第七十一話 銀蝶花を求めて作戦会議
「昨日セシリウス様に聞いたんだ。リオーネ嬢が銀蝶花の事を詳しく知っていると。君に聞けば、有意義な情報を得られるはずだと」
「兄上、銀蝶花をまだ探されていたのですか!? あれは架空の花なのでは?」
私は本棚からとある錬金術のレシピ本を取り出して二人に見せた。文字は読めないだろうけど、絵なら見れば分かるはずだ。
「銀蝶花は、この錬金アイテムの材料として使われています。なので実在する花なのですよ」
「そうだったのか!?」
リヴァイがとても驚いている。
錬金術のアイテムは、レベルの高いアイテムになればなるほど珍しい希少価値の高い素材が増える。一般の人は、そんな素材が実際あるとも知らなくても無理はない。
「はい。お二人は銀蝶花の出てくる絵本を読んだ事はございますか?」
「メリーベルの祝福という絵本なら、昔母上に読んでもらった事があるよ」
「奇跡の力を皆に分け与えて、出会った人々を幸せに導く少女の話ですよね。俺も母上に聞かされました」
小さいエルンスト様やリヴァイに、王妃様は自ら絵本を読んであげていたんだ。微笑ましい光景を想像していたら、話が変な方向へ……
「何故か母上は、あの絵本を相当気に入っておられるんだよな」
「ですね。将来結婚するならメリーベルのような女性を探しなさいって言われたの、よく覚えてます」
「奇遇だな、俺も言われた」
「そんな女性、現実に居るわけないでしょうと思いながら聞いてました……」
「いや、リヴァイド。お前はそんな女性を見つけたじゃないか」
エルンスト様のその言葉に、リヴァイは私の方を見て「確かに……」と呟いた。
「錬金術で作ったアイテムで、人々を幸せに導く少女。リオーネ嬢は、メリーベルみたいだな!」
私が、メリーベル!?
「エルンスト様、流石にそれは過大評価しすぎですよ……」
「そんなことはない。このクラフトコーラとカタールポテトを食べて、俺は幸せな気分になったしな!」
それは普遍的な美味しさのおかげ!
私の欲がこの世に生み出したジャンクフードを、メリーベルの祝福と同じレベルにされたら流石になんか良心が痛む。
エルンスト様の人を疑うことを知らない純粋な眼差しが、余計に心に刺さる! それ以上はやめてくれ……
「は、話が脱線してしまいましたね! 銀蝶花の話に戻しましょう!」
「ああ、そうだったね。それで、絵本で何が分かるんだい?」
「銀蝶花の事を知りたくて、私も絵本を何度も読み返して気付いたのです。銀蝶花の出てくる場面には、ある共通点があることに」
本棚から事前に用意しておいた三冊の絵本を取ってきて、リヴァイとエルンスト様に一冊ずつ渡した。
「よかったら、銀蝶花の出てくるページを探してもらえますか?」
指示通りに、二人は絵本をパラパラとめくって探してくれた。私も残された一冊の本をめくり、目的のページを探す。
「ここにあるよ」
「俺も見つけた」
テーブルにそのページを開いて並べる。
「銀蝶花は物語の中で、別名『祝福の花』と呼ばれています。この三つの絵本に出てくるページを見て、ある共通点がある事に気付きませんか?」
三冊の絵本を見比べて、エルンスト様が口を開いた。
「どの物語も、銀蝶花が描かれているのは夜のようだね」
「ええ、そうです。しかもどの絵本でも、丸い月が描かれています」
「つまり、満月の晩に咲くという事だろうか?」
「おそらく一つ目の条件はそうだと思います」
「一つ目という事は、他にもまだあるのだな!」
リヴァイがワクワクした様子で言った。絵本を見つめる眼差しがとても楽しそうに見える。謎解き好きなのかな?
