表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/70

第二十一話 『マニア向け』はたぶん誉め言葉ではない。

「勇者様! 本当に良いんですね?」


 レイがコクリと(うなづ)くのを視界の端に捉えながら、ドナは一際力強く手綱(たづな)をしならせた。


 馬は前足で宙を()いて(いなな)くと、一気に速度を上げ、馬蹄(ばてい)の響きを人通りの絶えた大通りに、高らかに響かせる。


 ミーシャの目には、行く手で揺れる無数の篝火(かがりび)が、闇夜に息をひそめる狼の目に見えた。


 人間の領域にさえ入ってしまえば、後はのんびりとした旅路になる。その筈だったのに、なんでこんな無茶苦茶な事に巻き込まれているんだろう。


 そんな疑問とも不満ともつかない想いが、ミーシャの頭の中で渦を巻いていた。


 篝火(かがりび)が近づいてくるにつれて、その周囲の群衆の輪郭が浮かび上がってくる。


 一様に表情の無い顔。生気の無い目をした男達の姿。


 暴走する馬車が迫っているというのに、男達は身じろぎ一つしない。


 やっぱり(あやつ)られているだけなんだ……。


 そう思った瞬間、自分達がしようとしていることの恐ろしさに、ミーシャの顔から血の気が引く。


 だが、もう馬車を止めることは出来ない。 


 あと、二十メートル!


「ううっ!」


 (うめ)くような声を洩らして、ミーシャが肩を強張(こわば)らせた途端――


 ()()()()()()()()()()()()()()


「え?」


 ミーシャの間抜けな声が宙空にとり残されて、身体がふわりと浮かび上がる。


 周囲の音が消え去って、周りの景色がやけにゆっくりに見えた。


 脚を折って前のめりに倒れていく馬。


 馬と馬車を繋ぐ(くびき)を軸に、馬車の車体が宙に半円を描いて引っ繰り返っていく。


 ああ、死んだわ、コレ。


 頭の片隅で、自分自身がお手上げとばかりに肩を(すく)めたその瞬間、


 ――すまん。


 脳裏にレイの声が響いて、脇腹に鋭い痛みが走った。


 思わず目を見開くミーシャ。


 その視界に飛び込んで来たのは、自らの脇腹に()り込む兎の脚。


 やけに綺麗なフォームの跳び蹴りだった。


「ぐはっ!!」


 ミーシャの口から、乙女らしからぬ声が洩れて、肺の中の空気が全部押し出される。


 そして彼女は、


「きゃああああああああ!」


 盛大に悲鳴を上げるドナを巻き込んで、馬車が描く死の大車輪から外れて脇へと放り出される。


 そして、二人は石畳の道を点々と転がって、人形の様に絡み合ったまま地面へと叩きつけられた。


 途端に、世界に音が戻ってくる。


 ノイズとして無視されていた周囲の音が、意識の表層に浮かび上がってきた。


 凄まじい衝突音。


 石畳に叩きつけられた馬車が砕け散る。


 カンテラの油が引火して黒煙が立ち昇ると、下敷きになった馬が悲しげな声で鳴いた。


「ううっ……悪霊女、生きて……る?」


「なんとか……」


 ミーシャが問いかけると、ドナは(うめ)く様に応じた。


 ミーシャは自分自身の状態を探る。


 恐らく頭から血が出ているのだろう。顔の右側を生ぬるい液体が滴り落ちていく感触がある。


 ――大丈夫か?


 頭上にレイの気配を感じて片目を開くと、ミーシャは息も絶え絶えに口を開いた。


「アンタ……これ大丈夫に……見えんの?」


 ――見えない。


「でしょう……ね」


 実際、ダメージの八割方は、レイの跳び蹴りの所為(せい)だと思うのだが、それを責めるのは筋が違うことぐらいは分かる。


 そうしなければ今頃、三人ともあの燃え盛る馬車の下敷きになっていたのだ。


「勇者様は、ご無事で?」


 ドナのその問いかけに、レイはこくりと頷くと、くるりと背を向けて周囲を見回す。


 ミーシャが痛む身体を起こすと、いつの間にか松明を掲げた男達が、遠巻きに取り囲んでいるのが見えた。


「あはは……なにこれ、絶対絶命のピンチってヤツ?」


「動かないでください。すぐに治療しますから」

 

