129、女神降臨(チェルナス視点)
目が開けられない程、神々しい光で溢れたこの異空間と化した只の客室で段々と頭が床に沈むような畏怖と圧力を感じた。実際頭が床に沈んでいく。
段々と増すその圧力は光が少しづつおさまるのに比例しているので例え目が開けられる様になっても見ることになるのは床だろうとチェルナスは思う。
唐突に現れた美しい少女は魔女から魔国を守るために協力しているレアルの知り合いだったはずだ。それが実は勇者一行で新魔王カインズの知り合い。手の付けられない筈のカインズをあっさり引き連れて来たのだ。彼女が彼女の仲間と何事もなく部屋で合流した時は勇者とは只者ではないと確信した。
何が只者だ、愚かな自分を叱りたい。
この威圧感を只者等で片付けられるはずがない。背中に汗が伝い泣きたくなるのを必死に我慢する。
目の前にいる今はナハト様と呼ばれる現魔王様は大丈夫だろうか?重い頭を何とか持ち上げると膝まづいた足が見えた。自分のように頭が見えないということは重圧に耐えられているのだ。
「あ〜、ごめんごめん。今、威圧抑えるから。」
少女の声が聞こえたかと思うと体にかけられていた重圧が瞬時になくなり一気に体が軽くなった。
「これで顔が上げられるかな?」
自分に向けられた言葉通り、顔を簡単に上げることが出来た。
恐る恐る少女を見るとそこにいたのは、生え際から毛先に向かい淡藤色からまっ白にグラデーションになった輝く長い髪をフワリと浮かばせた金色の瞳をした少女だった。
神々しく体全体が輝いている少女は先程着ていた服も変わり羽衣を何枚も重ねた服に繊細な薄いレースをあしらった袖と裾の長いドレスを纏いその上から戦乙女の様な胸当てを装備している。何より目が奪われたのが天使族の象徴たる純白で大きくある程良いとされる翼が背後を覆うように対で六枚大きく広げられている。
あまりに恐れ多すぎて魂が震えてくる。本物の神を前にしているのだと本能が訴えているのだ。
彼女がこの世界に唯一の女神。
「おーい?大丈夫?」
声をかけられていたが目から水分が出るのでそれを止めるのに必死になる。
「申し訳…ありませ…ん。少々…お待ちを。」
全く止まらない。いっその事、目を取り出せば止まるだろうか?と、考えながら制御の聞かない体とは裏腹に頭の中が冷静になってきた。
何とか涙を止めると改めて女神の少女を見た。
「お待たせいたしました。尊き女神よ。下等な身でありながら直接御言葉を介する事をお許しください。」
「…はは。…許します。」
深く感謝の意を込め頭を下げるとまた真っ直ぐに女神を拝見した。目に焼き付けなければと思いながら。
「うっ、…ゴホン。チェルナス、貴方を魔王として認めます。神に認められた王は神の協力者、世界の管理者の一人となります。正しく国を導き民を助け世界の守りてとして君臨してください。その為の証と力を授けます。」
女神の言葉にいつの間にか隣に来ていたナハト様が女神に向かって頭を下げているのが見えた。その頭に御手を置かれるとナハト様の頭から生えていた黒い王角が光が散る様に消えた。
そのままナハト様の頭から手を離した女神は隣に跪く私の頭に手をのせられると触れられた所からじんわりと温かい優しい力が流れ込んできたのを感じた。
それと同時に湧き上がる今までとは比べ物にならない力と自分がこれから何をすべきかが自然と理解できた。
「新たな魔王チェルナス。継承は無事になされました。他の協力者達と共に世界を守ってください。」
微笑みを浮かべる女神様をしっかりと見つめながら恭しく頭を下げた。
「承知いたしました。我が女神。」
この力を持ってしても増えすぎた負の魔力を抑えることができなかったナハト様のノックス様だった頃の記憶を感じる。そしてその負の魔力を生み出したハイエルフ達の愚行も知れた。
あの魔女はハイエルフの愚行を再現するつもりの様だ。これまでの行動を鑑みて間違いないだろう。
頭を上げ女神を見つめると悲しげな瞳となった女神はその御力を空に返すかのように光と共に霧散させるとヒューマン種の少女へと戻った。
少し残念だが余り神力を使用され無いようにとの配慮だろう。
「ふう、黒もういいよ。結界の解除お願いね。」
少女に指示された可愛らしい黒い柔らかそうな毛並みの従魔が空中でクルリと一回転すると元の客室へと戻ったようだ。こちらをちらりと見られたので感謝の念も込めて軽く頭を下げた。
この黒い生き物は女神の一部だ。今は可愛らしい生き物に見えるが本来、魔物使いの従魔に出来る方ではない。白と黒でしか生まれない女神だけの補佐だ。
姿は自在で、女神の次に力があり世界の管理者である我らは女神の補佐である黒、白の補佐という立場になる。記憶の中で知る限りでは前任の女神様の補佐だった白と黒い尾の長い鳥の姿と美しい白と黒い髪の双子の青年姿が思い出された。
この現女神の補佐である黒いモフモフ…補佐殿も美しい双子の片割れだろう。
ふと頭を触ると手に硬い感触が伝わってくる。無事に魔王を継承した証が即頭部から根本は太く後ろ側にカーブするように下に王角が伸びていた。
「魔王チェルナス。魔国バルデナと魔族達を頼んだよ。」
ナハト様に声をかけられ、安心されるように力強く頷くと差し出された手を取り固く握りしめた。
「精一杯頑張ります。叔父が蹴り飛ばしに現世に来ないように。」
そんな言葉にナハト様は嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。