プロローグ
『涙はいらない』
「プロローグ」
私は今日もウイスキーを片手に、街を歩く。舌の根の乾かぬ時に、別れを告げられた母親に会うために。酒に異常に強いのは
遺伝のようだ。
17歳の冬。酒で身体を温めるだというのは、付属した言い訳であるが。外はしらしらと雪が降り続いている。白い雪が空か
ら降っていて、いつまでも降り続けばいいのにと思わず思ってしまった。
アパートから20分ぐらいでステーキ屋につく。駅の近くのステーキ屋だった。子供の頃、クリスマスにはよく母親と一緒にこ
のステーキ屋で、二人で祝った。母親は、24日はいないから、25日は子供だった私と、ずっと一緒にいてくれる。そんな記
憶が鮮明に思い出せた。
店は表参道から裏通りにある。雑誌にも紹介された事もある人気店だ。でも、午後5時半を少し回った頃ではさぞかし席は空い
ているだろう。
また母親は二人で暮らさないかと手紙で告げてきた。私は無論反対はしない。
――母親は私が高校入学したある初夏の日に、私より男と暮らす方を選んだ。裏切られた気持ちを数日間持っていたが、大学卒
業にかかるお金を実の娘の私に残してくれたのは、今でもすごくありがたかった。そのうち、今までよくしてもらえたから、そ
れで満足する事にした。
でも、本心は違うけど。内心は鬱傾向が強くなっていたため、ずっとベッドで横になっていたかった。
一人で生きていけるとはさらさら思っていない。でも、私は、高校は中退。彼氏とも別れを告げて、しばらく一人で家にいる時
間がほとんどになった――
そんな取り留めのない事を考えながら歩いている。昔よく行っていたステーキ屋まで後少しだ。喫茶店の方が話しやすいが、奢
りなのでまあ不問としよう。
ビル群が立ち並ぶ街を歩き、人々は寒そうに、早く温かい建物の中に入りたそうだ。信号が青になった。歩行者側から信号が青
になるのに、気付くのに、数秒かかった。どこかへ消えた理由はどうでもいい。会いに来てくれるだけでもマシなのかもしれな
いと思った。しかも、二人でやり直せるチャンスは今しかない。
時計を見て、10分遅れた。茶色くて金色のベルが鳴ってドアが開いた。店内を見渡した。美味しそうな匂いがする。肉なんて
しばらく食べていない。店員の声には反応せずに、ウイスキーも飲んだ。もっと大きいボトルを持ってくればいいかなと思った
。店の一角に、もう母親はテーブルに指をカタカタしながら、私を待っていた。