 ミーシャが渇いた笑いを(こぼ)すと、ドナはミーシャの頭上に手を翳した。


「主よ、祈りに(こた)(たま)え、善き物に善なる恩寵(おんちょう)を垂れ給え――キュア・インジュアリー」


 ドナの手が光ると同時に、ミーシャは痛みが引いていくのを感じながら、ぼんやりと男達の向こう側、煙に巻かれて苦しげに(いなな)く馬の方へと目を向ける。

 

 すると馬の前足に、白いロープ状のものが絡みついているのが見えた。


「そりゃ、ああなるわ……」


 ミーシャがそう呟くと、静かに(たたず)んでいた男たちが道を開けて、その向こうから女が一人歩いてくるのが見えた。


 真っ赤なイブニングドレスに身を包んだ肉感的な女。


 歳の頃は恐らく三十近く。


 腰までの黒髪に赤い瞳、病的に白い肌、口元の黒子(ほくろ)が妖艶な色気を醸し出している。


「あらら、傷物にしちゃダメじゃないの、もう悪い子ねぇ」


 女はそう言って、自らの足元に擦り寄る大型犬ほどの黒い塊へと、(とが)めるような目を向けた。


 それは蜘蛛。暗くてシルエットでしか分からないが、恐らくヒュージスパイダーという奴だろう。


 品定めする様にドナとミーシャを眺めていると、その視線を一匹の兎が遮って、女は一瞬きょとんとした顔になった後、愉快げに声を上げて笑った。


「あはははは、これは珍しいわね。首狩り兎(ボーパルバニー)を手懐けるなんて。もしかして、そっちのエルフちゃんが調教師(テイマー)なのかしら」


 ――中身は兎じゃないけどな。


「あら、そうなの」


 その瞬間、ミーシャの背筋に冷たい汗が滑り落ちた。


 今、この女はレイの言葉に反応したのだ。


 精霊使い(エレメンタラー)か、さもなければ……。


「アンタ……何者なのよ!」


「一応、この街の顔役ってことになってるんだけど……マダムアリアって名前聞いたことなぁい?」


 ミーシャがドナと目を合わせると、彼女は眉間にしわを寄せてふるふると首を振る。


「あら残念、ちょっと傷ついちゃった」


 女は口を尖らせた。


 ――で、そのアダムマリアが、私達に何の用だ。


「……マダムアリアね。もう、アリアで良いわよ。見ての通り、このところさっぱり景気が悪くてねぇ。大歓楽街として栄えたこの町もこの有様。女の子も減っちゃって、まったく商売あがったりよ」


 ――なるほど。それでこの二人に目をつけた訳か。だが、幾ら女を集めたところで、この町の有様ではどうにもなるまい。


「ばっかねぇ、アンタ。どうせすぐにこの町は魔王の手に落ちるわ。そうなったら魔族相手の娼館が大繁盛よ。だからそうなるまえに可愛い女の子をたーっくさん仕入れて、準備しとかなくっちゃ」


 途端にレイの背後で、ドナとミーシャが顔を引き攣らせる。


 その表情をうっとりとした目つきで眺めながら、アリアは話を続けた。


「心配しなくても大丈夫よぉ。ウチは女の子を大事にするので有名なんだから。だって大事な大事な商売道具だもの。そっちの神官さんなんか、きっと人気出るわよぉ。元神官で巨乳の女の子がサービスしてくれるってすっごく背徳的じゃない? ウケると思うのよねぇ。そっちのエルフちゃんは……まあ……マニア向きかしら」


「だれがマニア向きよ!!」


「汚らわしい!」


「あら、褒めてるのよ?」


 二人が口々に抗議の声をあげるも、アリアはニヤニヤと笑うばかり。むしろ楽しんでいる様にさえ見える。


 そして、彼女は再びレイの方へと目を向けた。


「よかったらアンタも雇ってあげてもいいわよ。きっと良いマスコットになれると思うのよねぇ。女の子たちの人気者よぉ?」


 ドナとミーシャをちらりと振り返って、レイは考え込むように目線を上へと向けた。


 ――ふむ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