「この花の近くを飛び回っている銀色の蝶も怪しいな……銀蝶花って名前にも入ってるし」
「さすがリヴァイ、良いところに気がつきましたね!」
「そうだろう!」
「後一点、共通点があります」
「なに、まだあるのか!?」
絵本を注意深く観察されていたエルンスト様が口を開いた。
「どの絵本も、二人が結ばれてハッピーエンドで終わっているな」
「確かに兄上のいう通りですね。銀蝶花が祝福の花と呼ばれるのは、この男女を祝福して咲くという事なのだろうか?」
「どれも最後の一文に『二人は口付けを交わして永遠の愛を誓いました』とあるからな。そうかもしれない」
良かった、最後の条件は勝手に二人で解いてくれて説明する手間が省けた。
「銀蝶花はそれらの三つの条件を満たした時に現れるのではないかと、私は思っています」
三冊の絵本の最後のページを開いて、私は言葉を続ける。
「この三冊の絵本の作者はカタル・ペーター。調べてみたら彼はその昔、カトレット皇国で植物学者として有名だった方なのです」
本棚から植物図鑑を取り出して、最後のページを見せる。
「錬金術に使えそうな素材を探すのによく見る図鑑なのですが、これもカタル・ペーターが書いたものです」
「リオーネ。その図鑑には、銀蝶花は載っていないのか?」
「はい、書かれていませんでした」
「植物学者なら、銀蝶花について知っていてもおかしくない。あえて図鑑に残さずに絵本として残した……カタル・ペーターは、銀蝶花の存在を公にはしたくなかったが、架空の花とする事で、その存在を皆には知っておいて欲しかったのかもしれないな。そしてその三冊の絵本を深く読み込んでくれた者にだけ、分かるヒントを残したという事なんだな?」
「はい、そうだと思うんです!」
リヴァイ、すごいな。
限られた情報からそこまで考察できるなんて。
カタル・ペーターが銀蝶花を幻の花に見立てたのは、乱獲されるシルバーバタフリーを守るためだった。
カタル・ペーターの奥さんが、このままでは美しいシルバーバタフリーが絶滅してしまうって、図鑑に載せるのを断固拒否したんだよね。
植物学者としては、美しい銀蝶花という花の存在を後生にも残しておきたい。しかし愛する奥さんの願いも無下には出来ない。
そこでカタル・ペーターは、三冊の絵本を作った。架空の花として語り継ぐ事で、銀蝶花の存在を世に残せるからと。
「リオーネ嬢もリヴァイドもすごいな! 君達の考察が正しければ、さっきの条件を再現すれば銀蝶花を見つける事が出来るという事になるんだね?」
「ええ、きっとそうだと思います。兄上」
「はい、やってみる価値はあると思います」
ふぅ、何とか作中のクエスト通りに、二人に銀蝶花の採取方法を教える事が出来た。
後私に出来る事は、作中の主人公の代わりにシルバーバタフリーをおびき寄せる『ハピネスパウダー』を作ってお渡しするぐらいだな。
「リヴァイド、リオーネ嬢。俺は銀蝶花を見つけて、どうしても見せてあげたい相手が居るんだ。どうか、協力してくれないだろうか?」
「乗り掛かった船です。最後まで付き合いますよ、兄上」
「はい、私に出来る事なら喜んで!」
「ありがとう、二人とも!」
後でセシル先生にも報告しておこう。無事採取方法を教えることに成功しましたって。きっと心配されているだろうしね。
「場所はメロディー城の裏にある庭園が良いかもしれない。いつでも色とりどりの花を楽しめるからな」
「私が錬金術で、蝶をおびき寄せるアイテムを頑張って作ってみます!」
「じゃあ、リオーネのアイテムが完成したら、作戦決行だな! 兄上は、祝福される男女を見つけてきてくださいね?」
「見つけるも何も、目の前に居るじゃないか。さっき協力してくれるって言っただろう? 二人とも」
「え……」
「まさか……」
「君達ほど仲の良いカップルを、俺は知らないからな!」
ど、どうしよう。
エルンスト様は私達の仲を信じて疑ってないけど、実は婚約者(仮)なんですとは言えない。将来婚約破棄される予定なんですとは、口が裂けても言えない。
今は婚約破棄して欲しいなんて微塵も思ってない。思ってないけど、私はまだリヴァイに本当の事を話せていない。もしそれで拒絶されたら……しばらくへこむ。
「兄上、夜にリオーネは外に出れないでしょう」
「城に泊まれば良いじゃないか。そうすれば、夜風にあたって庭園に出るくらいは出来るだろう?」
「し、城に泊まる!?」
「それじゃなかったら、夜会に参加した時でもいいな」
「夜会は社交界デビューが済んでないと参加出来ませんよ!」
「そうだったな。いやー二人とも俺より賢いからうっかりしていたよ」
あっはっはー! と豪快に笑うエルンスト様とは対照的に、リヴァイは頭を抱えている。
「じゃあリヴァイド、満月の夜にここに一緒に忍び込むか」
「忍び込む!? もしばれたらどうするんですか!」
「じゃあレイフォード公爵に頼んで一晩泊めてもらおう」
「許されるはずないでしょう……」
「何故だ?」
「堂々と満月の晩に、娘さんに手を出しますので泊めて下さいなんて言って、どこの親が許可を出すと思うんですか……」
「分かった、それなら皆で旅行にでも行こう。良いアイデアだと思わないか? 移動はセシリウス様を呼べば一瞬で行けるしな。ついでだ、カトレット皇国に泊めてもらおう。花の都と呼ばれる美しい国だ。花には困らないだろう?」
何か、話がどんどん変な方向に……
「そろそろ異文化交流の時期ですし、確かにそれなら可能かもしれませんが……」
可能なの!?
「折角だ、ルイス君も誘って皆で遊びに行こうではないか」
先生の都合は、無視なのね。
エルの行動力、完全になめてたわ。
ていうか別のカップル探してくる方が早くないだろうか……でもカトレット皇国には、行ってみたい!
ここまでお読みくださりありがとうございます。
ノリと勢いで突入した銀蝶花編、どこでどうやって採取しようか、ぽやっとした頭のイメージがまだ文章に出来ておりません(汗)
続きはある程度見通しがつく段階まで書き終えてから投稿しようと思います。
毎日追いかけてくださっていた読者の皆様には申し訳ありませんが、少しお時間いただけると幸いです。
次回更新予定:9月下旬くらいまでには……