力を感じるに別次元の神のようだった。母神とは格が違う。恐ろしい、怖ろしい、でも何故か惹かれた。
美しい方がこちらに気づいた。
視線が合うと微笑みながら母神と消えた。その瞬間にガクリと身体から力が抜け倒れ込む。脈打つ心臓を抑えると火照る顔を両手で押さえた。
呼吸を整えると先程の御方を思い出し自分の与えられた場所へと移動した。
暫くたち、世界には沢山の種族が現れた。
最初にいた竜族の青年と妖精族の女性は先に生まれていた聖竜と精霊の元に身を寄せているようだ。
ハイエルフの妾は聖樹に近い与えられた場所を気に入り聖王国ファルネと名付けその女王となった。
傅かれ、崇拝される日々に飽きながら永い時あの御方を忘れられずにいた。母神からの呼び出しもなく、またあの方にお会いすることはない。
心の中に黒い思いが生まれた。
それは母神の肩に優しく手を置くあの方を思い出す度に少しずつ大きくなる。もう一度お会いしたいと思うが方法がない。
永き命は尽きることなく、仲間が増え栄華を誇るとその思いは尽きること無く助長し黒い思いも増大した。
「我が女王よ。我らハイエルフの子供達はもう、望めないでしょう。」
それはハイエルフの種族の緩やかな滅亡の始まりだった。精霊族や竜族は他種族と交わりその尊い血を薄めてでも種族を守った。
ハイエルフ達は知識や魔法等は伝え導いたが他種族との交わりには半々だった。その事になんの感慨も無く妾の頭を占めたのはあの御方にお会いする為の方法だけだ。
「女神様にお伺いしてみては?」
きっかけはその言葉だった。妾はその問題を切っ掛けに母神に会いに行くことにした。基本的に神は関わる事がない世界の事で弱い理由の様な気もするが一か八かだ。
聖樹には大神殿があり煌国ノスアレアの皇王が守っている。
「妾が女神様にお会いしよう。」
これからお会いできるかもしれないあの御方に思いを馳せ普段なら絶対にみせない憂いに満ちた微笑みにハイエルフたちは希望を見て期待を胸に煌国へと赴くのだった。