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それ、私の水筒なんだけど……

作者: 武田信男

初めて短編を書かせていただきました。


拙い文章ですがお許しください。

 

  気温三十三度。絶えることのない強い日差し。辺りではせみが夏の盛りを告げるように騒音を発する。

 

  高校二年になった新井康介あらいこうすけは午前の授業を終え、これから友達と昼食を摂るところであった。

  既に七月の中旬。もうすぐ夏休みだ。当然(?)今日の話題は夏休みをどう過ごすかについてであった。


  「新井は夏休みずっと部活でしょ?」


  友人の一人が康介に話題を振った。何やらニヤニヤしてるのは彼の辛い部活の内容を知ってのことだ。


  「まあね。多分休みはお盆だけでそれ以外は一日練習かな」


 五人グループのメンバー達から驚嘆やら呆れ返った声やらがかかる。

  康介が入っているのはバスケ部。それほど強くないが練習だけは鬼のように行う部活だ。彼がこの部活に入ったのはただかっこいいからと言う理由だけであった。その後練習量の多さを知ったが今更逃げることもできず、そのまま何となく続けているという状況だ。


  「そんなんじゃ彼女と遊ぶ時間がなくなっちゃうぞ」


  「いや、俺彼女いないし……」


  クラスいちと言っても過言ではないモテ男に痛いところを突かれ、康介は思わず嘆息してしまう。本当に康介に彼女がいないことを知らなかったのだろう、目を見開き本気で驚いている様子だ。悪意がないので憎むにも憎めない。


  確かに康介には彼女がいない。容姿はなかなか良いほうだろう。それに部活でもまあまあの活躍を見せている。そして普通に女子とも話しているが、それでも彼には彼女ができない。

 

  原因は自分から告白することができない、というところなのだろう。単純に勇気がないのだ。

  好きな人はいる。しかも同じクラスに。

 

  その子の名前は北川葵きたがわあおい。容姿、性格ともに康介好みの女子である。誰とでも仲良くする彼女とは康介も何度か会話をしたことがある。しかし、それ以上の進展はない。もちろん康介が行動を起こさないからであるのだが。


  「早くしないと葵ちゃんも誰かに取られちゃうぞ!」


  「そんなこと言っても……」


  「だめだな康介はそんなんだから中学の時も好きな子、他の奴に取られたんだろ」

 

  「やかましいわ!」


  友人のコンビプレーに康介は顔が熱くなるのを感じた。学校でもかなり人気のある彼女にも未だに彼氏ができたという情報を入っていない。確かにこのままでは夏休み前に誰かと付き合ってしまうのではないか、という不安がある。

 

  夏の暑い日にヒートアップしてしまった康介は自分を落ち着ける意味も込めて水筒を手にしようとする。しかし机には弁当箱以外置かれていない。そこで彼は自分の席に水筒を置いたままにしていたことに気づいた。

 

  彼は自分の席から離れて集まっているためいつもは水筒も一緒に持っていくのだが、今日に限ってそれを忘れてしまったらしい。

  肝心の自分の席は、あの北川葵を含む女子勢がいつも占領しているため取りに行き辛い。


  康介はゆっくりと自分の席の方を向いた。しかし意外にも女子グループは席を離れていた。おそらく今日は学食で済ませているのだろう。

  しめしめと彼は自分の席に向かった。


  「あれ?」


  だが席に着いた康介は妙なことに気づいた。いつもは自分のリュックに入っているはずの水筒が机の上に乗っていたのである。黒いステンレスの小さめの水筒。どう見ても自分のものだ。


  (誰かが勝手に飲んでそのままにしたのか?)


  彼の友達にそんなことをする人は思い浮かばないが多分そういうことなのだろう。康介は軽く水筒を振って残りを確認した。量は八割くらい残っている。


  (まあ、いいか)


  軽く嘆息して康介は水筒の蓋を開けた。犯人探し、というほどの事でもない。それに喉がカラカラでもあったので早く潤したいとも思っていた。


  飲み口に口をつけた。一口、二口と中に入っているはずの麦茶を流し込む……

 が、そこで康介は訝し気に眉を顰めた。


  「あれ?これスポドリーー」


  「あー!」


 彼の言葉を遮り、聞き覚えのある高い声が鼓膜を揺らした。かなり大きな声だったらしく周りの目が声の主に集まる。一体何があったのか、と康介も声のする方へ振り向いた。


  肩のと眉の長さで切り揃えられた栗色の艶やかな髪。凛とした顔立ちからはお淑やかというよりは、活発的という印象を受ける。そんな声の主ーー北川葵は康介の方を顔を真っ赤に染めて見つめていた。心なしか瞳も潤んでいるように見える。

  そこで悪い予感が康介の脳裏を掠めた。


  (まさか……)


  「それ、私の水筒なんだけど……」

 

  予感は綺麗に的中。

  それまでざわついていた生徒たちが一斉に静まり帰った。その代わりに聞こえてくるのは心臓の脈打つ音。ドクドクという体の中の音が早く、大きくなっていく。


  「え、あの……違くて……」


  音の消えた空間に彼の掠れた声だけが響き渡る。

  必死に言い訳を考えるも、まともに頭が回らない。このままでは学校生活が終わりかねないと言うのに。しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのは他の生徒たちの歓声、悲鳴、冷やかしの声。


  康介の手からゆっくりと、ことの元凶が滑り落ちる。否、落ちていったのは彼のこれまで積み上げてきた学校生活か。

 

  (終わった……)


