第六十六話 ヒールじゃない、ヒーローだ!
「私は生まれた時から、楽器に触れる事が出来ません。どの楽器に触れても、こうして壊してしまうのです。素晴らしい演奏どころか、何も弾けない私に対して、王妃陛下は同じように仰ってくださいますか?」
周囲の視線が一気に突き刺さる。でも、それでいい。多くの人の前でやるからこそ、意味がある。
これは賭けだ。素晴らしい演奏が出来ない人間を卑下する価値観を覆すには、周囲を巻き込んで変えるしかない。音楽だけが全てではないと、他の素晴らしい側面を見せて、周囲の認識から変えていくしかない。
「なっ! 今まで騙していたというのですか!? じゃあ、あの誕生日パーティーでの演奏は……」
「代わりに演奏していたのは、僕です。でも妹は悪くありません! 僕が無理やりお願いして頼んだ事です。だからもし罰するって言うんなら、僕にしてください!」
ちょっと、お兄様!
余計なことは言わなくていいのに!
「兄は私の身を案じてやってくれただけです。ですがこれ以上、私は大切な家族にも、リヴァイド殿下にも無理をして欲しくありません。王妃陛下がエルンスト殿下を厳しく指導されるのは、深い愛故の行動だと私は思っております。王族としての矜持を保ち、エルンスト殿下が立派にご成長なさるように願っての行動だとは重々承知しております。ですが気持ちを偽って辛辣な言葉を吐き続けるのは、とても心苦しい事ではございませんか?」
「あ、貴方に何が分かると仰るのですか!」
「誰よりも優れた武芸の腕前を持つエルンスト殿下を、本当は誰よりも誉めてさしあげたい。けれどウィルハーモニー王国の王妃としての立場が、それを許さない。王子として楽器の一つも上手く弾けないとなれば、エルンスト殿下が周囲から心許ない言葉を浴びせられて傷付けられてしまうかもしれませんから。そうしてエルンスト殿下の身を案じて厳しく指導されるお姿が、私にはこの秘密を何とか隠し通そうと必死に頑張ってくれる兄やリヴァイド殿下の姿と重なって見え、とても他人事には思えませんでした」
「…………っ!」
王妃様は核心をつかれ動揺されているのか、言葉が出てこないようだ。
「ですがご安心ください。誰一人も怪我させる事なく見事な采配をとり、エルンスト殿下は大型ワイバーンを退治し皆を守り抜きました。そんな素晴らしい殿下に、誰が異を唱える者などおりましょうか。安全な環境があってこそ、皆が安心して音楽を奏で楽しむ事が出来ます。その環境を普段から立派にお守りされているエルンスト殿下は、紛れもなくこの国の英雄だと私は思っております」
エルンスト様はこの国にとって、必要なお方だ。卑下されていい悪役じゃない。皆を守ってくれる頼れる英雄なんだ!
どうかその価値を、認めて下さい。
その真価を、見誤らないで下さい。
そう願いを込めて、私は皆に訴えかけた。
「お願いします、王妃陛下。どうかエルンスト殿下の厳罰はお取り下げください。代わりに俺が受けます!」
「いや、俺が受けます!」
「いや、俺が!」
一人の騎士の勇気ある発言を契機に、他の騎士達が次々と王妃様にそうやって嘆願し始めた。
「エルンスト様、とってもかっこよかったです!」
「剣でスパーンって、まるで絵本の中の英雄みたいでした!」
興奮気味に子供達が言った。どうやらワイバーンとの戦闘を、窓から見ていたらしい。
「エルンスト殿下、我々を守ってくださりありがとうございます」
「殿下のおかげで助かりました、本当にありがとうございます!」
「王妃陛下。此度のエルンスト殿下の活躍にどうか、相応しき名誉と報酬を与えて頂きたく存じます」
「国の宝である子供達が無事に避難できたのは、殿下の素晴らしき采配のおかげです。私からもどうか、お願い申し上げます」
一部始終を見守っていた貴族達も、エルンスト様に感謝を述べ始めた。そうして王妃様に、エルンスト様の待遇を改善して欲しいと願う声も上がり始める。
周囲がここまでエルンスト様を認めているのだ。流石に王妃様も、その声を無下には出来ないだろう。
皆の言葉に王妃様の目元には、うっすらと涙が滲んでいるように見える。ハンカチでそっと目頭を拭われた後、表情を緩めて王妃様はこう仰った。
「…………此度の件は、不問と致します。エルンスト、よく皆を守り抜き戦ってくれましたね。後日正式に名誉勲章と褒美を与えてもらえるよう、国王陛下には私から進言しておきます」
その言葉に、周囲は温かい拍手で包まれた。
よかった。何とかこれでエルンスト様の名誉は守れた。王妃様とのギクシャクした関係も、少しは良い方へ向かってくれるといいけどな。
ステージから降りようとして思い出す。ピアノを盛大に壊したままだったという事に。制限時間は5分!
皆がエルンスト様達に注目している間に、私は先生からもらった『リバイブ』を一滴、ピアノに振りかける。どうか直りますようにと願いを込めて、こそこそとそんな事をしていたら――
「母上、それならリオーネ譲に与えて頂きたいです。此度のワイバーン討伐の立役者は、優れた魔法でワイバーンの動きを封じてサポートしてくれた彼女ですから」
エルンスト様がそんな事を仰るものだから、再び皆の視線がこちらに向いた。
「分かりました。リオーネの活躍も合わせて報告しておきます」
「ありがとうございます!」
王妃様とエルンスト様がそんな会話を交わす一方で、周囲は違うことでザワザワしていた。
「え、ピアノが元通りになったぞ!?」
「どいうことだ! 確かにバラバラに壊れていたのに!?」
やばい、なんか別の意味で騒動になってる。
「彼女はカトレット皇国の第一皇子セシリウス様の弟子で、優秀な錬金術士だ。壊れたものを直すくらいきっと朝飯前さ」
「なに、あの超人国家の第一皇子様の弟子ですと!?」
「錬金術士とは一体何ですか!?」
エルンスト様、何で余計な事を仰るのですか!
