117、侵入開始
月明かりが照らす街並みに賑わう人々が絶えず、様々な姿をした魔族たちが行き交っていた。今は丁度昼過ぎらしい。
キラキラと輝く大きな噴水広場には家族連れやカップル達で賑わっていた。そんな中にガチガチに緊張しているであろう青年が一人立っている。表情も固く拳を握りしめ、怪しいほどに目だけがキョロキョロ動いているので回りから人が離れ距離をとられてしまっている。
「あんなんで大丈夫ですかね?」
「ここから見てる限り不気味ね。」
「ははは。」
私とレアルとナハトはラナージが見えるギリギリの位置で様子を伺っている。
レアルはサジェスタを呼び出し自分の大事なお客様だから集会は任せて魔国を案内してくれと頼んだのだ。一応ラナージは魔族の上、魔国在住だが大丈夫かと聞いたら、むしろサジェスタの方があまり出歩かないので問題ないらしい。
「あっ!来ましたよ。」
ナハトが指差す先にいたのはピンク色の髪を緩く束ね細いリボンで飾り、清楚な白い露出の少ないワンピースで体を包んだサジェスタが数歩進んでは躓き、を三回程繰り返した後あらかじめ伝えておいた特徴の青年を見つけたのかラナージに負けないほど顔を真っ赤にした状態でラナージの前に立った。
が、最後にやはり躓いたようで盛大にラナージへと飛び込んでいった。
「「「おおっ!!」」」
ガチガチに緊張していたとは思えない素早い反応でサジェスタを受け止め意図せず抱き締めた形になったので思わず私達も興奮してしまった。
ゆっくりとサジェスタが顔を上げ、心配そうにラナージが下を向いたので二人の視線が至近距離でバッチリと合った。一気に二人の顔が真っ赤に染まりガバッと距離を取った。
「何か、甘酸っぱいですね。」
少し頬を染めたナハトが二人の何とも言えない雰囲気に飲まれたようだ。
「無事に合流ね、ラナージさんかなり緊張しているみたいだけど....。」
「あっ、手をつないでる。サジェスタも照れているだけで嫌な感じはないわね。」
ラナージがサジェスタに躓いては危ないからお手をどうぞ、見たいな感じになったのだろう。
手を差し出しおずおずとサジェスタがその手を取ったあとゆっくりと歩きだした。
「続きが気になる所だけど、集会の方に行かないとね。このマントを着けてくれる、教団のマントが施設に入る通行証代わりだから。」
レアルにマントを渡され、受けとる前に姿をサジェスタに代えて受け取ったマントを着ける。
「凄いわ。どこから見てもサジェスタね。」
「僕は、入り口付近で合図されたら結界を張って施設ごと閉じ込めますね。」
レアルと共にマントを深く被り施設へと向かう。目立つような気がするが似たような格好の者を結構見かけるのでそれほど違和感がないようだ。古めかしいがしっかりした造りの建物には入り口に一人の見張りが立っているだけだ。
ナハトとはここで別れレアルと共に見張りの立っている入り口へと向かった。
「お前たち、ここで止まれ。顔の確認をするよう言付かっている。顔を見せろ。」
入り口の扉を立ち塞がるように立つ見張りによく見える様にマントのフードを肩に落とすとレアルとサジェスタに化けた私の髪がさらりと前に落ちた。
「!?レアル様!サジェスタ様!これは失礼いたしました!!どうぞお通り下さい!」
顔を確認した見張りは恐縮するように
扉から退くと頭を下げて道を譲った。
「ご苦労様、仕事熱心で嬉しいわ。」
「時間になったらあなたも遅れないように集まりなさい。」
「はっ!はい!!」
レアルに聞いた通りにサジェスタがよくかける言葉を見張りにかけた。特に怪しまれずに中に潜入することができたようだ。
「ここから研究施設の中央へ行くわ。中央には全員集まると私の元にさっきの見張りが報告に来るの。その時に声をかけるからナハト君に合図をお願いね。」
「ええ、わかりましたわ。御姉様。」
「本当にそっくりだわ....。」
複雑な廊下を抜けて奥で見た施設内部は表で見た古めかしい建物が完全にフェイクだった。
医療設備と研究施設はかなり金をかけて整えられており奥には子供たちがいたであろう格子の付いた子供部屋が多数あった。その更に奥に大きな両開きの扉があった。扉の先は、かなりの人数が入る集会場になっている。集会場を挟みまた同じように子供部屋と研究施設があるのでかなりの規模の施設だ。
扉を開き中へ入ると既に同じローブを纏った人々が集結していた。レアルから聞いた通り100人程の人数だ。
「サジェスタ、こちらへ。」
「はい。御姉様。」
レアルが舞台の壇上に向かうのでそれに一歩下がり付き従うと不躾な視線を体に感じた。
(種族が淫魔族ならこの視線は誇らしいのだろうけど私には不快すぎるな~、[威圧]が出ないように気を付けないと。これは確かにサジェスタにはきついかも。)
レアルが壇上に立つと少しだけ不快な視線が和らいだ。
私達の後に数人扉から入ってくると先程の見張りが扉から入ってそのままこちらに向かってきた。
「レアル様、全てリストにある人物確認いたしました。」
「ご苦労、扉を閉じ共に聞きなさい。」
「はっ!!」
「サジェスタ、いいわ。」
レアルの合図を受け、私もナハトに合図を心話で送った。
「我が下僕たちよ、よく集まってくれた!我が愛する次女がこの場にいない理由を知らぬものもいるだろう、我が妹は女神に近付くために魔王の妃になるべく策略を巡らせている。」
レアルの言葉に集まった者たちはオオー!!とかスゲー!!とかいっている。
「最近の我らの成果で新しい力を授かる為の魔薬を用意した。これは自らの力を最大限に高めお前達を甘美な夢へと誘ってくれるだろう。我らの悲願の夢を共に見据え叶えよう!」
腕のなかに大きな壺を抱えたレアルが水の魔法を使い壺の中に入っている紫色の液体を霧状にして振り撒いた。
勿論私達の回りには風魔法で防御しているので夢を見るのは壇上下の下僕さん達だけだ。
なんの疑いも無く我先にと下僕たちが吸い込んでいった。