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第十八話 酔いどれ少女の寝言

「勇者様、あれが王国第二の都市『カノカ』です」


 ドナが指さす先。


 暗闇の向こうに、一定間隔で並んだ篝火(かがりび)に照らされて、切り込み()ぎの城壁が浮かび上がっている。


 方形にカットされた石材で造られたその城壁は、従来の石積みに比べれば、相当に手間も資金もかかる代物だ。


 ――随分、豊かな町の様だな。


「そりゃそうよ。カノカは半島のほぼ中心。どんな交易品もこの町を通るんだもの。(にぎ)わわなきゃおかしいでしょ? 二十年前に通った時は人が道に(あふ)れてて、通り抜けるだけでも一苦労だったわ」


 ミーシャが胸元に抱いた兎へとそう答えると、ドナが小さく溜め息を()いた。


「豊かな町()()()というのが正しいですね。魔物達のせいで陸路での交易が出来なくなって以来、カノカの街は(さび)れる一方です。今は街中は閑散(かんさん)としたものですよ」


「そうなの?」


「ええ、とはいえ我々聖職者は、この町にあまり良い感情を持っていた訳ではありませんので、その凋落(ちょうらく)に関して、さほど憐れむ気にはなれませんけれど」


「なんで?」


細々(こまごま)とした事は沢山ありますが、いかがわしい店が軒を連ねる、この国最大の歓楽街がある堕落の中心であった事と、清貧を至上とする神の教えが根付かない商人の街であったこと。大きくはその二つですね」


「アンタらの言う事聞いてたら、儲けても全部寄付しろとか言われそうだもんね」


「ものすごく偏見を感じますけど……。もしかしたらそう思われていたかもしれません。ですから、教会もあるにはあるのですけど、規模の小さな物です。この町に派遣されるとなると、神官としてはいわゆる左遷ですね」


 ――大きな町に派遣されるのに、左遷なのか。


 やがて馬車が城門に差し掛かると衛兵が二人、馬車の前に立ちはだかった。


「止まれ!」


 手にしたカンテラを掲げて、衛兵は車上の人物に目を凝らすと、驚きの表情を浮かべた。


 兎を抱いた金髪の美少女。


 めったに目にすることの無いエルフ。


 それも、相いれない関係のはずの神官と同乗しているのだ。


 彼が言葉を失うのも無理からぬ事である。


 呆然と立ち尽くす衛兵に、ドナが口を開く。


「ご苦労様です。ワタクシはドナ・バロット。位階は侍祭(じさい)。中央教会に所属する神官です。見ての通り、客人を王の御許(みもと)へご案内する途上です」


「さ、左様でございましたか! どうぞお通りください!」


 王という単語に反応したのだろう。衛兵は慌てて背筋を伸ばすと、道を開ける。


「ありがとう」


 そして、ドナが馬車を出発させようとすると、彼は何かを思い出したかのような素振りを見せた。


「ああ、そうです! 神官殿。今夜はこの町にご滞在されますか?」


「ええ、そのつもりですけど?


「それなら、宿を取られましたら夜間はできるだけ外出なさられないことをお勧めいたします」


「何かあったのですか?」


「ここしばらく、若い娘が何者かに(かどわ)かされる事件が頻発しておりまして……」


「まあ、それは大変。ご忠告感謝します」


 ドナはそう言って衛兵に微笑みかけると、ゆっくりと馬車を出発させる。


 門の内側へと走り始める馬車。


 やがて、それが宵闇に呑まれて見えなくなると、衛兵は同僚へと問い掛けた。


「……見たか?」


「ああ、エルフだ。それも若い女。神官の方もかなり()い女だったな」


「滅多にない上玉が飛び込んできやがった。急いでアリア様にお知らせしないと……」


 衛兵たちは頷きあうと門を閉じ、足早に町の中へと消えて行った。



 ◇ ◇ ◇



 繁栄の名残だろう。町を貫く大通りは広く、馬車が二台並走したとしても、道幅にはまだ余裕がありそうに見えた。


 だが、通りには灯り一つ灯ってはおらず、死んだように静まり返っている。


「ほんとにここ、人が住んでんの?」


「さっき、衛兵殿が仰っていたことが、原因ではないでしょうか」


「若い女の子が攫われるってヤツ?」


「そうです。皆、家にこもって、大人しくしているのではないかと……」


 ミーシャは馬車に吊るしていたカンテラを手に取って、辺りを照らしてみる。


 通りの左右、どの店も固く扉が閉じられている。


 人を見かけたといえば、酒瓶を抱えて壁に(もた)れ掛かっている酔っ払いが一人だけ。


 あとは野良犬ぐらいのもの。


 その時、唐突にミーシャのお腹が鳴った。


 それは、車輪の音にかき消されてドナの耳には届かなかったが、レイは背中に微かな振動を感じて、ミーシャの顔を見上げる。


「いちいち見ないでよ。それにしても……お腹空いたわね」


 ――まあな。


 レイの返事が気の無い物になってしまうのには、訳がある。


 首刈り兎(ボーパルバニー)は首を落とすという凶悪さとは裏腹に、食べ物は通常の兎と変わらない。


 いわゆる草食動物である。


 この身体になって以来、生野菜ばかりで、レイは食事に楽しみを見いだせないでいた。


「あそこに開いている店がありますね」


 ドナの指さす先、通りの向こう側の店先から、灯りが洩れているのが見えた。


 ドナが店の前で馬車を止めると、ミーシャはカンテラを掲げて看板を照らす。


「酒の精霊……亭?」


 ――酒にも精霊がいるのか?


