106、男の茶会だっていいじゃない
広い部屋に置かれた大きなテーブルの四方を囲む男達の前には、香り高い紅茶が湯気をたてそれぞれに置かれていた。
大人の男達が飲むのに何故酒ではなく紅茶かというと酒は状態異常と捉えられ酔えないのだ。付き合いで飲めないわけではないが只の水分、同じ水分なら香り高い紅茶を好んで飲むようになった。それはある程度強者になると避けられない定めだ。
ここに集まるのはこの世界で最強といってもよい四人。ナハトも魔王に戻ったのでパラメータは爆上がり、あらゆる状態異常なども無効になった。
なので紅茶を囲んでいる。今回の紅茶はラピスが厳選した茶葉にメノウの秘蔵茶葉をブレンドした特別製でスッキリとした味わいの中に糖分をいれなくとも口に含むと仄かに感じる程度のいい甘味、そして鼻に抜けるナッツの様な香ばしさと最後に薔薇の香りの余韻が残った。
「これは!?素晴らしい茶葉ですね....ふぅ。」
余韻を楽しみながらつい溢してしまったナハトの呟きにいつも表情のあまり出ないラピスの口元が綻んだ。
「...............。」
(一番の誉め言葉だな。)
「全員の再会を祝う為のスペシャル茶葉だから当然だな。」
同じくメノウも他者には冷たいその態度を少しだけ嬉しそうに誇らしそうに変えた。
「....いや、まだ一人揃ってないんだが。」
一応人数は揃っているのだが、まだこの場にいない合流する筈のいない赤髪を思い浮かべ苦笑した。
「...、..........................。」
(ふん、どうせ彼奴には茶葉の良さなどわからん。)
香りも気にせずガバガバ飲むだけの最後の仲間は例え強烈な味にしても気づかず飲むだろう。実際何度がやったことがある。
「あの、今度はリゼも一緒に頂きたいです。」
「............。」
(ああ、勿論だ。)
ポツリと寂しそうに呟いたナハトにラピスが頷いた。
「で?先ずは自己紹介からか?」
メノウが飲み終わったカップを置きナハトに向かい視線をむけるナハトも飲み終わったカップを置き座る面々を見渡すと頷いた。
「僕は皆さんに倒された狂化した魔王ノックスといいます。そして最近までは記憶を失くし、エルノラ様に保護されていたナハトと名前を頂き名乗っております。先の戦いでは負の魔力から解放していただきありがとうございました。」
立ち上がり深く感謝の意を込めて頭をさげた。
「......。.、.........。......。」
(問題ない。が、エルノラの事はちゃんとエルと呼んでやってくれ。様は嫌がりそうだ。)
「我は元々知り合いなので問題ない。狂化していた時の事もな。」
「私はメノウだ。エルノラが仲間に率いれたのなら文句などある筈がない。もう一人リゼルもな。まあ、彼は知り合いの息子だから元々知っていたんだが。」
「ありがとうございます。」
仲間に迎えられ改めて頭を下げると椅子に促され着席した。
「...........。...................。」
(先ほどエルノラの元に連絡が入った。我々は五日以内には魔国に向かいアイツを回収する予定だ。)
「なるべく急いだ方が良いだろうな、ハイエルフが関わっている以上ろくな結果にならん。」
眉間を揉むようにメノウが数々の赤髪の問題行動を振り返る。うん、ろくなことがない。それはエルノラの台詞だが自分のやらかした過去でさえ軽く凌駕する赤髪の悪意の無い蛮行は厄介で面倒な事この上ない。
メノウは自分でしたことを自分の意思で引き起こすため偶然さえもある程度予測して不備を回収することが出来る。今回の聖樹の根の件も原因はすぐ判明した方だ。
だが赤髪は違う。勝手に首を突っ込み、知らず内に巻き込まれ、時には放置したまま忘れるので面倒で後腐れありまくりな事件が後で押し寄せる。
「その赤髪という方は、僕をこちらに転移させた真っ赤な髪の鬼人の新しい魔王を名乗っている者ですよね?」
「そうだ。赤髪は我らの仲間でカイ..むぐぅ....」
名前を出そうとしてハルルはラピスに口を塞がれた。
「ラピスの赤髪嫌いは筋金入りだな。そういえば、あの日も最後まで追っかけ回していたか。エルノラの一撃で大人しく眠りについたが....ラピス、いっそのこと羽を切り落とすか?その羽に一番執着しているのだろう?」
メノウのとんでもない提案にラピスがギロリと睨み付けた。
「冗談だ。エルノラがそんなこと許す分け無いだろ。おい、頭を羽で叩くな。」
後ろからメノウに近付いたラピスは不可視化している羽でバシバシと叩いているようだ。一定のリズムでメノウの頭が揺れていた。
その光景を不思議そうに見ているナハトにハルルが理由を話した。
「赤髪は空を飛ぶのに羽を欲しがっている。ラピスの羽は美しく、強く、天使族の中でも一番だ。」
「魔法で飛べばいいのでは?」
「強さを求めた結果赤髪は魔法に制限がかかった。物理攻撃に特化した為に低級魔法しか使用できない。」
「えっ...!でも、僕を転移させたのは高位魔法ですよ?」
「恐らく奴はエルノラに貰っていた魔術符をつかったのだろう。」
頭をさすりながらナハトとハルルの会話にメノウが参加してきた。
「魔術符?」
「これだ。」
メノウが懐から数枚の長方形の紙を取り出した。紙には色があり、赤、青、水、緑、黒、銀、で文字の様な紋様が虹色に輝く光で描かれていた不思議な紙だ。
「登録した持ち主が魔力を少しでも流せば発動する魔法が込められたアイテムだ。」
メノウが青色の紙を取り出し魔力を少しだけながすと淡く紙の全体が輝き、紙が消滅してその後に魔方陣が現れたが、それをメノウが強固な結界で囲う。
その直後結界の中で氷の刃が多数放たれた。
強固な結界が歪む程の衝撃が中で起きているようだが破られる事はなく結界内が静まった。
「と、こういう風に少しの魔力で魔術符に込められた魔法を使えると言うわけだ。わかったか?」
メノウの言葉にナハトは返す言葉が見つからなかった。
「..、....................。」
(はぁ、いくら結界があるからといってやりすぎだ。)
「ちゃんと調節はしただろう?一度使って見たかったんだ。..おい、また頭を叩くな!」
お仕置きというように頭を叩き出したラピスから逃げるように距離を取るために部屋を逃げ回るメノウを尻目にハルルが続ける。
「エルノラが赤髪と離れる時に数枚の転移魔法の魔術符をどこからでも来られるように持たせていた。黒はエルノラの魔法には逆らえないので防げなかったのだろう。だから止められず転移が発動した。」
「確かに、転移する直前に足元に魔方陣がありました。黒が焦ったのはエルの魔法だから止められなかったからなんですね。」
なるほどと納得しているナハトを見ながら考えた。赤髪はナハトを知らない筈、何故エルノラの元にナハトを送ってきたのだろう。と。