  最早身動き一つできなくなった康介はそのまま廊下へ走り出して行った北川葵を眺めることしかできなかった。まさか同じ水筒を持っていたなんて。


  その後、とりあえず水筒を彼女の席に戻し、すぐに予鈴がなり五限目が始まった。謝ることもできず、誰にも真実を話すことがてきず康介は席に着く。

  彼女の席は康介の二つ後ろ。位置的にどうしても康介の後ろ姿が目に入るはずだ。彼女は今康介のことをどういう目で見ているのかを考えると授業どころではなかった。

  それに周りからもヒソヒソ話や自分を見る視線を感じる。これは自意識過剰なのではなく本当のことだろう。


  そして地獄のような五、六限そしてHRホームルームを終えた。生徒たちは部活やら帰宅するやらで教室を去っていった。途中康介の友人は「大胆なやつだな」とか「お前ならできると思っていたよ」とか、面白半分で彼を讃えた。


  (今日は部活サボろうかな……)


  俯きながらそんなことを考える。今日受けた精神的ダメージは計り知れないものだ。とてもこのまま部活をするような気分になれない。

 

  一人教室の席で固まっていた彼は、ふと一つの足音が近づくのを気づいた。まだ残っている人がいたのか、と半ばどうでもいいように考える。しかし足音は彼の真横で止まった。


  「ねえ」


  距離とタイミングからして康介に話しかけていると考えて間違いないだろう。そして忘れもしない透き通る声。康介は恐る恐る顔を上げる。


  「北川さん……」


  康介の席は一番窓際にある。そのため彼の眼に映る北川葵の顔は夕日を浴びほんのり赤く染まっていた。康介を直視できずに視線を彷徨わせているのはあの事故があれば当然であろう。

  何を言われるのだろうか。わざわざ声を掛けたということはそれなりの理由があるのだろう。嫌われたということに変わりはないが。


  「その、何というか……水筒のことでーー」


  「あの、そのことなんだけど……!」


  康介はハッとなり、彼女の言葉を遮って自分のバッグの中を漁った。自分と同じ種類の水筒。これを見せれば変態という汚名が付くことだけは避けられると考えてのことだ。先ほどは頭が回らなすぎて誰にも説明できなかっだが、せめて彼女には真実を知ってほしい。


  「あの!この水筒、俺のやつと同じだったから、間違えちゃって!その、ごめんなさい!」


  康介は早口で弁明しながら水筒を机に置いた。黒いステンレスの水筒。先ほど取り違えた、というより飲み違えた水筒と全く同じものだった。自分の机に置いてあれば自分の物と思ってしまうのも無理はないだろう。

 

  「うん、わかってるよ」


  「へ?」と間の抜けた声が康介から漏れた。夕日のせいで細かい表情まで見えないが、先ほどより顔の赤みが増してるように見える。

 

  「わかってるって……?」


  「あの後香澄から、私の水筒と新井くんのが同じ種類だったって聞いて……」


  康介はぽかんと口をあけて彼女を見る。香澄とは康介と同じクラスの体育委員の女子であった。ムードメーカーでありお節介焼きの彼女がなぜ康介の水筒の種類を知っていたのか。


  「そ、そうだったんだ」


  「うん、ごめんなさい……私が置きっぱにしちゃって」


「こっちこそごめん。何も確認しないで口をつけるなんて」


「……まさか同じ水筒を持ってただなんてね」


  なんとか誤解は解けた。しかしその代わりに会話が止まる。いや、話は終わったのだからこれで解散という事なのだろうか。しかし北川葵はモジモジしながら、口を開け閉めしている。


  「どうしたの?」


  沈黙が続いて一分ほど経過した頃、さすがに気まずいと感じた康介から声をかける。誤解は解けて嬉しいが、好きな子と二人で無言のままでいるのは少々居心地が悪い。一刻も早くここから抜け出したいという衝動に駆られた。


  「あ、あのさ……新井君って彼女いないよね……?」


  「え、うん、いないけど……」


  「そっか、そうなんだ」


  本日二度目の心臓の波打ち。いや今回はどちらかというと胸が高鳴るという方が適切か。この流れはもしかすると、という一縷の望みが生まれた。


  「あの、じゃあ……」


  うるさかった蝉の音、部活動中の生徒たちの掛け声が消えた。急展開についていけず康介は固唾を飲んで次の言葉を待つ。

  北川葵はスカートの裾を思い切り握り必死に言うべきことを探している様子だ。


  「……その!水筒のお詫びも含めて、今度どっかに遊びに行こ!」


  「うん、わかった……」


  それだけ言うと彼女はまた逃げるように廊下へかけて行った。廊下から響き渡る足音。告白されると思っていた康介は少し肩透かしを食らった気分であった。しかし彼女と仲を深める第一歩を踏み出すことができた。

  彼は教室に残った自分の水筒を見つめる。


  「ありがとう、俺の水筒」


  彼は今回の小さな立役者にお礼を告げた。まさか人生の中で水筒に助けられると思っていなかった康介は苦笑を浮かべる。水筒が同じで、偶々その日にそれを置いていってしまったという偶然が重なり一つの奇跡が起きたのであった。


  □■□■□■□■□■


 その後聞かされた話によると全ては体育委員の香澄による企てであったことがわかった。水筒が同じであったということを利用したらしい。

  何となく夢を壊された気もしたが今では康介と北川葵は付き合うことになり青春の日々を送っているので満足している。

  それに水筒が同じ、という偶然がなければこの企みは起こらなかったのだ。やはり水筒のおかげなのだろう。


  ありがとう、水筒。

 


 


 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  女性の水筒だと知ったら、頭が真っ白になりそうです。
2017/05/04 22:10 退会済み
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