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第十七話 もふもふもふもふもふもふ

 ゴディンは城壁から下を覗き込んで、そこに(ひし)めきあう魔物達の姿に、ギリリと奥歯を噛みしめる。


 ――まさか、こんなに早く攻めてくるとは……。


 レイ達が砦を出発して、(わず)か四日。


 ハノーダー砦は、ディアボラ山脈を踏み越えてきた魔物の群れに襲われていた。


 物見の兵が魔物の姿を(とら)えて、数時間後のことである。


 ゴブリンを中心にコボルド、オーク、オーガ、果てはトロールまで、種族の垣根を越えて寄り集まった魔物の群れが、ハノーダー砦の城壁へと殺到してきたのだ。


 地に満ちる咆哮(ほうこう)と魔物達の重い足音。


 兵士達の雄叫びと城壁を叩く打撃音。


 土煙と生臭(なまぐさ)い獣の臭いが、城壁の上にまで舞い上がってくる。


「火を投げ落とせ! 矢を射かけろ! 城壁に取り付かせるな!」


 居並ぶ兵士達へと大音声(だいおんじょう)を発しながら、ゴディンは自らも弓を取ると、目についたオーガの頭を射貫く。


 目を(みは)る様な強弓。


 だが、それも無数の魔物達の前では、蜂の一刺しにも劣る。


 時化(しけ)の荒波の如く、城壁へと押し寄せてくる魔物の群れを見回して、彼は胸の内で呟いた。


 ――一体、どれだけの魔物がいるのだ……。


 ゴディンが身を焦がすような焦燥(しょうそう)の中で、次の矢をつがえたその時、城門の内側から悲鳴にも似た兵士の声が響き渡った。


「隊長! 東門、もう()ちません!」


 ゴディンは振り返って城壁の内側を覗き込むと、忌々(いまいま)しげに声を荒げる。


「あと五分持ち(こた)えさせろ! 城門の前に馬車を移動させて重しに使え! 文官どもにも武器を持たせてかまわん! 西門の兵達も回せ! 司祭殿の魔法が発動するまで()たせるのだ!」


 ――司祭殿、まだか……!


 ゴディンが焦りに顔を歪めたその時、突然、中天の陽光を(さえぎ)って、城壁の上に幾つもの黒い影が落ちた。


「うわああああ!?」


 そこかしこから、兵士達の恐怖に(いろど)られた叫び声が響き渡る。


 見上げれば、そこには翼を大きく広げて、砦の上空を飛び越えていく無数の飛竜(ワイバーン)の姿があった。


「馬鹿な! 竜族は魔王の配下ではなかったはずだ! 魔王とは対立していたのではなかったのか!?」


 上を見上げる余裕も無く、必死に城壁の下へと矢を放つ者。


 呆然と空を見上げて立ち尽くす者。


 周囲の兵に、ゴディンのその問い掛けに応える者はいない。


 更には、その飛竜(ワイバーン)達の後を追う様に、ディアボラ山脈の向こうから、巨大な影が迫ってくるのが見えた。


「エ……古竜(エンシェントドラゴン)


 ゴディンのすぐ隣で、兵士の一人が(ほう)けたような声で呟く。


 竜の翼がはためく度に、地上では木々が大きく揺れて、森がざわめく。


 体長三メートル余りの飛竜(ひりゅう)が、小鳥のように見えるほどの巨体。


 岩の様なごつごつとした鱗に覆われた巨大な黒い竜が、翼をはためかせながら悠然と空に浮かんでいる。


 ゴディンの目にそれは、どうみても人間が(あらが)い得る存在だとは思えなかった。


「なんということだ……」


 ゴディンが思わず項垂(うなだ)れると、城壁の下、そこにいる魔物達の姿が視界に飛び込んでくる。


 どういう訳か魔物達もゴディン達同様に、怯えた表情で空を見上げているのが見えた。


 ――やつらは味方同士ではないのか?


