第四十三話 古属性の特権と危険性
「魔法水の属性はやっぱり水にした方がいいですか?」
「そうですね。水に関するアイテムなので本来ならそうするところですが……リオーネ、君は私と同じで古の属性持ちです。その特権を大いに生かしましょう」
「特権?」
「オリジナルのアレンジアイテムの属性は初めは定まっていません。水を扱うとはいえ、必ずしも水属性とは限らないのです」
「なるほど……」
「錬金術の成功率は、アイテムに適した属性の魔法水を使うかどうかで雲泥の差が出てきます」
確かに、ゲームの中でも主人公の属性ごとに同じアイテムでも作りやすさが違ったもんな。
「えっと、つまり……?」
「全部の属性を持つ魔法水を作っちゃいましょう」
「そんな事も出来るんですか!?」
「古属性だけの特権です! オリジナルの錬金術においては、他の属性より有利なんですよ」
レベル上げは辛かったけど、古属性でよかった!
無心でりんごのケーキを作り続けたあのレベル上げの日々は辛かった。おやつに食べ続けるのも辛かった。付き合ってくれたルイスもきっと辛かっただろう。
倉庫にはまだいっぱいりんごのケーキが残ってる。お屋敷の皆に配ったりもしたけど、それでも捌ききれない量だった。古属性のレベル上げの辛さを、本当に身に染みて感じた半年間だったな……
「まずはお手本を見せますね」
「はい、お願いします!」
すかさず魔力探知眼鏡を装着。錬金釜に用意していた水に、先生が手をかざす。そこから放たれる魔力の流れをよく観察した。
五本の指それぞれから放たれた別の魔力が、螺旋状に交錯して錬金釜へ注がれる。透明だった水が輝き出して、やがて金色へと変わった。
「すごく綺麗です! 触ってみてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「サラサラです! 手触りの良い滑らかな砂を触っているような感触がします」
不思議だ。普通の魔法水ならスライムみたいにプニプニしていたのに。砂場にこんな砂があったら、ずっと触っていられる!
「面白いですか?」
「はい、とっても! って、砂で遊んでる場合ではありませんてした」
名残惜しいけど、これを自分で作れるようになるのが、今の私の課題だ。
「水に戻すにはどうすれば良いのですか?」
「何の属性でも良いので魔力を注ぎます。その後、相反する魔力を注げばいつもみたいに水に戻せますよ」
「なるほど!」
「では、今度はリオーネが実際に作ってみて下さい」
「分かりました!」
まずは火属性の魔力を注いで赤くした後、水属性の魔力を注いでただの水に戻す。
先生のお手本を思い出しながら、手に魔力を集中させる。五本の指それぞれから違う魔力を出すイメージで、一気に注ぐ。一瞬だけ色が変わったものの、すぐに水に戻ってしまった。
くっ! もう一度!
何度もチャレンジするものの、中々上手く行かない。
相反する属性を注ぐと折角作った魔法水もただの水に戻る。均等にバランスをとらせて調和させるって、想像以上に難しい!
「リオーネ、少しだけ手に触れても構いませんか? コツを教えます」
苦戦する私に、先生が助け船を出してくれた。
「はい、お願いします!」
私の手の甲に先生の大きな手が添えられる。
「魔力の流れをよく見て、感じて下さい」
後ろから囁かれて、耳に熱が集中する。そんな事を感じてどうするんだ! だめだ、手元に集中!
