明日の平和と引き換えに
明日、私はこの町を出て、悪魔に身を捧げることとなった。
今日がこの町で最後を過ごす日となる。
なので、見逃した風景がないよう、丘の上の家からこっそり抜け出し、町を一周することにした。
町の通りはがらんとして物音なく、扉は閉めきって静まり返っている。
明日、私を迎えにあがる悪魔に対して恐怖や嫌悪感を抱いているからだろう。
そんな通りを抜け、町の中心である広場の噴水に腰をかけた。
いつもは遊ぶ子供たちや、買い物をして通りすぎる大人たちはいなかった。
ビューッと風の音が耳に響く。空は明るい青色で曇りなく、町の雰囲気と真逆で不自然に感じた。
私は建物を一つ一つ眺め回った。
レンガで出来た家造りは、どれもこじんまりとしてて小さいけれど、一軒一軒に宿主がいて、それぞれの人生が家の中にあるんだ。
この家を造ったのも、大工さん達の勤めがあって建ったもの、それはそれだけ町に活気がある証なのだろう。
明日、何事もなく一日が過ぎると、明後日にそれら全て、町が栄えた証は消滅する。
そう考え……今日初めて、心が揺れ動いた。
町の入り口まで足を歩かせると、今日の中で初めて人に出会った。
「……出たいのか、今この町を」
年老いた警備兵が、見張り小屋から私の顔を険しい表情で私の様子を見る。
「いえ、私はただこの町を見て回りたいなって」
「……そうかい」
この先に出るのは明日なのだ。明日出なければならない。
「お前さん、見張られてないのかい?」
「両親は部屋に閉じ籠っていて、他の人は貢ぎ物の用意で忙しいから、こっそり抜け出してきた。誰も私が家を出るような女だと思ってないから」
「今頃大慌てじゃないのか?」
「そうなる前に、この町全てを見て、後悔を遺したくない」
私は太陽の昇っている方角を眺めた。
日はまだあまり動いておらず、それほど時間が経ってないことを私に教えてくれている。
「そりゃ無理じゃろ」
警備兵は顔を俯かせ、そして思い立つように見張り小屋から出た。
「わしが今から馬車を引いてくる。それに乗れ」
警備兵はそう言って、私を馬車に乗らせ、町を一周し回らせてくれた。
その間、一言も会話を交じらせなかった。
気まずそうな、険悪そうな雰囲気が、明るい青空の下で暗く私たちにまとわりついていた。
町で私が知らない場所はなかった。
家である丘の上に戻る途中、最後に目にするだろう町の光景を見下ろした。
元から見逃すことのなかった町並み。もう二度と目にすることない町並み。
「やっぱり、怖いな!」
思わず頭を抱え地面に座り込む。
逃げるチャンスもあった。それも何度も頭の中で繰り返し考えてた。
家に籠り、私を差し出すことを優先した町の皆を置いて逃げることが出来たかもしれない。
「何で、私が!! 町の皆は、私を差し出して、皆は知らん顔なの!? じいさんも、私をこっそり逃がしてくれても良かったじゃない!!」
そだけど、最後の最後まで思い留まったのは、私自身なのだ。
何の出来事もなく、後悔もなく、この町で思い逃したことはない。
私という存在は、この村から離れることで、初めて関係が繋がるのだろう。
町を出たところで行くあても保証もない。
だったら、明日が来るまで、何も考えず感じず、ただ明日を迎えるのを待とう。
そして私は明日を迎えるまで、窓を閉じ目を閉じ眠りについた。