「お酒も水のうちだもん。いるとすれば水精霊(ウンディーネ)よ」


 ――酒好きはがっかりしそうだな。


「見た所、宿のようですね。いかがわしい店では無さそうですが、ちょっと見て参ります」


 そう言ってミーシャに手綱を手渡すと、ドナは馬車を降りて、扉の内側へと入っていく。


 しばらくして戻って来たドナは、憮然とした表情をしていた。


「どう?」


「随分高値を吹っかけられました。ですが、背に腹は替えられませんので、一部屋押さえて参りました」


「聖職者だろうが、お構いなしなのね」


「それだけ、この町の置かれている状況がまずいということなのでしょう」


 馬車を裏手に止めると、二人と一匹は店の中へと足を踏み入れる。


 建物の中は随分広い。


 一階部分は酒場。どうやら二階から上が宿になっているらしい。


「では、勇者様、耳長(みみなが)殿、ワタクシは受付を済ませて参りますので、ここで少しお待ちください」


「あ、うん」


 ドナが店主らしい親父の方へと歩いていくと、ミーシャはぐるりと周囲を見回す。


 店の中は広いが客は、それほど多くない。


 全部で六人。


 奥のカウンターでは、腹部と背中も(あらわ)な大胆な軽装鎧を着込んだ女が、頭を酒瓶に囲まれて突っ伏している。


 残りの五人は、店の左側の大きなテーブルを囲んでいる。


 頬に大きな傷のある筋骨隆々の大男が、両脇に商売女を(はべ)らせて、太鼓持ちらしい男達を相手に、自慢話に花をさかせている。


 すぐ脇の壁には、男の身の丈ほどもありそうな、バカみたいにでっかい剣が立てかけてあった。


「で、俺は言ってやったのよ。やいドラゴン。ここからはこの竜殺しのバルザック様が相手だってな」


「すげえ、流石兄貴!」


 いかにもというような自慢話に、ミーシャが肩を竦めるとドナが二人の方へと戻って来た。


「部屋は二階の一番奥の二人部屋。食事はここでとれるそうですが、お風呂は一ブロック先の公衆浴場しかないそうで、それももうあと二時間ほどで閉まるそうです」


「そうなの!? ううっ……お腹は空いたけど……お風呂も入りたいし……」


「では、部屋に荷物を置いて、まずはお風呂ですね」


 その時、ミーシャたちの耳に、先ほどから自慢話を続けている大男の声が飛び込んで来た。


「実はな、行方不明になってるって勇者。あれ、俺の事だ」


 その瞬間、ミーシャはドナのこめかみに、昇り竜の様に青筋が浮かび上がるのを見た。


「ちょ、ちょっと! アンタ、落ち着きなさいよ」


 慌ててミーシャは、今にも飛び掛かりそうなドナの肩を掴む。


「勇者様の面前で名を騙るなんて、許してはおけません」


 ――まあ、私も偽物なんだがな。


 要らない事をいうなと、レイをギロリと睨みつけると、ミーシャが(さと)すような声音で、ドナへと語り掛ける。


「ほら、レイも気にするなって言ってるわよ。偽物が出てくるのも勇者が……そうね、アンタ達の神様ってのが、偉大な証拠だって」


 ドナは、一瞬きょとんとした顔をすると、感極まったような表情になって目尻を拭った。


「流石は勇者様。御心が広い。それに比べてワタクシは……」


「と、とにかく、部屋に荷物置いて、お風呂に行きましょう! 閉まっちゃうから」


 そう言ってミーシャは、慌しくドナの背を押して階段の方へと向かう。


 酒瓶に囲まれて突っ伏している女がいる席。


 その、すぐ脇にある階段に足を掛けた途端、酔っ払いの女が(うめ)く様に寝言を洩らした。


「うう……ん、コータぁ、早く迎えに来てよぉ……待ちくたびれちゃったよぉ……」


 階段の登り掛けに見下ろしたその横顔は、酔っ払いにしては余りに幼い。


 赤毛の短いくせっ毛が、アルコールを含んだ寝汗で、額に張り付いている。


 ミーシャの目に彼女は、女というより少女とでも形容すべき年齢に見えた。


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