第六十七話 あの演奏の謎を探ろう
「リィ、馬車の準備出来たみたいだよ」
ルイスが呼びに来てくれて、家族と一緒に馬車へ乗り込んだ。
「お父様、お母様、お兄様。勝手な事をしてごめんなさい」
帰りの馬車の中で謝ったら、隣に座っていたお母様が「よく頑張りましたね」と抱き締めてくれた。
「本当に驚いたよ。オリヴィアの体調が優れず休憩室に付き添っている間に、あのような事態になっていようとはね」
お父様は混乱されているのか、顔を手で覆っていらっしゃる。
「本当に、ごめんなさい……」
謝る私に「いや、リオーネを責めているわけじゃないんだ!」と、お父様は慌てて否定された後、胸の内を明かしてくださった。
「ただ父親として肝心な時に側についていてあげられなかった事が、悔しくて仕方ないだけなんだ。私達が会場に戻った時には、何故かリオーネの周りに大人達が群がり押し潰さんとせんばかりだったからね。本当に驚いたよ」
「あなた、ごめんなさい。それは私のせいだわ……」
「オリヴィアのせいじゃないよ。ただ本当に色々タイミングが悪かっただけさ。ルイス、私の代わりにリオーネを守ってくれた事、本当に感謝するよ」
「当たり前だよ! だってリィは僕の大切な妹だからね。お父様が不在の時は、僕がしっかり守るから任せて!」
「ルイスは立派なお兄ちゃんに成長しましたね。リオーネ、謝る必要はないのですよ。こうして今、貴方が夢に向かって前向きに頑張ってくれている。それだけでとても嬉しいのですから」
「そうだよ、リオーネ。君には優れた魔法の才能がある。その長所を是非伸ばしていこう。もし心無い言葉を浴びせるような者が居たら、すぐに相談してくれ。お父さんが全力で対処してあげるからね」
「みんな、ありがとう」
温かい家族に恵まれて、私は本当に幸せ者だ。
音楽家としての名誉は失ってしまった。嘘つきのレッテルもペタッと張り付いたままだ。それでも、こうして支えてくれる家族のおかげで心はとても軽かった。
錬金術士として、私は自分に出来る事を頑張っていくのみだ。これからもっとたくさん、人の役に立つアイテムを作るぞ!
そう決意しながら家に帰った。
何か忘れているような……あ、そうだ、あの演奏のこと!
寝る前に思い出して、流石に今からルイスを起こしてに聞きに行くわけにもいかないし、翌日聞くことにした。
◇
「ルイス! 朝だよ、起きて!」
翌日、早く目覚めた私はルイスの部屋へ突撃した。
「リィ、どうしたの。僕より早く起きてるなんて、今日は雨?」
「自然に失礼な事を言わないでよ! 私だって目的がある時は早起きするのよ」
「それで、僕を叩き起こしてまで叶えたい目的って何なの?」
「叩いてない!」
朝からそんなバイオレンスな起こし方してない! 掛け布団剥いで少々揺さぶっただけだよ。
「昨日リヴァイと二重奏で弾いてた曲、どこで知ったの?」
「あの曲の楽譜は、リヴァイにもらったんだよ。新譜が出来たからって」
「新譜って、誰が作ったの!?」
「たぶんリヴァイじゃないかな? よくオリジナルの新譜くれるし」
リヴァイが『ラ・カンパネラ』を知ってたの!?
「あの曲、私の前世の世界の曲なの……どうしてリヴァイが知ってるの!?」
「え、そうだったの!? たまにすごく独創的な新譜をくれるから、作曲の才能もあるよなーって思ってたんだ。もしかしてそれも、リィの前世の知ってる音楽だったりしてね」
「その楽譜、見せてもらえる? というか、演奏して欲しい!」
「うん、いいよ。着替えたらレッスンルームに来て。ナイトウェアのまま、部屋の外を出歩いているのがリチャードにばれたら……色々大変だから」
「はっ! 着替えてくる!」
リチャードが責任感じて、胸にナイフでも突き刺したら大変だ。指導が行き届いてないのは自分のせいだって、本当にやりかねないから洒落にならない。
急いで隣の部屋に戻って着替えを済ませた。動きやすいように家では基本、ズボンにシャツとズレ防止のサスペンダースタイルだから手伝ってもらう必要もない。髪の毛は櫛でといて完成! 後でメアリーに結ってもらおう。
最低限の身だしなみを整えた私は、急いでレッスンルームへ向かった。
ルイスはもう来ていたようで、ヴァイオリンの調弦をしていた。
「後少しで終わるから、待ってね。リヴァイに最近もらった楽譜、見たいならそこのテーブルに置いてるよ」
「うん、少し見せてもらうね」
くっ、楽譜だけ見てもメロディーが浮かんでこない。パソコンがあればなぁ、作曲ソフトに音源打ち込んで聞くことが出来るのに。
それにしても、すごい枚数だな。一冊の本が出来そう。
「これ、全部リヴァイからもらった楽譜なの?」
