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第四十九話 分断

 チュィィィィイイイイイイイン!


 薄闇の中に赤い火花が散る。


 鼓膜を切り裂く様な、甲高い擦過(さっか)音が響き渡る。


 足元に火花を散らしながら、ソフィーを背負ったバルタザールが石造りの廊下を疾走していた。


 アーチ状の高い天井。巨体の魔物が通るのだろう。廊下の幅は、大の大人が五人、手を広げたほどもある。


「何じゃこれは! ちっとも果てが見えんぞ!」


 響き渡る金属音に負けじと、ソフィーが怒鳴る様に声を張り上げる。すると、バルタザールが肩を揺すった。


「ははっ! 見た目通りじゃない。そう言っただろう?」


 既に十分余りも疾走(はし)っているというのに、一向に廊下の果ては見えてこない。


 しばらくすると、バルタザールは速度を落として、徐行し始めた。


「だが……いくらなんでも静か過ぎるな」


「そうなのか?」


「ああ、今、通り過ぎた十字路だが、コータと一緒に突入した時には、そこの横道からゴブリンやミノタウロスがうじゃうじゃ飛び出して来たんだ。それが、魔物どころか鼠一匹出てきやしねぇ。こんだけ騒がしい音出してんだぞ、気づかれてねぇ筈が無ぇってのに」


「ふむ、ヌーク・アモーズへ向かった魔物は物凄い大軍勢じゃったからな。下層におるような低級の魔物は、ほとんどそっちに動員されておるのじゃろう」


「なら良いんだけどよ。……どうにも誘い込まれているような気がしてならねぇ」


「まあ、警戒するに越したことはないじゃろうな」


「それと、言っとくが、ちびっ子。引き際を誤るなよ」


「どういう意味じゃ?」


「はっきり言ってコータが無事だとは考えにくい。聖剣を回収できれば、それでよし。コータにこだわりすぎるなよ」


「無理じゃな」


「即答かよ! 折角、親切心で言ってやってるのに、聞く耳ぐらい持ちやがれ!」


「知るか! お主は聖剣の回収が目的かも知れんが、(わし)は違う。聖剣なんぞどうでも良い。魔王がこの国を滅ぼすなら滅ぼさせてやれ」


 バルタザールはげっそりした顔をして、肩越しにソフィーを振り返る。


「大司教が聖剣なんぞどうでもいいとか……」


(わし)は、もう大司教ではないわ」


 ソフィーはプイ! と、そっぽをむいた。


「なあ、ちびっ子。もういい加減、コータに惚れてるって認めたらどうよ? 好きなんだろ?」


「な、ちがっ!? 何度も言わせるな! あ、あれは孫みたいなものじゃと言っておるではないか!」


 あからさまに狼狽するソフィーに、バルタザールは苦笑する。


「ま、大方、歳の差なんてのを気にしてるんだろうがな……関係ないと思うけどなぁ」


「関係ないわけが……ないじゃろうが……」


「良い事教えてやろう」


「……なんじゃ」


 ニタニタと張り付いた笑いを浮かべるバルタザール。ソフィーは唇を尖らせると、それを、顔の真ん中が陥没しそうなほどの渋面で睨みつけた。


「コータは、魔王を倒したらオーランジェ様に婚約の破棄を申し出るつもり。そう言ってたぞ。他に好きな女がいるんだとさ」


「な!? だ、誰じゃ、その女は!」


「さてね? 誰だろーなぁ?」


「むぅううううううううううううう!!!」


 ソフィーが頬を膨らませながら、バルタザールの頭をポカポカと殴る。


 だが、バルタザールは痛がるどころか、ものすごく楽しそうに「はっはっはっ!」と笑いながら、再び速度を上げた。


 それから更に十分程走ると、廊下の端、上層階へと続く螺旋階段へと辿り着いた。


 結局一匹たりとも魔物と出会うことはなく、バルタザールはどこか不満げにソフィーを背中から下ろす。


 流石に車輪を出したまま、階段を登る事は出来ないのだろう。バルタザールはソフィーが興味深げに眺める前で、車輪を引っ込めた。


「まあいい。二階の連中は、ここから外には出れねぇからな。確実に襲ってくる。覚悟しとけよ、ちびっ子」


 バルタザールはそう言って、両手でぴしゃりと自分の頬を叩くと、先頭に立って階段を登り始めた。


 螺旋階段を登りきると、そこは深い闇。


 薄暗かった一階層よりも、二階層は更に闇が深い。


「ちびっ子、カンテラとか持ってないよな?」


「身一つで脱出してきたんじゃぞ。持ってる訳無いじゃろが……まあ良い、ちょっと待つのじゃ」


 そう言って、ソフィーは目を閉じる。


「主よ。御身を照らす天上の火。その輝きを分かち給え。聖光(ホーリーライト)