しかも、壊れたものを直せるのは先生のアイテムであって、私の力ではありませんよ!
「俺も詳しくは知らないが、錬金術士は色々便利なアイテムを作る事が出来るらしいぞ。セシリウス様曰く、優れた魔法の素質がある者しか出来ない、特別な秘術を扱えるらしいのだ」
「壊れたものを一瞬で直せるなんて、なんと素晴らしい!」
それはごもっともで。そんな素晴らしいアイテムを作ってくれたのは、先生なんですけどね!
「ワイバーンに水を付与したこの『ウォーターガン』も、リオーネが錬金術で作ってくれたものだ」
しかもリヴァイまで皆を煽るのやめて!
『も』じゃなくて『は』だからね。言葉は正しく使ってくれないと、ハードルがどんどん上がってしまうからね?!
リヴァイが水をピューッと遠くへ飛ばして見せたせいで、もう会場は錬金術の話題で持ちきりになってしまった。
「あんな小さな銃に、どれだけの水が入ってるんだ!?」
「錬金術で、あんなにすごいアイテムが作れるのか!?」
詳しいアイテムの説明を求められたから、『リバース』は恩師が作ったアイテムだってきちんと周知させた。
ついでにウォーターガンの説明をすると、「是非欲しい、売ってくれ!」と言い出す人が続出して囲まれてしまった。
「リオーネ!」
大人達に囲まれて潰されそうになったところを、お父様がひょいっと抱えてくれて何とか事なきを得た。
どうやらお父様はさっき休憩室からお母様と戻られたばかりで、先ほどの騒動をご覧になってなかったらしい。
事情を説明すると、「錬金術に関する依頼や交渉は後日私を通してください。この場では受け付けません」ときっぱり断ってくれて、その場を収めてくれた。
「園遊会はこれでお開きとします。途中ハプニングもありましたが、皆と楽しい時間を共有できてとても有意義でした。どうぞ気をつけてお帰りください」
こうして何とか無事に園遊会は終わり、帰り際に王妃様に呼び止められた。
「リオーネ。皆を救ってくれた事、心より感謝します。そして私の気持ちを察して代弁してくれた事、本当に嬉しく思いました。貴方の勇気ある告白がきっと、エルンストの騎士としての立場を磐石なものへと導いてくれる事でしょう」
「そうなれたら、とても嬉しいです! あの、王妃陛下。先程は失礼な物言いをしてしまって、ピアノも壊してしまって、誠に申し訳ありませんでした」
「こちらこそ、貴方の事情も知らずに無理を言ってしまってごめんなさいね。よかったら今度、リオーネのお話をゆっくり聞かせてくださいね。美味しいお菓子を用意して待っているから、是非王城へ遊びに来てくれると嬉しいわ」
柔らかな笑みを浮かべて王妃様が仰った。
「はい、ありがとうございます!」
王妃様とそんな話をしていたら、リヴァイに声をかけられた。
「リオーネ、送っていく」
「リヴァイ。お心遣いは大変嬉しいのですが、帰りはルイス達と一緒に帰ります」
「な、なぜだ!?」
「今日は色々あってお疲れだと思います。それにたまには家族水入らずで、ゆっくりお食事でもしながらお話したらどうかなと思ったのです」
「分かった……」
私のその言葉で、リヴァイはがっくりと肩を落とした。
反抗した後だもん、確かに気まずいよね。でも大丈夫、リヴァイの気持ちは王妃様にちゃんと届いているはずだから。
お互い根底にあったのは、エルンスト様に対する想いだもん。きっと仲直り出来るはずだよ。
「それとこれはお願いなのですが……」
リヴァイの手をそっと両手で包み込んで、私は言葉を続けた。
「自らを痛め付けようとする行為はどうか、もうしないと約束して欲しいです」
あの瞬間、本当に生きた心地がしなかった。でも素直に吐き出してくれて良かったとも思う。
「すまない。あの時はもう、ああするしかないと思ったのだ」
「リヴァイが傷付いてエルンスト様の名誉が守られても、エルンスト様はきっと一生その事を後悔されるはずです」
「そうだな。そこまで考えてなかった。結果的にお前の秘密を皆に露見させてしまう形になって、すまなかった」
「私、後悔はしていません。嘘をついて生きるのは、家族にもリヴァイにも迷惑をかけてばかりで、正直かなり心苦しかったのです」
「リオーネ……」
「でもこれからは、胸を張って生きていけます。だからどうか謝らないでください。リヴァイはこれまで、私をたくさん助けてくれました。だからたまには、逆があってもいいでしょう?」
一方的に守られてばかりなのは嫌だ。私だってリヴァイの役に立ちたいもの。
「そうか、ありがとう」
「リヴァイド。貴方はとても素敵な子を、婚約者に選びましたね」
「はい! リオーネは俺の自慢の婚約者です!」
王妃様に誉められて、リヴァイはとても嬉しそうに言った。恥ずかしかったけど、その笑顔を見ていたら心が温かいもので満たされた。