 そうしている内にも巨大な竜は、ハノーダー砦の方へと迫ってくる。


 近づくにつれて、ゴゴゴと空気の震える音が大きくなっていく。


 その翼が巻き上げる風が、地上を蹂躙(じゅうりん)していく。


 悲鳴にも似た魔物達の声が城壁の下に満ちる。


 魔物達は地に伏して(こら)えているが、(こら)えきれなかった何匹もの魔物が激しい風に(さら)われて、宙へと投げ出されるのが見えた。


「退避! 急ぐのだ! 建物に入れ! 間に合わぬものは、何かに掴まれ! 飛ばされるぞ!」


 ゴディンは兵士達へと大声を上げると、自らも石壁の隙間に短剣(ダガー)を差し込んで足に力を込める。


「くっ!」


 渦巻く風の中で、浮き上がりそうな身体を必死に石床の上へと押さえ付けながら、空を見上げる。


 ハノーダー砦を丸ごと覆う程の大きな影を落として、竜は飛竜たちを引き連れて、悠然と上空を通過していく。


 やがて、呆然と見上げる無数の兵士達、魔物達、その存在を歯牙にもかけずに、竜の群れは西の方角へと飛び去って行った。



 ◇ ◇ ◇



 同じ頃。

 

 レイ達を乗せた荷馬車は、ヌーク・アモーズを目指して、一路、西へと走っていた。


 既にソルブルグ王国第二の都市、『カノカ』は目と鼻の先。夕刻までには到着する見込みである。


 初夏の昼下がり。


 菜の花の揺れる野原を突っ切って、真っすぐに続く街道。


 牧歌的な風景が道の左右に広がっていた。


「ふふ~ふふふ~♪」


 眠気を誘う様なポカポカとした陽気の中で、馬車の上にはドナが口ずさむハミングが響いている。


「アンタさぁ、気が付いたら、ずーっと同じフレーズ、口ずさんでるけど、何なのそれ?」


 ミーシャがそう問いかけると、ドナはニコリと微笑んだ。


「讃美歌ですよ。どうです? 素敵なメロディでしょ? 改宗する気になったでしょ?」


「ならない」


 ミーシャはうんざりとした表情で吐き捨てる。


 初日こそ、ぎゃあぎゃあと騒がしく言い争っていた二人ではあったが、翌日以降は随分落ち着いたもので、ミーシャが突っかかりさえしなければ、ドナから喧嘩を吹っかけてくることも無い。


 ただ、ドナはミーシャを改宗させようと、隙あらば神の素晴らしさを訴えてくることだけが、ただ鬱陶(うっとお)しかった。


「そうですか……残念です。やはり、耳長(みみなが)殿たちと人間では、感性が違うのでしょうか?」


「はいはい、そうね。そうかもね」


 ミーシャは関心なさげに、手をひらひらとさせる。


「勇者様は、この曲に覚えはございませんか?」


 ドナが自分の胸元の()()()に問いかけると、それはふるふると首を振った。


「左様でございますか……。実は、この曲は勇者様が口ずさんでおられたものを司祭様が気に入られて、讃美歌として取り入れられたものなんです」


「気に入って取り入れたって……。相変わらず適当ね。アンタ達」


 呆れる様に背(もた)れに身を投げ出すと、ミーシャはちらりと、ドナの胸に抱かれているものへと目を向ける。


「それはそうと……レイ。あんた、ちょっと調子に乗り過ぎなんじゃないの?」


 彼女がじとりと向けた視線の先。


 そこにはドナの胸の間に身を(うず)めて、まるで玉座の上の王者のように、左右の膨らみに腕を掛けながらふんぞり返る白兎(しろうさぎ)の姿があった。


 ――どこがだ?