 途端に、ソフィーの掌に、煌々(こうこう)と光を放つ球体が現れた。


「おお! そういや、ライトナも使ってたな、ソレ。今度、教えてくれよ」


「無駄じゃろな。正しい信仰を抱けば、神は恩寵を垂れたもう。お主には信仰心が足りん」


 ムッとするバルタザール。ソフィーはそれを無視して、腕を伸ばし、行く手を照らし出す。


 その途端、彼女は顔を引き攣らせて硬直した。


 誰もいない石畳の回廊。その床に、まるで水玉模様のように無数の影が落ちている。


「ははっ! やっぱりいやがったか!」


 バルタザールが声を上げた途端、その影が風船でも膨らませたかのように膨れ上がり、一斉に人の形を取り始めた。


「な、なんじゃあれは!」


「さあな。レイモンドの奴が、確か……シャドーストーカーとかなんとか、気取った名前を付けてやがったが、あいつらにはずいぶん苦労させられたぞ。なにせ、剣で斬れねぇからな」


「剣で斬れないって……それではお主、役立たずではないか!」


「……ほんっと、失礼な奴だなぁ、お前」


 バルタザールが、そうぼやいた途端、その影が襲い掛かって来た。


「お、おい、お主!」


 思わず目を見開くソフィー。だが、その目の前で、バルタザールが無造作に剣を振るって影を斬り捨てた。


「斬れるではないか!」


「なんの対策もしてねぇ訳ねぇだろうが!」


 声も無く消滅していく影。だが、影は怯むことなく次々と襲い掛かってくる。


 見れば、バルタザールが両手に握った剣。その刀身がうっすらと光を放っている


「ドワーフ謹製の光精霊ウィル・オー・ウィスプの加護を宿した剣だぜ!」


 バルタザールが剣を一振りするたびに影が一つ、二つと消滅していく。


「ちびっ子、突っ込むぞ! 後ろをついてこい!」


「わかったのじゃ」


 襲い来る影を切り裂く剣。暗闇を穿つかのように進んでいくバルタザールの背に隠れるように、ソフィーが走る。


「もうちっと我慢してくれ! この先の部屋に、上層階への梯子が掛かっている筈だ!」


 バルタザールがそう声をかけるのとほぼ同時に、ソフィーが悲鳴染みた声を上げた。


「まずいのじゃ、バルタザール!」


 ソフィーの耳に、背後の螺旋階段を上がってくる無数の足音が聞こえてきたのだ。


「はっ! くだらねぇ! 挟み撃ちにしようって魂胆かよ!」


「ど、どうするのじゃ!」


「どうするもこうするもねぇ! 一気に押し通るぞ!」


 やがて暗闇の先に、扉の無い部屋の入り口が、うっすらと見えてきた。


 もともとは扉があったのだろう。ねじ切られたような蝶番(ちょうつがい)の残骸が、壁に残っているのが見える。


「こいつらはあの中までは追って来ねぇ! 合図をしたら俺を追い抜いて、先に飛び込め!」


「わ、わかったのじゃ!」


 バルタザールが正面の影を切り伏せた途端、部屋の入り口まで道が開けた。距離にして五メートル。


「行きやがれ! ちびっ子!」


「うなぁあ!」


 ソフィーが必死の形相を浮かべて、バルタザールの脇から飛び出す。ホップ、ステップ、ジャンプ。彼女はまるで三段跳びのように跳躍して、部屋の方へと飛び込んだ。


 ソフィーが部屋の中へと転がり込むのを見届けて、バルタザールは安堵の息を吐く。


「よーし、ちびっ子! まだ梯子登るんじゃねぇぞ! 俺が行くまで待て、上にも何がいるか分かったもんじゃねぇからな」


「わ、わかっ――」


 その瞬間、唐突にソフィーの声が途切れた。


 バルタザールは思わず目を見開く。


 無かったはずの扉が現れたのだ。閉じていく重厚な鉄の扉の向こうに、ソフィーの驚愕の表情が垣間見えた。


「なにぃいいいい!」


 ドン! ドン! ドン!


 扉の向こうから、必死に扉を叩く音が聞こえてくる。


「くっ! 邪魔をするなっ!」


 だが、バルタザールが襲ってくる影を力任せに切り捨てたその瞬間、唐突に扉を叩く音が途絶えた。


「ちびっ子! おい ちびっ子! 返事をしろぉおお!」

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