マナライト
少ない弾丸を考慮して慎重に狙いを付ける。
風下から狙うのは鹿に似た動物。
やや角の形状が凶悪だ。
絞るように引き金を引き乾いた発砲音に鹿の動きが止まる。
そして弾丸は一直線に頭へと吸い込まれた。
「お見事」
後方で警戒にあたっていたミラがそう言いながら地面に倒れた鹿へと向かっていく。
俺の頭の中は鹿の肉の味へと向かっているが解剖のために暫くはお預けだろう。
血の匂いは他の獣をおびき寄せてしまう。
素早く足を手製のロープで縛りミラと共に川辺まで運んでいく。
かなりの重労働だ。
「では解剖の間、周囲の警戒をお願いいたします」
「分かった」
心の中で「やっぱり」と呟く。
ミラはマルチアームや出力を抑えたレーザーを使い素早く鹿を解剖していった。
「身体の構造は地球の生物と似ていますね。......これをご覧ください、未知の成分の結晶のようです」
「これがそうなのか」
「はい、Drレッドは『マナライト』と名付けました」
小さな紫に輝くガラス片のような物を手に取った。
ミラの話だと純度によって輝きが変わるとの事だった。
「ご主人様が地球に戻るために必要なマナライトの量を大気中や水分、周囲の植物や動物から集めたとすると10万年ほど掛かってしまいます」
「......」
「ですが、それは向こうへの転移を行った場合です。こちらに転移させる分にはそれほどの量は必要ありません」
「じゃあ、Drレッドをこっちに転移させることが出来るのか?」
「可能ですが有機体の転移には多くのマナライトが必要になります。今のペースですと2千年ほど掛かるでしょう」
「道のりは長いな。この量だと何が出来るんだ?」
「指先に乗る程度の物質は転移出来るかと。それと向こうとの通信にも使えます」
「指先って......親指?」
「......小指です」
「そ、そうか」
「まずはご主人様の生存率を高めるため装備や武器を転移させるのが良いと思います。それに医薬品や生活雑貨も今後の生活には欲しいですね」
「そうだな」
「より大型の獣ほど多くのマナライトを体内に貯めていると予想しています。装備が整えばそれらの獣を狩ることも可能になってくるでしょう」
「なるほど、まずは武器が欲しいな。弾薬も残り少ない」
「分かりました。はい、お肉が焼けましたよ」
平たい石の上でミラのレーザーで調理された肉が良い色に焼きあがっていた。
それをナイフで切り一口食べる。
柔らかく歯ごたえは抜群だ......けど。
「その前に調味料が欲しいな」
「......分かりました」
****
それからマナライト集めはと言うと、まったく貯まっていない。
原因は周囲に現在の装備で確実に倒せるだけの獲物が居ないことと、ある程度の量が集まると物資を転移してしまってるからだろう。
俺としては地球への帰還は諦めつつある。
この世界も危険ではあるのだが元の生活から比べれば天国のようなものだ。
今も地球では出来ないであろう裸で泳ぐという行為を楽しんでいるところだ。
「ご主人様、そろそろ上がってください。身体を冷やしすぎると健康に影響します」
「分かった」
かつて危機的状況から脱する為に放射能に汚染された海を泳いだことがあったが、あの時は本当に死ぬかと思った。
全裸のまま川から上がり、ミラからタオルを受け取る。
彼女の少し照れてる様子がなんとも面白い。
「私の人格設定は女なんですよ。少しは気にしてください」
「ああ、分かってるよ」
向こうを向いたままそう言うミラに俺は笑いながら答えた。
小屋も今では我が家と言えるレベルまで立派になってきている。
ステレオから流れる小気味の良い音楽を聴きながら川で冷やした果物を頬張る。
ステレオはかなりミラを説得して、ようやく転移させたものだ。
これにはDrレッドも少し呆れていた。
それでも、かなり状態のいい物を用意してくれたのには彼なりのこだわりを感じる。
そんなのんびりとした日の昼下がり、小さな訪問者はやってきたのだった......。