「全部よ!!」


 さて、今更ではあるが、見ての通り現在レイは白兎(しろうさぎ)である。


 無論、只の白兎(しろうさぎ)では無い。


 街道の厄災(やくさい)と恐れられる小さな魔獣。


 首狩り兎(ボーパルバニー)である。


 なんでそんなことになってしまったかというと、話は単純。


 昨日、野宿の準備をしている時に襲われたのだ。


 この小さな魔獣がミーシャを狙って飛び掛かってきた時に、レイはその身を盾にした。


 最終的に仕留めはしたものの、最初の一撃で左腕を失ったレイは赤鶏冠(レッドクレスト)の身体を捨てて、この小さな魔獣に乗り換えたのだ。


 だが、乗り換えてみて、初めて分かる事もある。


 まず、一度使った魔法は、身体を乗り換えても覚えているということ。


 この首狩り兎(ボーパルバニー)の身体には魔力が全くないので、魔法を使う事は出来ないが、別の身体に乗り換えれば、再び使うこともできるだろう。


 そして、この首狩り兎(ボーパルバニー)の戦闘力。


 戦力の低下を覚悟して乗り換えたのだが、その鋭い前歯と後ろ足から繰り出されるジャンプ力は、脅威的なものがあった。


 剣を使う事は出来ないが、一撃で首を狩るその殺傷力は、ゴブリンを遥かに上回る。


 それだけではない。


 見た目は只の兎なのだ。


 何より人目につかないのが良い。


 この姿なら街に入ったとしても、騒ぎになることも無いだろうし、せこい話ではあるが、宿代もミーシャとドナの二人分で済むだろう。


 何より、ハノーダー砦を出て以来、ゴブリンであるレイを赤ん坊のように抱きかかえているドナの姿は、かなり猟奇的なものがあったが、この姿ならさほど違和感はない。


 むしろ微笑ましいと言っても良い。


 良い事づくめ……かといえば、そうでもない。


 呆れる様な顔をしていたミーシャは、突然にんまりと笑うと、レイの方へと手を伸ばした。


「ねえ、ちょっと、こっち来なさいよ」


 ――な、なんだ?


()()()()させなさいよ」


 ――断る。


「そんなこと言わないでさぁ!」


 ――こ、こら、やめ、やめたまえ!


 ミーシャが事あるごとに、もふもふしようとするのだ。


 ドナの胸元からレイを()手繰(たく)ると、ミーシャはそのままレイの背中に頬を()り付ける。


「ぬふー、この肌ざわり、(いや)されるぅ」


 以降は、ひたすらもふもふである。


 もふもふもふもふもふもふもふもふ……。


 レイとミーシャは、首狩り兎(ボーパルバニー)の身体に乗り換えて以来、ひたすらこのやりとりを繰り返していた。


 誤解を恐れずに言えば、レイももふもふされる事が嫌な訳ではない。


 むしろ気持ち良かったりもする。


 普段のガサツさを思えば意外なのだが、ミーシャはかなりのテクニシャンであった。


 自然と共に育った彼女は、プロのモフリストなのだ。


 とはいえ、レイとて男。


 たとえ記憶はなくとも、間違いなく男性なのだ。


 もふもふされて(あえ)いでる自分に気付いた途端、ものすごい音を立てて、プライドが軋んだ。


 というか、もふもふされることに悩んでるという時点で、既に男性として、いろいろとダメな気がするのだ。


 我を忘れて、レイをモフりまくるミーシャに、ドナは頬を膨らませて抗議する。


耳長殿(みみながどの)、もふも……勇者様が嫌がっておられるじゃありませんか。ワタクシに返してくださいませ」


「いいじゃない、ちょっとぐらい。アンタ今朝からずっと抱いてたんだから。私にもモフらせなさいよ」


 ――ドナ……キミ、今『もふもふ』って言い掛けたよな。


 レイがジトッとした目を向けるも、ドナがそれに気づくことはない。


 ミーシャがそれを眺めて苦笑すると、


「ほら、アンタだって、私に抱かれてる方が安心でしょ? こんな悪霊女より」


 そう言った。


 だがその瞬間、レイは不覚にも両者に抱かれた時の感触の違いを思い出してしまった。


 はっきりいって不可抗力。言葉ではない。感触の記憶である。


 音にすれば、『むにゅん』と『がちっ!』の違いである。


 途端にミーシャの顔から表情が消えた。


 ――お、おい。


 ミーシャは慌てるレイの首根っこを摘まんで持ち上げると、ドナの方へと顔を向け、


「ねぇ、兎鍋っておいしい?」


 そう問い掛ける。


 道の両側では、風に吹かれて菜の花が、我関せずと揺れていた。

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