取引
ゼフの家での食事が終わり夜も更けた頃、俺とミラは川辺の家には帰らずに商人達が寝泊まりしている古びた小屋を訪れていた。
「邪魔するぞ」
「ま、魔法使いの旦那じゃないですか」
床に寝ころんでいた商人達は俺の来訪に慌てて身を起こす。
「まあ、そんなに慌てるな。ほら、つまみだ」
俺はミラの作った酒のつまみになりそうな料理を商人達の前に置いた。
匂いはきついが味は絶品だ。
酒飲みなら気に入ることは間違いないだろう。
一口食べて、商人達にも食べるように促す。
「こりゃ、すんません。......おお!」
「凄い匂いですね。......んん! 美味い」
「いい味だろ。匂いも慣れれば気にならなくなる」
「こりゃ美味いや。もう一口」
「酒が欲しくなる味ですね。ちょっと待ってて下さい」
商人の一人が立ち上がると、積み荷を漁り始め1本の酒瓶を取り出した。
「売り物ですが、このつまみの代金って事で」
「すまないな」
別の商人が器を用意し酒が注がれていく。
酒の注がれた器を軽く合わせて口へと運んだ。
「うん、美味いな」
「へへ、こいつは結構上等な酒ですからね」
本当に美味い酒だ。
今の地球で飲める酒と言ったら味よりも酔う事を優先した物ばかりで、中にはアルコールなのか怪しい物まで出てくる始末だ。
「それで昼間言ってた商売って奴ですが、このつまみの事じゃぁ無いですよね?」
「ふっ、気が早いな。......これだ」
俺は懐から粗末な銃を取り出すと床にゴトリと置いた。
事故で転移する前、襲って来たレイダーから奪った物だ。
「な、何ですかこりゃ?」
「引き金を引くと、この穴から鉄の塊が飛び出す仕組みだ」
俺は銃を手に取り銃を撃つ仕草をする。
弾丸は装填されていない。
「ほ、ほう。面白い物ですね。試させて貰っても?」
「う~ん、かなり大きな音がするんだが。......まあいいか。銃口をこっちに向けるなよ」
俺はそう言いながら銃に弾丸を装填して商人に手渡した。
「結構重いですね」
「ああ、反動も強いから気をつけろ」
「へ、へい」
商人は小屋の壁に銃を向け、引き金を引いた。
発砲音が小屋に響き、様子を見ていたもう一人の商人は驚いて酒をこぼしながら転がっている。
粗末な銃から放たれた弾丸は小屋の壁を貫通して拳ほどの穴を開けていた。
銃を撃った商人も驚いたのか床に座り込んでいる。
「こ、こりゃ凄ぇ」
「み、耳が聞こえねえ」
「はは、耳はすぐに戻るさ。どうだ珍しい物好きの金持ちに売るも良し、自分で護身用に使うも良しだ」
「ですが、いくらの値を付けるつもりですかい? こんな物を買えるほどの資金は俺たちにはありませんぜ」
「そうだな、とりあえずは貸して置いてやる。どうせ街へ戻るんだろ? そこで宣伝して客を掴まえてくればいい。ここに次に来るのはいつ頃だ?」
「1週間ほどここで商売をしたら街に戻りやす。街まで1週間かかるんで1月後には戻って来やすね」
「1月か。......3丁は用意しておく。儲けは半々でどうだ?」
「わ、分かりやした。乗らさせて貰いやす」
そして俺は銃弾を渡すと商人から弾代としてミラの選んだ品々を貰い受けた。
「お、俺にも撃たせろぃ」
「お、おお」
そんな会話を聞きながら古びた小屋を後にする。
彼らが信頼できるかは分からないが、こっそり荷物に忍ばせた発信機で位置は追えるだろう。
裏切られたら死んで貰うだけだ。
それよりもレイダーから手に入れた粗末な銃は残り1つ。
あと2丁の銃を転移させるだけのマナライトを集めないといけないな......。
****
それから数週間後......。
俺はDrレッドの協力の元、地球から転移させた粗末な銃の手入れをしているところだ。
このまま商人に渡してもいいのだが、もはや癖と言ってもいいだろう。
ゼフが飽きる様子もなくその様子を眺めていた。
「面白いか?」
「うん!」
今日はゼフの姉のマニも川辺の家を訪れていてミラに料理を教わっているところだ。
料理に限定してもミラの持つ莫大な知識を覚えきれるとは思えないが確実に料理の腕前は上がっているようでゼフも喜んでいる。
粗末な銃の手入れが終わり、俺は残されたやや小型の銃に手を伸ばす。
これは威力は低いが反動も小さく子供にも扱えるだろう。
そう、ゼフにプレゼントしようと思っている物だ。
「ゼフ、こっちに来い。手入れの仕方を教えてやる」
「う、うん!」
俺はゼフを隣に座らせて1から銃の手入れを教えていった。
ゼフも真剣な眼差しでそれを聞いている。
「じゃあ、ゆっくりでいいから最初からやってみろ」
「うん!」
少し洒落た装飾のされた銃を、ゼフは慎重に手入れしていく。
俺はクシャクシャとゼフの頭の毛並みを撫でて感触を楽しんでいた。
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「気になりますか?」
「え?! べ、別にそんな訳じゃ!」
俺とゼフのやり取りを見つめていたマニにミラが話しかける。
「では料理に集中しましょう」
「は、はい」
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俺は川辺で料理をするミラとマニに目を向けると、一生懸命に料理をする姿が何とも微笑ましく思わず口元が緩む。
「出来た!」
「ん? よし見せて見ろ」
「はい」
俺は手にした銃の具合を確認する。
時間は掛かったが、なかなかの物だ。
「目を瞑っても手入れが出来るようになったら、これをお前にやるよ」
「ほ、本当!?」
「ああ本当だ」
目を輝かすゼフの頭を撫でてやる。
この銃が彼の物になるのはそんなに先の話じゃなさそうだ......。