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第2話

2.


 私は母にウイスキーを呑んでみたらと誘われた。酒を呑んでいるみたいだ。男と上手くいかなかったんだと思った。私は初めて酒を呑んだ。最初は清涼飲料新の方が美味しいと思ったが、慣れてくるとなんとも言いがたい美味しさを感じるようになった。14歳の冬休みに母親と静かに過ごした時間はこれが最初で最後ではないかと思った。

 母親は謎が多い人だ。卒業アルバム、写真、年賀状等。過去の痕跡がまったくないのだ。触れられたくないんだ過去に。今も職場を絶対教えてくれないし、母親の両親や親戚はいるのだろうけど、教えてはくれない。ただ、私の父親は名前だけ知っている程度だ。会ってみたいけど、それは母親の裏切りになるのであえてその気持ちを隠している。

 酒を酌み交わしながら、母親は喜怒哀楽を出さずに呑んでいる。私もその無言の空気を明るく変えたいが、無理っぽいので、ただ母親の真似事をしてウイスキーを呑んでいた。

「どう味は?」

「美味しい」

「ジュースとどっちが好き?」

「ウイスキー」

「そっか」

それで会話は弾まずに、時間だけが過ぎていく。最後の晩餐みたいだなと密かに思った。二度とこんな風に酒を呑むのは、もう二度とないだろう。直感的にそう思った。母親は何か真剣に悩んでいるように見えた。珍しいなと酒を呑み、母親の様子を観察した。ウイスキーがすぐに空になった。

「ねえ?」

「ん?」

母親は何かを吐露したような感じで、話をし始めた。

「私がもっとお金を稼げたら。いつか私たちが金持ちになって。で、優雅な暮らしになったら嬉しい?」

嫌な感じがした。私は、本能的にこれは、幸せそうで、幸せな話ではない事を予感させた。

「金はないよりあった方が嬉しいけど。でも、今のままでいいよ。友達もいるし、何より二人でいる時も中々楽しめるし。お金が足らなければ、私もバイトをして働くよ」

「そうだね」

そう言ったきり、母親は黙ってしまった。気落ちしている訳ではなさそうだ。それを見て私は辛くなった。以心伝心ってやつだろうか。

私は、小遣いで、日曜日の夜に一人で晩酌するようになった。ウイスキーの一番安いものを好んで呑んだ。高いのは母親がたまにプレゼントしてくれた。私は感謝をして、ありがたく安いウイスキーと高いウイスキーを比べて呑んだ。安いほうが呑みやすいかもしれないと思った。味覚がもっと発達すれば、高いウイスキーの魅力にとりこになってしまうかもしれないが。そう思った。

中学の卒業式。私は高校へ進学する前に、親友や友人との別れを惜しんだ。高校は学費が学力に見合った中で学費が一番安い高校を選んだ。


卒業式の前日に、彼氏に別れを告げた。だけど、お互い惹かれあうものがあった。少なくても私はそう思っている。もうこうして話すことすら出来ないのは、ただ切なかった。その切ない温もりを二人とも共有していた。愛情の温もりを微かに残した。何もせずに、ただ私の住むアパートで、ウイスキーを勧めてみた。

「こんなの15歳で呑めるかよ」

「何でも挑戦してみるよも悪くないわよ。さあ、呑んでみて」

「挑戦なのか?お酒は二十歳を越えてからだぞ。まあ、いっか」

やっぱ酒を呑んだことあるじゃんと思いながら、彼氏の様子を見守った。

結果は彼氏の惨敗だった。無理もないか。遺伝だし。嫌がらずにウイスキーを呑んだところが、さらに愛しさが増した。

「缶ビールは飲んだことあるけど、ウイスキーは反則だろう。まだ頭がのぼせている」

「私も最初はそうだったよ」

そう言って、彼氏のプライドを傷つけないように、適当に嘘をついた。

「私が送っていってあげるわ」

食卓の床にべったりと寝ていた彼氏を、そろそろ起こそうと思った。母親に見つかるのも、悪い気がしていた。

「もう閉店だよ」

「……あ?もう夜の七時じゃん」

「今日は特別に私が送ってってあげる。千鳥足はまだ早いでしょ?」

「酔いはだいぶ醒めたけど。そうだな。もう最後だしな」

二人はしんみりとした気持ちになり、そして、家の鍵を閉めて、二人は手を繋がないで、歩いて、出会った頃の印象や、デートの話。もし同じ高校に進学したら、もっと長く付き合えたかなとか。ささやかだけど、綺麗な紫陽花のような話をしていた。思い出の花の色によって、話題が変わっていく。そんな事を考えていくと、少し泣いてもいい夜になるかもしれない。でも、そこまでの人生の深さがないから、恋愛の初心者だから。ただ感傷に浸るだけで終えてしまうかもしれない。

「ここでいいわ。後一分で着くから」

「そっか」

しばらく立ち止まった。最後に。そう言って別れた彼氏に抱きしめられた。

そして、そのまま私は泣いてしまった。彼氏はそれを見て、頭をそっとなでてくれた。いつかは忘れる運命だから、私は泣いてしまった。

「女らしい所もあるんだな」

「私が未熟だからだよ」

「そうなの?」

「別れも慣れれば、泣かなくてもすむ。特に人前でね」

「そっか。いつか他人同士で会えるといいな」

私はハンカチで目元を拭って、街灯の光がとても眩しく感じた。

「他人同士で会っても意味ないじゃん」

「やり直せるかもしれないって事だよ」

「大人になったね」

私は泣きながら笑った。夜の暗闇が、別れに情を添えてくれる。灰色のブロック。家の外灯の光。笑い声も聞こえてきた。

「じゃあ」

「うん」

私は静かに抱き付いた身体をゆっくりと離して、ハンカチで涙を拭いた。

「じゃあね」

そう言って、私は早足で家に戻っていった。この瞬間を忘れたくないと思った。

街灯は規則正しく真っ直ぐにあり、私に視界を明けてくれる。やけに眩しく感じるほど、漆黒な夜。星が少し煌いていた。足元は街灯が照らし、上は月が私に光を与えてくれる。春風が吹いて、私は肌寒くて、家に向かって歩いていく。新しい人が待っている。なのに、私は泣いている。こんなに純粋になる事は、もう二度とないんだなと思った。別れが辛くて泣いたとしても、それは理性が純粋さを邪魔する事になるだろう。

肌寒さがさっきの温もりを消してしまった。3月の空は一年の終わりを教えてくれる。でも、やけに月が優しく見えた。


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