「うん、ヴァイオリン用に書き下ろしてくれてるの。リヴァイは絶対音感を持ってて、一度聞いた曲はピアノで演奏出来ちゃうからね」
絶対音感持ってる上に、一度聞いた曲を何でもピアノで演奏出来るって、まるで翼みたいだ。どこの世界にも、天才は居るんだね。
「本当に素晴らしい才能に恵まれてるんだね」
「僕さ、演奏に集中して気付かないリヴァイを驚かせてやろうと思ってね、わざと途中から音を合わせた事があるんだ。突然乱入してきた僕の演奏に気付いて、リヴァイはどうしたと思う?」
「うーん、リヴァイならそのまま気にせず続けそう」
「半分当たりで半分はずれ」
「なにそれ、正解は?」
「気にした素振りもないのに、さっと主旋律を僕に譲って伴奏に切り替えてくれたんだよ。そしてそのまま演奏は続行。こっちが驚かせようとしたのに、逆に驚かされちゃったよ」
「あはは、それは面白いね! ルイスの驚いた顔が目に浮かぶよ」
「悔しいから、僕も意地でそのまま引き続けてやったさ。よし、調弦おわり。どの曲弾いて欲しい?」
「全部」
「全部!?」
「さすがに、時間的に無理だよね」
もうすぐ朝御飯の時間だし、その後はお勉強の時間だ。昼から私はアトリエにこもるけど、ルイスは私よりもっと過密なスケジュールだろうし。
「分かった、僕の好みになるけどいいなと思う旋律を抜粋して繋げてあげる」
「え、そんなこと出来るの!?」
「任せて」
リヴァイの才能もすごいけど、ルイスのヴァイオリンの腕もすごいなと、改めて実感させられた。
ルイスの演奏してくれたオリジナルメドレーのうち、二曲だけ知ってるフレーズが混じってた。やっぱりたまたまじゃない。リヴァイはどこかでその音楽を聞いたことがあるんだと、私は確信した。
一曲だけなら偶然の可能性もある。でもこうも知ってる曲があれば、誰かが前世の曲をこの世界に持ち込んだとしか思えない。
もしかするとリヴァイにも前世の記憶があって、生前は私と同じ世界で音楽に触れていた可能性が?
もしくは別の誰かが持ち込んだ前世の音楽を、たまたま聞く機会があって覚えたのかな?
うーん、こればっかりは本人に聞かないと分からないや。
「ありがとう、ルイス」
「他にも知ってる曲あった?」
「うん、あったよ」
「リヴァイは音楽に触れる機会が多いからね。今度会った時に、聞いてみようか?」
「いや、これは私が直接確かめたいから大丈夫だよ。暗黒大陸の事も話しておきたいし。二番目と八番目に演奏してくれた曲の楽譜ってどれ?」
「えっとね…………はい、この二つかな」
「タイトルは12と23って、番号なんだね」
「リヴァイのネーミングセンス、少し変わってるからね。人前で口に出すの恥ずかしいって言ったら、次から番号になったんだ」
「どんなタイトルがついてたの?」
「それ見せたら、僕が怒られたりしない?」
「なんで?」
「リィに余計なもの見せるなって……」
そこまで言われると気になるな。
「大丈夫、大丈夫、ネーミングが変なくらいで嫌いになったりしないよ。リヴァイには言わないから安心して」
「わかった」
ルイスはチェストから古い楽譜を取り出して見せてくれた。
「漆黒の闇の如き黒き翼のユーフォリア」
「ちょっとリィ、読まないで……!」
必死に笑いを堪えながら、ルイスは肩を震わせている。
黒を連想させるワードが三つくらいあったよね。リヴァイって、中二病なんだろうか……あの年で中二が考えそうなネーミング出来るって、逆にすごくないだろうか。
「これも弾いてくれる?」
「うん、いいよ。名前は変だけど、曲はいいからね」
ダダダダーン……って、これ第9!
ベートーヴェンの『運命』じゃん。
「ごめん、ルイス。前言撤回! これも私知ってる! タイトル覚えとくね」
「…………リヴァイの前では、笑わずに言わなきゃダメだよ?」
「ま、まかせて……漆黒の闇のカラスのユートピア!」
「リィ、タイトルだいぶ変わってるよ」
「覚えるの、確かに難しいね」
「でしょ。じゃあ次はあれ合わせようって、そんなタイトルを何曲も言われて、混乱してどれがどれか分かんなくなっちゃったよ」
「番号になってよかったね」
「リヴァイには悪いけど、本当にそう思う」
そんな話をしていたら、「お食事の準備が出来ました」ってリチャードが呼びに来てくれて、ルイスと一緒に食堂に移動した。
「リオーネ。ウォーターガンの事で少し話したい事があるから、後で私の執務室に来てくれるかい?」
「分かりました、お父様」
朝食を急いで召し上がられたお父様は、そう言って足早に執務室へ戻られた。昨日の件で余計な仕事を増やしちゃったんだろうな。
急いで朝御飯を食べた後、私はお父様の執務室へ向かった。










