121、その頃の魔王城
黒を基調とした城の謁見の間でその男はゆったりと玉座に腰掛け頬杖をついてぼんやりとしていた。
「魔王様、魔王様、聞いておられますか!?」
たくさんの種類の書類を腕に抱えながらぼんやりとする新しく魔王に着いた男に仕事をさせるべく頑張って呼び掛けているのは第一補佐官に任命されたチェルナスだ。
代々魔王に仕える家系の彼は吸血一族の次男で金色の髪に青白い肌の美しい容姿をしている。女性ならお手のもので扱いが一流だが、魔王は男でチェルナスを簡単に殺してしまえる力の持ち主の為強く出れず頑張って仕事をしないぼんやりとした魔王に呼び掛けている。
「~~~~~~~~~♪」
魔王と呼ばれたぼんやりした男はまるでこの世界にたった一人で誰かを待つような生気のない瞳でやはりぼんやりしていた。ただ鼻から漏れる様に歌が流れていた。
「あら、魔王様こんな所にいらしたの?」
何度呼び掛けても応答の無い魔王に僅だか変化があった。ぼんやりしたのは変わらないが鼻歌が止まった。
止めたのは女だ。どこからか現れてこの男を魔王へと着任させた魔女。ずっと魔王の証である黒神角をもつ子供が生まれない魔国バルデナは200年以上魔王様がいなかった。
魔王様がいないこの国には管理者がいない、200年たつ間に表面には現れていないが裏は腐り果て、滅びが近づいていた。それでも元々魔王に代々仕えていた補佐官たちが協力し何とか支えている状態だ。
この女は魔王様ではない男を魔王にした。皆を操り何をするつもりなのかわからないが今出来ることはないので実害が出ない内は様子を見ている。
チェルナスは仲間たちと協力している。魔王様がお帰りになるまで魔国バルデナを滅ぼさないように。
女は魔女で仲間が大勢いるのたが、その仲間の一人からチェルナスに接触があった。女の企みを阻止すべく内密に協力してほしいと。色々協力した。犯罪者や親のいない子供、必ず見張りをつけて送り出した。その後、助けるために。
騎士達に協力を仰ぎ、沢山の魔女の仲間を捕らえたと先程連絡が入った。心境が穏やかで無いだろう、しなだれかかる女を見て内心ほくそ笑みながらぼんやりした魔王に目を向けた。
「退屈だ。」
魔王と呼ばれた男は頬杖をついた手を動かし前に崩れた真っ赤な髪を掻き上げるとゆっくりと女を払うように立ち上がった。
そのままジロリと女に目を向けるとガシッと大きな手で女の細い首を掴んだ。
「オレに媚売ってないで強そうな奴を連れてこいよ。魔王になれば強い奴が戦いを挑んで来ると行ったからなってやったんだぞ?」
首を捕まれ苦しそうに呻く女は必死に青ざめながら手を外そうともがいた。
「ウグッ....グッ....」
苦しそうな女が答えないのを見て首を掴んだまま持ち上げるとチェルナスの足元に放り投げた。
「カハッ....ゴボッ、ゴホ....それ、は、完全....に魔王様が覚醒されていないか....グッ....です、わ。」
苦しそうに首をさすりながら切れ切れに言葉をだした女は青い顔をしながら魔王を睨んだ。
「....何?」
女の話に興味を持ったのか魔王が見下したまま顎で先を促した。
「魔王様が魔神に覚醒なされば魔族だけでなく他の種族も魔王様に戦いを挑んでこられますわ。...ですがそれにはこれを取り込んで頂かないといけませんわ。」
女が懐から取り出したのは血濡れた様に真っ赤な球体だった。
「アルアネシス!魔王様に変なものを差し出すな!!無礼だぞ!」
嫌な予感がしたチェルナスは女の名前を呼び警告するが女はゆっくりと起き上がり球体を魔王に捧げた。
「...........ふん。」
女に近付き球体を受けとるとちらりと眺めニヤリと笑った。
「面白い。」
「お止めください!?」
チェルナスが止めるのも聞かず魔王は真っ赤な球体を体の中にズブズブと埋め込み始めた。
「!!!?」
まるで粘液に入れる様に抵抗無く入っていくのをみてチェルナスは声を無くした。こんな状況が信じられない不安と頭の隅では早く仲間に報告しなければとよぎる。
「ああ、取り込むことが可能なのですねぇ、やはり。他の者達は強さが足りなかったのだわ。後は...自我が...。」
先程首を絞められた事など、どうでも言いようにうっとりと飲み込まれる赤い球体を見つめている女と、ニヤニヤと笑う魔王からチェルナスは目を離せなかった。
やがて完全に球体が飲み込まれると興味を失ったのか、戻る。と一言残し自室へと下がっていった。
「どういうつもりだ、アルアネシス!魔王様にもしもの事があったらどうする!」
行動を咎める言葉にも耳を貸さず女はチェルナスを無視して玉座の間から楽しそうに出て行った。
「...早く何とかしなければ。」
やっと女を退ける準備が出来たというのに新たな問題が起こってしまい頭を抱えたくなったチェルナスだったが書類を近くにいた同僚に渡すと手を組んでいる仲間へと連絡を取るのだった。