101、狂化魔王
時間が動きだした直後、リゼルが光を放ちその場から消える。重さを失った男の剣が私の前でピタリと止まった。
「オマエ、ナニヲシタ?イツノマニ、ココマデチカズイタ?」
私が男の方に顔を向けると血のような真っ赤で濁った瞳と目が合う。その瞳は私を捉えているが何の感情も映していなかった。
整った美しい顔立ちのダークエルフは、ナハトが大きくなった姿で違い無さそうだが、濃い銀色だった肩までの髪は長く伸び、所々黒が混ざり墨を落としたような斑の黒鉄色の髪になっていた。薄紫の綺麗な瞳も見れないのは残念だ。
よく考えてみればこの男には見覚えがある。
《黒?これあの魔王だよね?》
《....はい、そうですね。》
男がナハトなら共に転移している筈の黒に心話を送ると軽い答えが帰ってくる。
《どうやら消滅したのではなく、分離したようですね....。》
黒は私にゲームイベントで倒した筈の狂化した魔王が復活したので封印しておいたと報告された。その後封印を無理やり解いた魔王が消滅したとも。
実際は恐らくだが一度倒され弱っていた狂化魔王は次代魔王を継承させる為、あの人?に私が目覚めるタイミングで復活させた可能性がある。復活に気づいた黒はまだ目覚めていない私に判断を仰ぐため再封印した。
だが再封印を破ることができた魔神はすでに浄化されているのもあって力を使いきり更に弱っていた。
そこでナハトになったのではないかと思う。
力を失くし、記憶を失くし、そのタイミングで魔女に捕まり奴隷の首輪を付けられ売られた。
今思えば出会い頭に泣いていたナハトを守っていた黒い触手のような魔力は負の魔力の残滓の様な物だったのかもしれない。
狂化魔王も狂化する前は魔族を管理する魔王なのだからナハトの大人姿が本来の魔王の姿。子供の大きさだったのは魔力の枯渇状態を防ぐため無意識に負担を減らす形状になり守っていたのだろう。
早い成長は魔力が体に馴染み、魔神の欠片による魔神化によって活性化され本来の姿に戻ろうとしていたから。
ここでただの魔神化なら魔王に戻れただけだったが負の魔力をまた取り込んでしまった。
今ここにいるのはゲーム時の狂化した魔王。
《申し訳ありません、マスター。ナハトが、望むなら私にお任せください。》
黒も白と同じ選択をしたようだ。あの人の介入もあり、色々と想定外だが私も今、出来ることをしなければ。
《わかった。許可します。》
私の返事を聞きありがとうございますと心話が途絶えた。
「....オマエドコカデミタ....」
狂化魔王が私を暫し眺めた後、後方にいるハルル達に視線を移した。
「ソウダ....オレヲタオシニキタボウケンシャダ。」
ニヤリと口元を歪ませると黒い触手の負の魔力が更に濃くなり蠢いた。
刹那、黒い剣が横に降り振りなぎ払われたが後ろに跳び回避する。
「エルノラ!これはナハトか?この出で立ちは狂化した、あの時倒した筈の魔王だろう!?」
ハルルが駆け寄り更に追撃してくる狂化魔王の剣を槍でナイスなタイミングで受け止める。
「....、..........?.[...]!」
(また、復活したのか?[浄化]!)
負の魔力を浄化魔法でラピスが散らしていく。前の時とは違い今回は対処もわかっているので指示しなくても問題なく負の魔力を減らし始めた。
「油断するなよ、傷ついた聖樹から負の魔力が無尽蔵に吸いとっている。エルノラ、狂化魔王の相手は私達がするから先に聖樹を癒してくれ。」
メノウが狂化魔王の動きを読みハルルに指示を出して牽制しつつラピスへ[浄化]の魔法を継続的に使うように合図した。
前に戦った時とは比べ物にならないくらいレベルも連帯も上がったハルル達はまだまだ余裕のある戦い方だ。まだ本調子ではない狂化魔王が苛立ち始めていた。
「わかった!しばらくお願いね。」
聖樹の根に駆け寄り、巨大な根の傷口に近付くと癒しの魔力を神力と共に一気に流し込んだ。
「....グゥ!?マリョクガ....オノレ!」
溢れていた負の魔力が癒しの魔法をかけ癒えた根に向かい急激に吸い込まれて始めた。負の魔力を取り込み始めたことで、この場の負の魔力が浄化され消えていく。
「....ガァァ!?チカラガスイコマレ....テいく....」
狂化魔王が苦しそうに膝をついて剣を地面に突き刺し体を支える。何の感情もなかった顔にひどい脱力感と苦痛が浮かんだ。
そうしている間に聖樹の傷が完全にふさがり輝きを取り戻した。
「よし、終わり。お待たせ!」
ハルル達の元に駆け寄り狂化魔王と改めて向き合う。
「.......、...?...............。」
(だいぶ弱ったぞ、ナハトだったか?今なら少し意識を取り返せるはずだ。)
ラピスが[浄化]魔法をかけながらナハトに話しかけろと声をかけられた。頷きナハトに話しかけてみる。
「ナト!私の声が聞こえる?」
膝をつき項垂れた長い髪隙間から赤い瞳がこちらを除く。その瞳は揺れ定まっていない。
「....アァ....エ..ル....アタラシイ....メガミ....?」
魔王と狂化魔王とナハトの記憶が混濁している様子で強く目を瞑り頭を押さえ始めた。