先生は私の手に五属性の魔力を送り込んだ。私の五本の指先から、先生の魔力の糸が真っ直ぐに伸びる。
「まずはこうして、均等に魔力を流す練習をします。その感覚を掴んだら、こうして一つになるようまとめます」
先生が私の手を軽く握って指の向きを変えた。すると伸びた五属性の魔力の糸が一点に集中して螺旋状に絡み合う。五色に光る一本の糸みたいなって、とても綺麗だ。
「少しでも注ぐ魔力に差が出ると、このように螺旋に歪みが生じます」
強く注がれた火属性が他の属性の魔力を飲み込んで、一気に真っ赤になってしまった。
あの綺麗な五色の糸のように魔力を纏めたまま、注げばいいんだ。
「何となくイメージは掴めましたか?」
上から先生に顔を覗きこまれる。
「はい! 魔力を均等に伸ばして、螺旋状の一本の糸を作って注げばいいんですね」
「ええ、その通りです。ではもう一度……」
ちょうどその時、ノックが鳴った後アトリエの扉が勢いよく開いた。
「リオーネ、遊びに来たぞ!」
「こんにちは、リヴァイ」
昨日の今日で早速来てくれるとは思いもしてなかった。
こちらを見て驚いたように固まっていたリヴァイが、ハッとした様子で言った。
「リオーネは俺の婚約者です! いくらセシル先生がリオーネの先生と言えど、近すぎます! どうして手を繋いでいるのですか!」
あ……なんていうタイミングの悪さなんだろう。
「リヴァイ、先生は魔力の流し方を教えてくれているだけです」
「え、魔力の流し方……?」
「古の魔法は扱いが少し難しくて、先生がコツを教えてくれてたんです」
「そ、そうだったのか?!」
「ええ。最初にリオーネには、手に触れてもいいか許可を頂いています。いくら子供とはいえ、淑女の手にみだりに触れたりはしませんよ」
し、淑女なんて、初めて言われた。
「す、すみませんでした……」
しゅんと項垂れるリヴァイの元へ行き、私は魔力探知眼鏡を外してリヴァイにかけた。
「よかったら応援しててください。今からすごいものを作りますから!」
「な、何故眼鏡を!?」
「これで見ると、とても綺麗だからですよ」
リヴァイの手を引いて錬金釜の近くへ誘導する。
「では、いきますね」
全神経を指先に集中させる。
さっき先生がやってくれた通りに、五属性の魔力をまずは均等に指先から放出する。少しずつ指に角度を付けて、五つの魔力が螺旋状に絡み合い、やがて一本の糸になるよう伸ばしていく。その糸を錬金釜へゆっくりと注いでいく。
水が輝き出し、やがて金色に変わった。やった、成功だ!
「見事です、リオーネ」
「先生が分かりやすく教えてくださったおかげです! ありがとうございます!」
星形のユニーク眼鏡をかけたまま固まっているリヴァイに、声をかける。
「リヴァイ、いかがでした?」
「まるで女神のようだった……」
へ? 女神……!?
「リオーネの指から放たれた五色の輝きがお前をふわりと包み込み、それらを虹のように重なった線となるよう巧みに操って、まるで女神の舞いを見ているかのような美しさだった……」
ああ、女神様……と夢見心地でリヴァイはそう呟き続ける。明らかに何かがおかしい。
「先生、リヴァイが壊れました!」
「いけません! すぐに容態を調べましょう」
リヴァイの状態を真実の指輪でアナライズすると、『状態異常:魅了(対象:リオーネ)』となっていた。
え……なんで……私、何もしてないのに。
「古魔法を扱う瞬間を、視覚的に見せてしまったのが原因かもしれません。古い文献で読んだことがあるのですが、古属性の持つ魔力の煌めきはその美しさ故に、人々を魅力して止まないと書いてありました。時に魅了魔法のような効果が現れる事があると……ただ、裸眼で魔力を視覚的に見れるのは最高位の魔術師くらいです。なのであまり気にする必要もないと、すっかり忘れてました」
「魅了魔法の効果があるんですか!?」
「リヴァイド君は元々君に好意を寄せていたので、かかりやすかっただけかもしれません」
「今後一切リヴァイに魔力探知眼鏡はかけさせません!」
「ええ、それが良いでしょう」
うっかりどこかでその最高位の魔術師と出くわしたら、すぐに古属性だってバレてしまう。リヴァイが昔、王立魔法院には近付くなって言ってたのは、そういう理由もあったのかもしれない。










